第8時限目 変身のお時間 その23
「そーいえばさー」
バスチェアに座るなり、片淵さんが話を切り出す。
「繭ちんと一緒にお風呂入るのって初めてだよねー」
「え、あ、う、うん……そう、だね」
シャワーの音にすら掻き消されそうなボリュームで、宇羽さんが答える。
……意外だったのは、宇羽さんと片淵さんはタメ語で話すんだなあ、ってところ。結構仲良しなんだなあ、宇羽さんと片淵さん。宇羽さんも片淵さんと身長がそんなに差が無い気がするし、もしかすると身長の悩みを打ち明け合ったりしていたとか……?
私は2人の会話に耳だけ傾けながら、頭を洗おうとシャンプーを手に取る。
「まー、アタシが寮に来るのが珍しいから、当たり前だよねー……ってむむっ。身長はそんなに変わんないのに、アタシよりも全然大きい。真帆ちんと同じくらいあるんじゃない?」
傾けていた耳から不吉、というか何だかいけない方向に進みそうな話が聞こえてきて、私は思わず手を止めて隣を見る。
お風呂の中だから、当然何も身に着けていない訳で、出来るだけ乙女の柔肌を視界に入れないほうが良いと思っていたのだけど、隣に視線を合わせると、果たして想像通りに片淵さんが手を妖しく動かしながら宇羽さんの膨らみに手を伸ばしていたところだった。
「え、は、ひ、ひああああっ」
スキンシップされる側は、多分その行動を予測していなかっただろうから、突然むんずとお山を鷲掴みされ、慌てて逃げようとする。
ただ、ここは浴室で、かつシャワーで濡れたタイルの上。
生まれたままの姿の宇羽さんは立ち上がろうとしたけれど、足元の濡れたタイルで足を滑らせ、タイルに頭を激突……させる直前、危ないと思って手を伸ばした私の腕の中にすっぽりと収まった。
反対側に私が居て良かった、と若干自画自賛気味に独り言ちた。
「え、ええっと……大丈夫?」
私の腕の中で、恐る恐る目を開いた宇羽さんは、一瞬だけ体を強張らせたけれど、
「あう……ご、ごめんなさい、大丈夫、です」
と小さく答えた。
「無事で何よりです」
「あ、あの、でも……その……手……」
「え?」
控えめに答える宇羽さんの言葉に私は首を傾げる。手?
「み、右、手が……」
その言葉に宇羽さんの右手を見て、それから自分の右手を見て……慌てて自分の右手を離した。
「……あああっ! ご、ごめんなさい!」
無事にキャッチ出来たのは良かったものの、少し離れた宇羽さんを半ば強引に抱き寄せるような形になったからなのか、それとも単なる神様の悪戯か、私の右手ががっちりと宇羽さんの柔らかな右の膨らみを掴んでいたので、宇羽さんは掠れるような声で非難の声を上げていたのだった。
「ご、ごめんなさい! わ、わざとじゃない、わざとじゃないですけど! ごめんなさい!」
取り乱しつつそう謝る私に、
「え、っと、あの、だ、大丈夫、です。助けて、くれた、ので」
お風呂の椅子に座り直して、ぺこりと小さく頭を下げた宇羽さん。
前言撤回。この子は難敵ではないです。
「あー、準にゃんずるい。もみもみしたのに、むしろ感謝されてるー」
茶化すような片淵さんの言葉に、
「ち、違う、よ。さ、触ったのは、別に、わざとじゃない、から、触られても、怒ってない、って、だけ、だから」
途切れ途切れにそう言う宇羽さん。
「ふーん。ま、いっかー」
意味深な笑いをした片淵さんは、そのまま逆隣で丁度体を洗っていた全身泡々な太田さんの方を向く。スキンシップのターゲットに切り替えたみたい。
……いや、ちょっと待って。それはやっちゃいけないやつだと思いますよ?
「おー、お硬いクラス委員長も意外とあるねー」
そう言いつつ、太田さんの背後に周り、泡で隠れていた意外に豊かな山をがっちりと左右から手を載せる。
「んー、これは……紀子ちんといい勝負かなー」
ひたすらに手を動かす片淵さんに、完全無反応な太田さんが非常に怖い。横顔からは徐々に感情が死んでいく様子が見て取れて、正直こ、怖いです。
「か、片淵さん……」
私が小声で止めるけれど、
「まあまあ、たまにはこういうスキンシップもいいんじゃないー?」
強硬派の片淵さんは、じっくりとパンを捏ねるよりは優しく、でもしっかりと太田さんの丘陵を撫でる。
「…………」
多分、そのスキンシップは時間にしたらさほどなかったと思うけれど、生きた心地がしなかったせいか何分にも感じられたそのスキンシップを打ち切ったのは、やはりと言うべきか、一方的な愛情表現を受けた側の太田さんだった。
がたん、とバスチェアをずらしながら立ち上がったと思ったら、シャワーを浴び、乱暴にシャワーヘッドを元に戻すと、続いて乱暴に浴室の扉をガタン、と強かに打ち付けるようにして出ていってしまった。
片淵さんはというと、太田さんが立ち上がった際にひっくり返った上、太田さんが浴びたシャワーと流されてきた泡を浴びて踏んだり蹴ったりという状況だったけれど、まあ自業自得というか。
「……あはは、いやー、やっぱ駄目だったかー」
「分かっててやったの?」
「んー、いやそういうわけでもないかなー。荒療治で治らないかなーって思ってたんだけど……あいたたー」
転んだときに打ったらしいお尻を撫でながら、片淵さんが椅子に座る。




