第8時限目 変身のお時間 その19
私たちは一旦個人の部屋に戻り、程なくして勉強道具を抱えた片淵さんが私の部屋へ。
……何故にそんなに教科書とノートを沢山抱えていらっしゃる?
「あの、そんなにまとめてやらなくても……」
「ん? あー、いやいや、流石にそのつもりはないよー」
小学校とかで置き勉したのを、連休前に持ち帰らされたような姿の片淵さんはどさっと机の上に教科書とノートを置いてから、胡座をかきつつ笑顔を見せた。
「どれからやろうか迷っちゃってさー。とりあえず、悩んで待たせるのも悪いし、とりあえず全部持ってきたらいいかなーって」
「ああ、なるほど」
「アタシだって身の程は弁えてるさー、にゃっはっは。んでー……何からやるかなー。あ、準にゃんは自分の勉強してていいよー。分かんなかったら聞くからさー」
「うん」
私は頷いて、ノートに視線を落としたのだけど、
「……あ、準にゃん教えて」
「早っ」
少し悩む時間があったとは言え、ノートで数文字書いたところでヘルプが掛かったから、思わずそんな無慈悲な言葉を返してしまったけれど、
「あっはっは、いやー、苦手な数学からやっておこうと思ったんだけど、そういやそもそもこの辺りはノート取ってなかったなーって思って」
「そういえば、授業中寝てましたしね」
私は持っていた数学のノートを差し出し、片淵さんに渡すのだけど、
「うーん……解き方が分かんないなー」
どうやらノートを見ても分からないらしい。ううむ、これは前途多難だ。
私は、よし、と気合を入れてから、片淵さんに解法の説明をしていく。
勉強を教えていて分かったのだけど、片淵さんは一般的に言う飲み込みが遅い方ではあるけれど、一旦理解してしまえば、結構自力ですらすら解けるみたい。多分、内容を自分なりに噛み砕くのに時間が掛かっているから飲み込みが遅く見えるだけなんだと思う。
一緒に勉強をしていて感じるのは、片淵さんは根っからの不真面目というよりは、分からないところが出てくるとそこで諦めてしまうタイプなんじゃないかな。だから、体調を崩して休んだり、理解できない言葉や式が出てきたりすると急に授業についていけなくなるのかも……なんて、偉そうなこと言えるような立場ではないのだけど。
そんなこんなで、途中から片淵さんの質問もほとんど無く、お互い8割くらい無言のままにシャーペンを走らせる音と時計の時間を刻む音だけが部屋に響いていたのだけど、1時間を回るか回らないかくらいのところで、ふっと集中力が途切れてしまって、大きく伸びをしたところで、
「にゃぁーご」
もう終わったと勘違いしたのか、ベッドの上で丸くなっていたテオが大きく伸びをしたと思ったら、私のノートの上に寝転がって手を伸ばし、遊ぶのを要求してくる。
「ちょ、ちょっとテオ! 遊びは後で!」
ノートの上から下ろそうとするけれど、遊びの一環だと思っているのか、それとも分かっていてやっているのか、私の手を甘噛みして反撃してくる。ああもう、可愛いけど今は邪魔!
その様子を見ていた片淵さんが、
「あっはっは、テオちんもずーっと黙ってたら疲れちゃったかー。そろそろお腹もこなれてきた感じだし、そろそろご飯にしちゃう?」
と足を崩しながら笑う。
「あー、そうだね」
丁度集中力も切れたし、いいタイミングかもしれない。
テオを部屋に残し、片淵さんと2人、食堂に入ると、
「…………」
「あ」
「……ありゃ」
現在、絶賛絶交中のクラスメイトの姿があり、眼鏡の奥、一瞬だけ眼が合ったけれど、すぐにふいっ、と視線を外された。
「そっか。太田さんもこの寮住んでるんだっけ?」
「ええ」
声のボリュームを最小付近まで絞った片淵さんがひそりひそりと私に耳打ちするから、私も同じくらいのボリュームで返す。
「そういえば、準にゃんはあの後、仲直りしたの?」
「いえ、してないです……」
するタイミングが無かった、と言い訳したいところだけれど、単純に私があまり太田さんに近づかないようにしていたし、おそらく向こうもこちらに会わないようにしていたんだと思う。
「そっか。まあ、仕方がないねー」
小さく苦笑して、片淵さんは努めて明るく、
「太田さんも食事したんだねー」
と話し掛けるけれど、返ってきたのは、
「…………」
という無言。ああ、機嫌悪そうだなあ。
「もう知ってるかもしれないけど、アタシも泊めてもらってるんだー」
片淵さんも太田さんは苦手だったはずだけれど、こうやって話し掛けているのは、勉強会の前に言っていた自分から積極的に相手の懐へ、を実行しようとしているのかも。
しばらく無言のまま片淵さんを見つめていた太田さんは、
「ええ、益田さんから泊まっているとは聞いていたけれど、相変わらず元気そうね」
前向きな言葉とは裏腹に、不満を溢れさせた表情と声色でそう言い放った。
「そうだねー。太田さんは?」
「気分なら最悪よ」
取り付く島もないとはこのこと。
刺々しくそう言い返してきた太田さんに呆れてか、片淵さんが私に向かってアイコンタクトを図ってくる。超能力者とかではないけれど、この状況でしてくるアイコンタクトの理由なんて「駄目だこりゃ」みたいな、少なくとも良い理由を含有したものではないことは分かりきっているから、私も同等のネガティブなアイコンタクトを返してみた。
これ以上、話をしても喧嘩に発展する虞があるだけで、仲が発展する気配はないから、あまり話し掛けない方が良いと思う。とりあえず、今この場では。
「んじゃ、ご飯食べよっかー」
「そうだね」
片淵さんもそう思ったのか、会話を打ち切って、早足で台所に向かったので、私も軽く頭を下げるだけにしてその後を追った。




