第1時限目 初めてのお時間 その15
「私の入る教室も、もう分かっているの?」
「もちろん。ちゃんと掲示されていましたよ」
そっか。転校生でもクラス割りに書かれていなければ、どのクラスに行けば良いか分からないし、掲示されていて当然といえば当然。理事長も坂本先生もクラス割りについては言ってなかったから、すっかり忘れていたけれど。まあ、咲野先生のクラスってことは分かっているのだけど、それが3年の何組なのかはさっぱり。
「最初見たときは、名前は良く覚えていなかったんですが、クラス割りには転校生の名前の横にお花が飾ってあるんです。それで友達に送るためにスマホで写真を撮ってきたんですけど……ほら」
見せてくれたのは、正木さんの手にすっぽりと収まるくらいに小さい画面のスマホ。フラッシュを焚いて撮ったと思われる写真は、私の名前の横に赤色の花が付けてあった。
「私達のクラス、3年A組のところに小山さんが居て、それよりも上の方に……この、岩崎真帆っていう名前の子ともう1人、この片淵都紀子っていう名前の子が仲の良い友達です」
「私とも仲良くしてくれるでしょうか?」
「もちろん、大丈夫ですよ。でも……ふふふっ、転校生の方ってどんな人かと少しだけドキドキしていたんです。まさか、すぐに知り合いになれるとは思いませんでしたが」
心底楽しそうに笑顔を見せる正木さんは、自分ばかり喋っていたことにはっとしたらしく、頬を染めて少し俯いてから、わたわたと両の手をわたわた振った。
「す、すみません。私ばかり、勝手に喋ってばかりで」
「いえ、構わないですよ。私もこの学校のこととか、クラスメイトのこととか、知っておきたいですから」
「そうですか? ありがとうございます」少しだけ言葉を切ってから、隣を歩く正木さんははにかむというか、バツが悪そうに言葉を続けた。「……どうしても、真帆とか他の友達と一緒に居ると、聞き手になってばかりだったので、つい。小山さんは、何故か分からないですが、受け止めてくれるって気がして、ついついしゃべりすぎてしまいます。会ったばかりなのに、変ですね」
岩崎さんという人は、話に聞く限りでは良いところもきっと多いだろうけれど、周りを見ながら喋るとかいうのは苦手そう。
でも、正木さんが私からウェルカムカモーンな空気を感じているというのは、やっぱり男女の違いがあるからなのかな? ちょっと、気をつけておかないといけないかも。
「あ、小山さんの方から何か聞きたいことってありますか?」
「ああ、えっと……」
クラスの話、とか学校の話とか、色々脳内をぐるぐる回って、休止状態だった話題生産工場を再稼働させようと思ったけれど、また長々と沈黙を守るのも何かと思ったので、
「さっきの話の続きで、校舎にはどうやって入ったんですか?」
と、他に聞きたいことよりも先に言葉が口をついて出た。聞きたかったかといえば、まあ聞きたかったけれど、せっかくだからもっと無かったのかと自分自身、少し反省。自分でさっきクラスメイトのこととか、色々知りたいとか言っていたのにね。
「あ、えっと校舎に入る方法は……小山さんも同じところだと思いますが、お手洗いの窓からです」
「え?」
「咲野先生がトイレの鍵を開けっ放しにしていることを知っていたので。あ、これについては、結構皆が知っているみたいですよ?」
咲野先生のせいで、せっかくのセキュリティが、使い古したジャージのゴムみたいに緩んでしまっていた!
もしかすると、私のときみたいに誰かを連れて校舎に入って、自分で広めているんじゃなかろうか。
「先生達も皆知っているものだと思って、私がお手洗いの窓の鍵のことをバラしてしまったんですが……誰も知らなかったみたいで。だから咲野先生、さっきずっと怒られていたんです」
「なるほど、道理で」
ふふっ、と益田咲野母娘の様子を、どうやら同時に思い出し笑いをした正木さんと私。そして、顔を見合わせて再度同時に笑う。
その後の話題は忘れたけれど、なんやかんや話をしている間に校門まで辿り着いていた。
校門は非常に塀が高く、そう簡単に人が乗り越えたりすることが出来るようなものではないっていうのが伺えるし、確か咲野先生が侵入者を感知する装置があるとか言っていた気がするから、防犯面ではかなり力を入れているみたい。
「ええっと……あ、小山さんこっちです」
せっかく辿り着いた校門の前から、少し横に逸れる正木さん。どうしたのかと思ったら、校門の脇にあるフェンス扉に近づいていた。
「校門はもう閉まっているので、この通用口を使います。学校側から出るときには、ノブを回すだけでそのまま外に出られるんですよ」
言いながら、正木さんが通用口のノブを捻って押すと、ギギィと少しの軋む音と共に扉が開いた。
「本当だ」
「入るときには鍵を回しながら入るんですけど」
そう言って一足先に出た正木さんを追いかけるように扉を出てから、私は左右を見る。
「えっと……正木さんの家はどの辺りなんですか?」
「すぐそこです」
「え?」
正木さんの細い指の先は、やや薄暗い先にある学校の隣の一戸建てを示していた。
「えっと、もしかして……?」
「はい。私の家、学校の隣なんですよ」
まさか、と思ったが、並んでその家の前の表札に『正木』と書かれているのを見て、小さくおぅふと声を漏らした。ホントだった!
もしかすると、先生達もすぐ家が隣だから、何が起こることも無いだろうと私に任せたのかも。いや、それでも学校の教師として駄目だけど!
「それでは、明日また宜しくお願いします」
「ええ、また明日」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
小さく手を振って、正木さんが玄関の扉を開けたところを見送って、私は学校に戻る。いやあ、こんな時間に学校に戻るなんて、昔じゃ考えられなかったなあ、なんて思いながら、通用口のフェンス扉に手を掛ける。
ガチャンガチャン、と音がして、扉は開くのを断固拒否。
……なじぇに!?
 




