第8時限目 変身のお時間 その35
幸い、暗がりの中だからか、私のもぞもぞ動いている様子はよく見えなかったみたいで、白黒どちらも私の不審な動きに何か言及することは無かった……というよりも、どちらも中居さんに注目していたからかもしれないけれど。
「やー、ホント持つべきものは友達だよねー」
「ねー」
白々しくそう言うオセロコンビに対し、下唇を強く噛んで何も言い返さない中居さん。
「……よし」
時間を稼いでくれた、というのは少し違う気がするけれど、兎にも角にもギャル2人が中居さんに注目している間に縄抜けを成功した私は、小声で喜びの声を漏らしてから、立ち上がった。
「で、言いたいことはそれだけ?」
立ち上がってから体の埃を叩いて落とし、私は指の関節をコキリ、コキリ、と鳴らす。何がきっかけだったかは忘れたけれど、何となくかっこ良さそうだからとやり方を覚えてみたものの、今まで使う機会が無かったから数年越しの出番かな。
正直、やってることは子供だましだとは分かっているけれど、
「ちょっ……え? しっかりロープで縛ってたのに、何、マジシャン!?」
生まれ持った体格も幸いしてか、日焼け肌の方が浮足立っていたし、白い肌の方も慌てて木箱から飛び降りて少し距離を取ったから、威嚇という意味では成功かな。
「ちょ、ちょっと! ちゃんと縛んなかったワケ!?」
「いや、ちゃんと縛ったし! ロープ1本しか無かったから、手足両方縛ろうとして、ぐるぐる巻きにしたのが悪かったんじゃないの!?」
「ロープ1本しか無かったんだから仕方がないじゃん! てか、それだったら――」
「うるさい!」
ギャル2人がぎゃーぎゃーと責任の押し付け合いを始めたから、私は大声で一言。ぴたり、と2人の言葉が止まる。さっきも大声出したばっかりだから喉の調子はあまり宜しくないのに、全く。
「人の後頭部を殴った上、ロープでぐるぐる巻きにされたんだから、どうなるかは分かってるね?」
そう言いつつ、彼女たちに1歩ずつ近寄る私。
別に殴る蹴るのような暴行をするつもりはもちろん無いけれど、反省させるには何が良いかな。
本来だったら傷害事件として起訴しても良いレベルなのだけど、私は優しいから頬を両側から抓って伸ばすくらいで許してあげようかと思っている。
ただ、そんなことはおくびにも出さないので、近寄られているギャル2人の顔面は徐々に蒼白になっていく。一体どんな想像をしているのやら。
「ちょ、ちょっとマジでヤバくね?」
「いや、ヤバいって」
「いやあ、ほら……こやまんもさ……れ、冷静に……」
「そ、そうそうそう、冷静に、冷静にねー……」
「話! そう! 話し合えば分かるって!」
「暴力はんたーい!」
……あ、これ全然反省してない。
何だか思っていた以上に態度がふざけていたから腹が立ってきたし、頬を抓るだけでは済ませたくなくなってきた。どうしよう。
私が心に芽生えた仄かな苛立ちの芽を持て余していると、
「だ、だめっ……!」
後ろから中居さんが唐突の抱擁を求めて……いや、今の言葉からすると私を制止するためのような気が。
「中居さん?」
「だ、駄目だよ、こやまん。手を出したら、駄目」
「でも……」
「本当はこんなこと、アタシが言ってちゃ駄目かもしれないけど……でも、ゆかぴーとぱるにゃんに、手を上げてほしくない、から」
言いながら、中居さんの手に入っていた力が少しずつ抜けていく。
「ごめん、アタシが巻き込んじゃって……」
中居さんはそう言ってまた俯く。
うーん……本来は中居さんも騙された側のはずなのに。
「……そういう、昔から誰にでも良いカッコするとこがいっちばん嫌いなんだよね!」
中居さんにそこまで酷いことはしないよ、と伝えるか否かを迷っていた矢先、さっき芽を出した苛立ちが吹き飛ぶような美肌追求ギャルの大声が鼓膜を叩いた。
「え……?」
数秒間だけ私のことかなと思ったけれど、言葉を反芻した際に”昔から”という言葉に引っ掛かりを覚えて、白い方のギャルの視線を追ったら、私の隣で驚き戸惑う中居さんの顔に向かっていた。ああ……なるほど。
畳み掛けるように言葉を続ける美白ギャル。
「中学のときからそうやって、皆にいい顔ばっかりしてさ!」
「ホントホント!」
ようやく私への恐怖から開放されたのか、日焼け肌ギャルの方も調子づいて同調を再開した。
「あー、ウザ! 誰にでも良いカッコしてたから男にだって言い寄られてたんでしょ! なのに、別に男には興味ないよー、みたいな感じで片っ端から相手を振ってさー。チョーシ乗ってんじゃん?」
「ウチも彼氏取られたし、ホントサイアク!」
2人が口々に言った言葉を、中居さんはただただじっと俯いて聞いている。
……えーと、つまり何ですかね。
「自分たちは”良い顔をすれば皆と仲良く出来る”と分かっていてもしなくて、不良街道まっしぐらだったのに今更わめいてるわけですか」
「……は?」
白い方が凄んできたけれど、これだったら太田さんの方がよっぽど怖い。
「他人が良いカッコしてて、その人が人気なんだったら何故自分もそれを手本にして、頑張ろうとか思えないの?」
「ウチらはそんな軽い人間じゃないしー。大人とかに良いカッコして取り入って、成績上げようとか考えてないから」
黒い方がそんなことを言っているけれど、それって――
「あー、なるほど。いい子になることがかっこ悪いって思ってる私カッコイイ、みたいなのを未だに引きずってるんだ」
「うっせーな、小山!」
白い方はとうとうこやまんではなく、名字で呼び捨てしてきた。私としても、中途半端に友達のフリみたいなことされないで、その方が気が楽で良いけれど。
大体事情が読み込めた私が、さてこのギルティな2人をどうしようかと思っていたら、やおら廃屋の外にバイクの排気音が響いていることに気づいた。それも何台も。
「……どうやら来たみたいだね」
「ようやく来た!」
努めて冷静に言う私とは異なり、白いギャルが色めき立つ。
「こやまん……」
不安そうに見上げる中居さんに、
「大丈夫、大丈夫だから」
と精一杯私は笑って返すけれど、私だって男とはいえ怖いのは怖い。
バイクの音が止まると共に何やら声がしていたけれど、それも止んで、ああそろそろ来るのかな、と覚悟を決めた私たちの目の前で、重苦しい扉が開いた。




