第2時限目 お友達のお時間 その1
「んあっ!」
体のびくんっ、という反応で目を覚ます。
夢を見ていた気がするけれど、内容はあまり覚えていない。ただ、私の妹が出てきたことと、あまり良い内容で無かったことだけは頭の片隅にぶら下がっていた。
「……ふぁ?」
で、何処でしょうここは? という疑問が鎌首をもたげたけれど、そういえば新しい学校の寮に来たんだったという事実に脳が数秒遅れで追いついてきたお陰で、その疑問は緩衝材のプチプチを爪楊枝か何かで勢い良くパァン! と潰した感じに良い音を立てて弾けた。おはようございます。
疑問が霧散したとはいえ、目はまだ十分覚めていない。ひとまず体を起こして姿見までふらふらと歩くと、顎辺りに涎が垂れているのに気づいて、慌てて手の甲で拭う。
拭ってから、そういえばこういうのもやっぱりちゃんと女性らしく、手の甲でこするんじゃなくて、タオルとかハンカチとかで拭かなきゃいけないんだろうか、と考えながらフェイスタオルを棚から引っ張りだして顔を拭いた辺りで、
「女性らしく……」
性別を偽っていることを思い出して、ずーんと背中に何かが乗っかったような重さを感じる。思い出したくはなかったけれど、性別詐称ライフを満喫しなきゃいけないことを忘れているのは非常に危険なので、思い出して良かったのかもしれない。いや、でも精神衛生上は良くない。結局どっち?
「……顔、洗おう」
さっきの涎拭きタオルを持って、部屋を出る。新しいタオルを使おうかと思ったけれど、まだ使いかけだから勿体無いし、これで顔も拭こう。
階段を降りて、洗面所の扉を開けると、
「うわっ」
「…………」
目の前に、少し茹でられた黒いわかめ星人が立ち往生していた。
……いや、わかめ星人は冗談だけれど。
水に濡れていても分かるボリューム感のある肩まで伸びた黒髪、とろんと眠そうな半目、窮屈そうにタオルに締め付けられた2つの丘陵を携えた少女が立っていた。身長的には、昨日会った正木さんよりも小さいから、更に胸の膨らみが強調されている。
「あ、ご、ごめんなさい」
私がさっと横に避けると、ずぶ濡れの髪からポタポタと雫を垂らしつつ、少女はふらふらと歩いて行く。
……ちょっと待って。ずぶ濡れ!?
頬とかやや火照った感じだから朝風呂に入っていたのかもしれないけれど、ちょっとさすがにそのままはどうかと!
「ちょ、ちょっと!」
「…………?」
わかめ……じゃなかった、タオル1枚の濡れネズミな少女は、一旦立ち止まって左右を見てから、振り返る。自分が引き止められたことは理解したみたい。
このとき、後で落ち着いて考えると、目の前の光景は青少年的にとって存外刺激が強いものだったはずなのだけど、ドキッとするよりも濡れた髪の毛を乾かさないと! と先に思ったのは寝ぼけていてあまり状況を上手く脳内変換出来ていなかったからだけではなく、仲が良かった頃の妹がこうやって髪の毛もまともに拭かずに出てきたときのことを、ふと思い出してしまったからだと思う。
……妹のことを思い出したのは、内容を覚えていない夢のせいかもしれないね。
「髪の毛! 髪の毛、ちゃんと乾かして!」
「……」
しばらくの静止後に、ああ、そうですかと言いたげな目をしたずぶ濡れ少女が、徐ろに自分の胸元のタオルに手を掛けようとしたところで、雷が落ちるくらい機敏な処理をした私の脳が、この先に訪れるであろう展開を正しく予測し、ただでさえ現状でも健全な青少年には非常に宜しくない、いや、宜しいのだけど宜しくない状況になっているのに、取り返しの付かないことになると察知したから、
「ちょ、ちょっと待って! タオル持ってくるから! 一旦、洗面所に戻って!」
「……?」
目の前の少女が自分を包んでいるタオルを掴もうとした腕を握り、半ば無理やり洗面所に押し込むと、自分の部屋にドタバタと凡そ乙女らしくない足音で階段を上って部屋の中に入る。手に持っていた涎ふきタオルはそこら辺へ放り投げ、バスタオルと櫛、そして小さなドライヤーを引っ掴み、再び階下へ。
さっきの子は洗面所で、押し込まれたままの状態でぽたぽた雫を床に撒き散らしながらぼんやりとしていた。ああもう! この子は!
