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あー・ゆー・れでぃ?!  作者: 文化 右


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第8時限目 変身のお時間 その10

 うがーっ、と怒る大隅さん。


「でも、星歌って呼ぶのもちょっとアレだし……」


「良いじゃねえか。なんだよ、似合わないとか言うのかよ」


「うん」


「おいコラ、ふざけんな」


 今度は私の顔をぎゅむっ、と大隅さんが横からプレスする。痛い。


 がしっとその両手を掴んで引き剥がしてから、私は一時的につぶれあんまんみたいになった頬を擦りながら言う。


「まったく、星っちは酷いなあ」


「……もう大隅さんで良いわ……」


 溜息と共に大隅さんがギブアップを示す言葉と共に首をすくめた。


 まあ、正直なところ、名字を呼び捨てするとか、下の名前または仇名で呼ぶのが嫌なわけではないのだけど、そうするとまた大隅さんと敵対している勢力から「私は下の名前で呼んでもらってない!」みたいな話に連鎖して、結局色んな人を下の名前で呼ばないといけなくなる訳で。


 じゃあ、最終的にクラスメイト全員を名前呼びすることの何が駄目ということはないのだけど、ほら、やっぱり恥ずかしいというか。


 私の中身はれっきとした男だから、女の子を下の名前で呼ぶのは結構抵抗がある。みゃーちゃんくらい小さい子だったら、ちゃん付けとか仇名で呼ぶこともさほど抵抗はないのだけど、同じ年の女の子の名前を呼ぶのはやっぱり妙な気恥ずかしさがある。


 ……私って変わってるのかな。


「あ、そういえば、中居さんは――」


「星っちー、こやまんー」


 私がさっきまでここに居た約1名の所在について、大隅さんに尋ねようとしたら、張本人ののほほんとした声が聞こえてきた。ドリル髪のギャルはスマホの画面をこちらに向けつつ、小走りに近づいてきた。


「なんだ晴海」


「ちょろーんっと遊んできていーい?」


「んあ? 別に構わねーけど、なんだ?」


 子供がお母さんにおねだりするみたいな口調の中居さんに疑問符を投げ掛ける。


「いやねー、さっきHigh-Tamで同中おなちゅうの子が居たんだけどさ、その子たちがオケり終わったら、カフェりに行こうよーってコミュー来てさー」


 スマホ画面には『通話中』と『ゆかぴー』の文字。ああ、なるほど。


「ああ、さっきの……えっと、ゆかぴーとぱ……ぱるみゃー?」


「ぱるにゃんだってばさー」


「あ、ああ、そうだったっけ」


 私の脳内では、そのゆかぴーとぱるにゃんが結局どっちの愛称だったか分からなかったから、脳内では白黒ギャルコンビという括りになっていた。


 というか、デカイだのヤバイだの言いながら、バンバンと人を叩きながらゲラゲラ笑う方々にまで丁寧に接したり、ちゃんと名前を覚えて接しようというほど、私は聖人君子ではないからね。片淵さんのお母さん然り。


 更に言うと、今後あの2人との関わりはきっと稀に町中ですれ違うときか、中居さんの話題に出るくらいじゃないかな、って思うからあまり名前についても覚えていなかったし、これからも覚えるつもりは無い。


「別に良いんじゃねーの?」


「おっけーぽよ。んじゃ、こやまん、星っちを後はよろしくー」


「え?」


 手をひらひら振りながら、声のテンションとは裏腹にあまり足取りが軽くない中居さんはさっさとお店を出ていってしまった。


「あれ、もしかして、中居さんにもストーキング行為、バレてた?」


「だからストーカーじゃね……いや、まあ、そうだな」


 やれやれ、と大隅さんは溜息と共にそう言葉を吐き出す。


「中の様子が気になって店の中入ったら、晴海にとっ捕まって、ちょっとココ居てくれって」


「で、今の電話、と」


「ああ、多分な」


 そう言いつつも、じっと中居さんが去っていった方向を見ている大隅さん。


 そんな大隅さんがぽつり、とほとんど独り言みたいに言葉を漏らした。


「……なあ、小山」


「何?」


「あたしの勘違いかもしれないんだが――」


 そう言い掛けて、口をつぐむ大隅さん。そして次に出てきたのは、


「――いや、忘れてくれ」


 という言葉とかぶりを振る動作だった。


 推測でしかないけれど、大隅さんの言いたいことは分かる。さっきの、何故か旧友と会うのにあまり楽しそうではなかった中居さんの様子のことについてだろう。


 でも、思ったことはオブラートを突き破るように言ってしまう大隅さんが言葉の芽を摘み取ってしまうくらいだから、言うべきことではないと思ったのだろう。


 だからこそ、私もそのまま沈黙を選択するしかなかった。


 しばし、お店の中の喧騒をぼうっと聞いていた私は、


「……で、小山はどうするんだ」


 という大隅さんの言葉で、ようやく意識を戻すことが出来た。


「どうする、って?」


「ブラ、買いに来たんじゃなかったのか」


「あー、えっとそれなんだけど、サイズアップブラはちょっと締め付けが強すぎたから止めといたよ」


「まあ、その方が懸命だな。つーか、あまり気にすんなよ、サイズなんて」


「大きいサイズの人が言うと皮肉にしか聞こえないよ」


「ま、そりゃそうか」


 ははは、と軽く笑った大隅さんに、私も釣られて笑う。


「……あ、そういえば正木さんは?」


「あん? ああ、正木か。それならほれ」


 大隅さんが肩越しにちらりと背後を見てから、親指を立てつつその背後を指し示す。


「あそこだ」


 大隅さんの指の先には、


「紀子、また大きくなってない?」


「な、なな、なってない、から!」


「やっぱり大きいねえ」


 正木さんに岩崎さん、片淵さんがじゃれつくという既に見慣れてきた光景が広がっていた。


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