第8時限目 変身のお時間 その24
「途中からヤバイ空気は感じてたんだけど、あそこまでいったらやるしかないかなーって」
「いや、途中からというよりも、太田さんにアレは最初から駄目でしょう……」
「駄目かねー。上手くいくと思ったんだけどなー」
口ぶりからして、あの片淵さんの特大ウインクの結果がこれだったようだから、私の予想は当たっていた。誰がこの正解に拍手をしてくれたり、報酬を与えてくれたりするのかは知らないけれど、むしろ私の予想が外れてくれた方がよっぽどご褒美になっていたかもしれないな、なんて思う。
「ほら、なんていうか太田さんって堅物過ぎるから、ああいうスキンシップの方が意外とうまくいくかなと思ったんだけどねー」
太田さんのブチ切れ行動直後から、あまり怯える様子無く、ずっと無言を続けていた宇羽さんが、苦笑いを貼り付けていた片淵さんに対して、おずおずと口を開いた。
「萌ちゃんは、その、真面目過ぎる、から、そういうの、駄目、だと思う」
「え? そうかなー……うーん」
「萌ちゃん、頭良いし、その、お仕事、も、いっぱい出来る、から、益田さん、にも、信頼されてる、の。でも、し、信頼されてるのは、理事長の子供、だからって、そう思ってる、みたい。だから、何をしても、馬鹿にされてる、って、思っちゃう、と思う、な」
宇羽さんの言葉に対して、ため息混じりに「そっかー……」と呟き、更に言葉を続ける片淵さん。
「そう見えちゃうかねー……。確かにアタシも太田さんのこと、苦手っちゃー苦手なんだけど、少なくともしばらくは寮に居るんだし、クラスメイト同士、本気で仲良くしたいとは思ってるんだけどねー……」
多分、大隅さんや中居さんと一緒に居たときに言ったあの言葉も、彼女たちとつるんで太田さんを馬鹿にしていたと思われていたのかもしれない。いや、冷静に考えてみると、そう取られて当然のことだったと思う。
……駄目だなあ、私。その場の勢いで、言ってはいけないこととか、やってはいけないことをやりすぎている気がする。
今まではどうにかこうにか、雨降って地固まる、といった形で、良い方向に転がってくれたものが多かったけれど、毎回そうそう都合良くいくとは限らない。
今回の傷が、まだ修復できるものだったら良いけれど。
どうすれば太田さんと仲良くなれるかは分からないけれど、ひとまず片淵さん流強引スキンシップ法は駄目だということだけは分かったから、それ以外の方法を考えるしかない。
太田さんのことが少し気掛かりで、浴室の外を何気なく見ていたけれど、それはどうやら私だけではなかったみたい。
「……宇羽さん、どうしたの?」
宇羽さんはまだ太田さんが去っていった扉の方をまだ見続けていたから、思わず私は声を掛けたけれど、どうしたもこうしたもないよね。
「あ、え、っと、萌ちゃん、大丈夫、かなって」
心配そうな声の宇羽さんの声に、当然の言葉が返ってくる。
「そうですね……」
「萌ちゃん、困ったときも、誰にも相談、しないで、1人で、抱えちゃう、から」
「そうなんですか? 誰か友達に相談とか……」
私が言った言葉に、小さくふるり、ふるりと2往復だけ首を横に振った。
「私にも、してくれない」
「私にも……? 宇羽さんと太田さんって……」
私の言葉に、ええと、と1度躊躇うような態度を取ってから、答えた。
「萌ちゃんとは、その、幼馴染、だから」
「……宇羽さんと、太田さんが?」
別に何もおかしいことはないのだけれど、その言葉に思わず私は目を丸くした。そして、宇羽さんの向こうにも私と同じ表情をした子が1人。
「……幼馴染?」
片淵さんもひっくり返りそうな声色で宇羽さんに尋ねる。
「う、ん。小学校、から、ずっと」
「そうなんですね……。昔からあんな感じだったんですか?」
「うん。昔から、学級委員、してて、あんな、感じ」
「あー……」
宇羽さんの言葉に私は思わず「分かるー」的な声が出てしまった。
「怒ってるかなー……」
「ううん、怒って、ない。でも、ホントは、泣きたい、と思う」
太田さん通訳検定1級持ちなんじゃないかって思う宇羽さんはそう言った。
確かに、ツンケンしていることは多いけれど、彼女だって普通の女の子だ。益田さんにも理事長の娘という肩書きによるプレッシャーがあって、襟を正して行動していると言っていたっけ。その潔癖が、時として自分の母親である理事長にすら噛み付くくらいのものだとも。
「……萌、ちゃんと、仲良く、してあげて」
宇羽さんに向けていた視線を、再び浴室の扉を見ていた私だったのだけど、ふと気づくと宇羽さんは真摯な目で私を見ていて、その言葉が私に向けられたものだと気づいた。そういえば、太田さんのことを頼まれたのは益田さん含め、2人目かな。
「私? うん、でも……」
私は大隅さんと中居さんの件で、多分嫌われてしまっただろう。
「小山、さんなら、大丈夫」
「何故?」
「小山、さん、来てから、萌ちゃん、と、お話しすると、たまに、小山さん、の話、出てきた、から」
「私の話が?」
「うん。工藤さん、の朝の髪、拭いてあげるの、手伝ってくれる、とか」
「あ……で、でもそれは大隅さんと中居さんを探しに行く前でしょう?」
「大丈、夫。優しい、から」
そう、純朴な瞳で返されてしまっては、私も「うん」と答えを返すよりほかなかった。




