第8時限目 変身のお時間 その4
ちょっと前にも、演劇部でヒラヒラ系というかいわゆるカワイイ系を一時的に着せ替えられたことがあったけれど、あのときの恥ずかしさったら。ちなみに、その姿を見て、工藤さんと園村さんにねっとり笑いをされた記憶まで蘇ってきたので、頭を振ってその記憶を霧散させる。
「いやー、でもヒラヒラ系は全てを制すかんね」
私がヒラヒラ系服と精神バトルを繰り広げた記憶を振り払っていると、中居さんがそんな謎の意見を述べる。いや、全てを制すってそもそも何と戦っているの?
「最近スラッシー系とかも出てきてるけどさー、絶対こやまんはヒラヒラ系の方が良いって」
「す、スラッシー?」
名犬……ではないよね。一瞬、ふわふわもこもこの毛皮を纏うのかと思ったけれど。
「スラっと見えるクールな感じで、でもセクシーなのがスラッシー系」
「へ、へえ……そんなのも有るんだ」
駄目だ、ファッション用語が全然頭に入ってこないなあ。
「いや、アタシが勝手に付けたー」
「付けたの!?」
そもそも中居さん用語というか中居さん造語でした。じゃあ、今までの話の中で何処までが本当のファッション用語で、何処からが中居さん造語なのかが分からなくなってきた。
「とりま、えーと……」
言葉に翻弄されている私に追い打ちをかけるように、中居さんは手近にあったワンピースタイプのヒラヒラの服を3着選び出して突きつけた。
「んじゃー、この3つ」
「3つ? ええっ?」
予め宣言されていたとはいえ、お店の中でもヒラヒラ度1位から3位までを選んだみたいな選択肢に、私の眉は自然とハの字を描く。
「大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なのかは分からないけれど、中居さんに笑顔で押し切られ、更衣室に突っ込まれる。
「……うう」
ま、まあ、でもこういう買い物に来た時点でこうなることは大方分かっていたし、この後には下着選定というもっとアダルトなのが控えているのだから、カワイイ系の服を着ただけで恥ずかしがっていては駄目なんだ、と自分に言い聞かせる。
結構、頻繁に自分に言い聞かせてはいる気はするけれど、偶に心が折れて振り出しに戻っているのはご愛嬌ということにしておいて頂きたい。だって、あくまで一時的に女性の格好をしているだけで自分は男なんだと思い出して意識をたまにリセットしておかないと、完全に女性的な生活に慣れてしまったら、社会復帰が難しくなる虞がある。
というより下手すると、男生活に戻った後に無意識の内に女子トイレや女子風呂に入ってしまうという恐怖があったりするかもしれないから。
閑話休題。
私は脳内ヒラヒラランキング3位の服から、とりあえず袖を通してみようとする。
……でも。
「あれ」
全くサイズが合わない。というか、そもそも入らない。
チャックが見当たらなかったから、とりあえずスカート側から頭を突っ込んでみたは良いものの、上半身を通す途中でお腹周りがつっかえてしまった。
「な、中居さーん」
「なにー? チャック上げるー?」
更衣室の中から声を掛けると、すぐに中居さんからの反応があった。
「いや、あの、全然服が入らないんだけど」
「え? マジで?」
更衣室内に顔だけ突っ込んでくる中居さんが、
「うわ、マジだ」
と上半身の更に半分くらいしかお尻が入っていない私の姿に声を失う。
「……こやまん、ウエストいくつ? いや、その前にバスト幾つ?」
「測ってないから分かんない」
「ブラ着けたときに確認しなかったん?」
「し、してない」
多分、普段着けているブラのサイズを見れば分かるのだと思うけれど、如何せん上半身が服で捕縛されたような状態で、一旦外してもらわないとどうにもこうにも。
「と、とりあえず脱ぐの手伝って」
「らじゃー」
中居さんに上から服を引っ張ってもらってどうにか抜け出した私は、はふぅと息を吐いてから、ブラのサイズを確認する。
「えっと……Aの75ってなってるね」
「げ、マジぽよ? ウエストは?」
「ズボンのウエストが……73なってる」
「ウエストでかっ! 男のコだからかもしれんけど、そりゃ9号とか絶対入らんやつやん」
そう言いつつ、うぬぬ……と唸る中居さん。
「じゃあ、身長は?」
「えっと、確か178cmくらい」
「たっか! ってそんな身長だったらARTでも丈足りなくね?」
「え、ART?」
聞いたことが無いけれど、ARTとは何ぞや。
「あー、アレアレ、身長が高い人用の服。タグ見ると書いてあるんだけどさー、普通サイズがAR、丈が高い人用がART、ってなってるんだけど、ARTでも170cmくらいまでだったはずだから、178はちょっちじゃないくらいにヤバイ」
「そ、そうなんだ」
いつもはあまり気にせず、お母さんが買ってきたものを着ていただけだったのだけど、結構気にしてくれていたんだなあ……というか男性用とかフリーサイズばっかり買ってきてくれていたのかも。
……いやいや違う違う。
良く考えたら、そもそも私用に女性用の服を買ってきているわけではなくて、最初から男性用の服を買ってきている、完全に女性生活をしていて、意識が毒されてきているなあ。




