第8時限目 変身のお時間 その40
「ま、何にしたって、無事に終わったんだからいいじゃねえか」
腕を組んで笑った大隅さんが私と中居さんの間に入って、私たちの肩を抱き寄せた。
「おーし! 今日はこのままどっか美味いもんでも食いに行くか!」
「あ、それ賛成ぽよー」
「え、今から?」
乗り気の中居さんに対して、ちょっと躊躇いモードの私。既に夕食を済ませたというのもあるけれど、それより何より疲れが酷い。
「何だ? やっぱり頭が痛むのか?」
大隅さんが途端に表情を曇らせたので、
「あ、ううん、そういう訳じゃなくて。そろそろ時間的に……」
と私がスマホの時間を見て言うと、肩に回された腕の力が強くなって、
「何だ、そっちかよ。つーか今日くらいは堅いこと言ってんなよな」
なんて言って、大隅さんが破顔する。
まあ、確かに今日は色々あったし、小腹は空いてきたからたまには……と思ったところで、
「あ、そうだ。先に電話しないとじゃん!」
と中居さんが大隅さんの腕から離れ、ポケットから取り出した携帯で何処かへ電話を掛け始めた。
その様子を見て、私は首を傾げた。
「どこに掛けてるのかな?」
そんな私の問いに対して、お前まだそんなこと言ってるのか感を漂わせた表情の大隅さん。
「お前、さっき教えたこと、もう忘れたのか? やっぱり頭の打ち所が悪かったのか?」
「え?」
大隅さんが事あるごとに頭を殴られたことによるショックの影響を不安がるけれど、単純に話が掴めていないだけ。
「あいつは見た目に依らず真面目ちゃんだから、遅くなるときには家にちゃんと連絡してるって言っただろ」
「……ああ、なるほど。そういえばまだ家に電話してなかったんだね」
「ま、そういうことだ」
しばらくして電話が終わった中居さんは、
「星っちごめーん。食べに行きたいけど、鬼キレられたから帰るー」
「マジか」
「遅くなるのに連絡しなかったから、激おこぷんぷん丸だったっぽ」
うへえ、と溜息だか悲しみの声だかを漏らした中居さんに、大隅さんも肩を落とす。
「まあ、確かにそうだよな……んじゃ仕方ねー。帰るか」
そう言った大隅さんが分かれ道を行くけれど、
「あれ、星っちの家は向こうじゃん?」
と足を止めた中居さんがハテナマークを大隅さんに投げると、腰に手を当ててやれやれ、と言った表情で大隅さんが言った。
「今日は色々有ったから、送っていってやる。それに、あたしも一緒に謝れば許してくれるかもしれないだろ」
「でも、家反対方向っていうか、結構遠いから星っちに悪いし……」
少し戸惑った表情の中居さんに大隅さんは一歩も引かない。
「いーや、駄目だ。夜道はまだ危険だからな。今日は送っていく。そう決めたからな」
融通利かない大隅さんに、少しだけ考えてから笑顔で中居さんは答えた。
「ん、りょー。あんがとー」
「んじゃ、そういうことだから。小山、またな」
「うん、じゃあね」
私が手を振って2人を見送ろうとすると、
「あ、ちょい待ち」
と中居さんが突然ストップを掛けたのだけれど、誰に向かって言ったのか分からなかったから、私と大隅さんは同時に静止した。
「あ、こやまんごめん。星っちに言ったの」
「そうだったんだ」
「あ、でもこやまんにも待ってて欲しかったから、ダブルストップで丁度良かった系」
そう言った中居さんは、電灯の無い少し暗がりの方へ小走りに言って、
「こやまん、ちょいちょい」
と私を手招きする。
私は大隅さんと中居さんを交互に見てから、
「あたしを見てもしょうがねーだろ」
と苦笑いする。まあ、そうだよね。
私も中居さんの言う通り、何かを企んでそうな中居さんに近づく。
「今日は本当にごめんなさい」
何か爆弾発言でもするのかと思って身構えていたら、突然のしおらしい対応に面食らって思わず、
「え、あ、う、うん、大丈夫ですよ」
と私まで敬語になってしまった。
「アタシのせいでこやまん巻き込んだ上、ゆかぴーとぱるにゃんに手を出さないでとか言って」
「あー……えっと、まあ、中居さんの友達相手だから、仕方がないよね」
私の言葉にはっきりと横に首を振ってから、中居さんが言う。
「ううん、アタシの我が儘でこやまんが殴られたり、縛られたり……アタシ止められなかったから。だから、お詫びと助けてくれたお礼ってことでー……」
言葉が終わった直後だった。
私の唇に触れた中居さんの唇の温かさは、まだ夏までは少し時間のあることを教えているひんやりとした風の中でじんわりと脳天まで響いて、永遠なんじゃないかって勘違いするくらいに熱を残していた……なんて詩的表現で色々感情を誤魔化してしまいたくなるような状況だった。
……え?
「……えええっ!?」
私は思わず声を上げてしまったけれど、
「しっ。星っちには内緒だから、あまり大声出しちゃダメ」
と口を塞がれた。た、確かにそうだけど。
なるほど、暗がりに来たのはそういう理由だったんだ。
「これでも一応、初めてのちゅーだからゆっくりと味わってちょー☆」
暗がりであまり表情は良く分からなかったけれど、辛うじて笑顔だとは分かる中居さんは、
「んじゃ、ばいばー☆」
と勝手に言いきって大隅さんの隣へ。
「何か変な声、小山が出してたが何を話してたんだよ」
「んっふっふ、こやまんと内緒話していたかんねー」
「何だそりゃ。答えになってねーぞ」
「内緒話だから教えられないのだ」
そんなやり取りをしながら2人は去っていき、大嵐に巻き込まれた後の私はしばらくそのまま呆然としてその場に立っていたけれど、急速に耳が熱くなったのを冷ますかのように、私は寮まで走って帰った。
今日のことは、色んな意味で忘れられそうにない。
2018/11/27 誤字修正
「何か変な声、小山が出してたが話してたんだよ」
↓
「何か変な声、小山が出してたが何を話してたんだよ」
自分で読み直していて、おかしいことに気づきましたので修正しました。