「ほら、こっち来て」
背中を押しながら、洗面台の鏡の前へ。ドライヤーの電源を入れて、ゴォォォォという音を部屋に響かせつつ、少女のちょっとごわごわした髪の毛を櫛で撫でつけながら乾かしていく。
サラサラストレートだった妹の髪とは似ても似つかないけど、小学校の頃は頑張ってお兄ちゃんしないと! って思って、こうやって妹の髪を乾かしてあげていたっけなあ、なんてことを思い出した。中学になってから、それは叶わなくなったけれど。
「はい、出来た」
そう思うと、こうやって知らない女の子の髪を乾かしているのは、昔出来なかったお兄ちゃんらしさを取り戻そうと――お兄ちゃん?
……この子は私の妹ではない。
つまり、私はこの子のお兄ちゃんではない。
妹ではない、タオル1枚の女の子と2人っきり。
そこでようやく冷静に。なるの遅すぎたけれど。
「あ、ええっと、あの、か、勝手に――」
ようやく我に返った僕……いや、私は、髪の毛がごわごわからもふもふに変わっていた少女が振り返って、じっとこちらを見ていたから、おたおたしながら必死に言い訳の言葉を考えながら後退していたら、
「ありがとう」
「……え?」
上半身だけこちらに振り向いて発せられた突然の、少しかすれたようなハスキーボイスに、私の動きは止まった。
ありがとう、ってことは感謝されてる?
感謝の言葉を告げたとはいうものの、顔は一切にこりともしていないから、全くいい迷惑よ、ぷんぷん! みたいな気持ちだったのかもしれないけれど、タオル姿の少女はそれ以上は何も言わずに出て行った。
……えっと、まあ、とりあえず私も顔を洗おう。
さっき少女の髪を拭いてあげたタオルで顔を拭くと、シャンプーの匂いなのか、ほのかに薔薇の香りがしたけれど、極力気にしないようにした。そうしないと、さっきの少し上気した肌とか、釘付けになりそうな山と山の間とかが思い出されてしまう。というか、良く良く考えれば、本当に凄い状況だったんだと思い、耳元辺りまで熱くなった音がしたから、洗面台の蛇口からしばらく水を被った。
ようやく2章です。
今回のように、徐々に新しいキャラクターが出てくる訳ですが、クラスメイト全員の設定を既にある程度作ってしまったからこそ、全員を出したい病に罹患しています。
でも、いっぺんに出したら誰が誰か分からなくなると思いますので、徐々に出していき、皆さんの脳内にインプットされるようにしたいと思っていますので、宜しくお願い致します。
また、たまに自分でも前に投稿した分を読み返し、誤字脱字やストーリーの分かりにくい部分の修正などを行っています。
変更箇所については、本文最後に記載していますので、気が向いたら読み直して頂けると幸いです。
9/13 文章追記
「身長的には、昨日会った正木さんよりも小さいから、更に」
工藤さんと初遭遇時ですが、文章が変なところで切れていました。
やはり手を加えたら、必ず最後までしっかり読み直さないといけませんね……。
あちこちに手を加えて、途中別のところに気を取られるとこうなります。
申し訳ないです。
文章修正
「……お兄ちゃんは駄目じゃない?」
準くんが冷静になったところでの1文ですが、正直何がどう駄目なのか、ここを書いた時の私は何を考えていたのか、今の自分自身では既に良く分かりません。
ただ、言いたかった内容だけは覚えているので、それに沿って修正しました。




