第7時限目 運命のお時間 その31
「ふーん? じゃあ、一緒に行くー?」
「何で一緒に行かなきゃいけない訳?」
食って掛かる岩崎さんに対し、
「えー? どうせ買い物行くなら一緒でいいじゃん? どうせなら片淵も行く?」
とにっこりスマイルで余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の中居さんは、話を片淵さんにも振る。
「んー? ……ああ、準にゃんが良いなら、別に良いよー」
話を振られた片淵さんは私の方をちらりと見てから、こくりと1度小さく頷いて答えた。
うーん。前から薄々感じてはいたけれど、サウナ入ったときの片淵さんの表情と言葉も含めて考えると、片淵さんもあまり大隅さんと中居さんに良い印象は持っていないようだから、無理強いはしない方が良い気がする。
……でも、むしろこれをきっかけに仲良く出来るかもしれないとも思うし、悩みどころかな。
「良い、んじゃないかな」
「だってさ。んじゃ、ぺったんズでブラ買おー!」
「ぺ、ぺったんズ?」
拳を突き上げた中居さんの、また新たな造語に私は戸惑いの声を出すけれど、私の困惑など意に介さない様子で、
「じゃあ、駅前10時集合でー、よろー」
と勝手に話を進める。
「ちょっと、それ遅くない?」
中居さんの提案に真っ先に反論した岩崎さん。
「いやー、アタシって起きられないじゃん?」
「いや、知らないし」
「寮だったら良いけど、アタシんち遠いから10時じゃないと間に合わない! だから決定!」
「おい、勝手に話進めんなよ」
ハブられた大隅さんがそう言うけれど、
「大きい組は大きい組で、別で買った後の合流は認めるぽよー。ただし、買ったものを見せびらかしたらこやまんに揉まれるの刑だから」
と何故か私に飛び火しているし、そのお陰で大隅さんがまた2つの大玉饅頭をぎゅっと隠しながら私をジト目で見るし。いや、私はしないよ!?
「ってか大きい組て……幼稚園児じゃねーんだぞ」
「星っちはおっきいのりぴーと仲良く、大きいことの悩みを勝手に打ち明けあっとけばいいんじゃね! そうじゃね!?」
「やっぱり怒ってんじゃねーか」
「怒ってないしー」
おちゃらけた中居さんはそう言って、
「んじゃ、そろそろサウナ出るー。てか、長く居すぎたし、あつすぎじゃーん……」
ふらふらと中居さんがサウナを出ようとするから、
「おい、勝手に行くなよ! ったく……じゃーな!」
大隅さんが慌てて中居さんを追いかけてサウナを出る。
嵐みたいな2人が出ていくと、
「ふー……」
誰からともなく、4人の溜息がサウナに広がる。ただし、ちょっとだけ意味合いが異なる溜息が1つ。
もちろんそれは私のもの。
「…………」
ば、バレなくて良かった……本当に良かった。
心臓が口から飛び出て、地球1周して戻ってきたんじゃないかってくらいに心臓が飛び跳ねたと思う。もう一生、これ以上のことは無いんじゃないかって思うくらい。
いや、もし本当に男だとバレた場合はこれじゃ済まないのかもしれないけれど、少なくとも最近のびっくり現象の中ではトップどころか超弩級の狼狽というか恐怖というか。夏の怪談にはちょっと早いよ、ってそういう冷や汗とは少し違うのだけど。
「小山さん、本当に行くんですか?」
「……え?」
結構こういうこと多い気はするのだけど、別のことを考えていたら正木さんに掛けられた声に数拍遅れて私は返事をした。
「明日のお買い物です」
「あー、えっと、はい。行くつもりですよ」
不安を数割混ぜた表情の正木さんの横から、それに加えて怒りも数割混ぜた岩崎さんが、
「あたしも結局拒否しきれなかったけど……あの中居とでしょ? 今からでも止めた方が良いと思うけど」
と語気を強める。
「そうかな……」
「だってさ、中居だよ?」
「うん、知ってるよ」
「不良だし」
「うん、そうだね」
暖簾に腕押しとはこのことか、とでも言いたげな表情の岩崎さんは、それでも言葉を繋げた。
「前も言ったと思うけど、あの2人と絡んでると色々と……ほら、良くないって」
「うん、それも知ってる。仲良くしたら教師に目を付けられる、っていう話も覚えてるよ。でも、だからこそ先生とか周りの見る目を変えてあげるべきなんじゃないかなって」
「簡単に言うけど、全然変わんなかったからアレなんだと思うなー」
後ろから飛んできた片淵さんの言葉に、思わず「確かに」と頷きそうになったけれど、それじゃあ駄目なんだと思うから。
「少しだけ」
「え?」
「少しだけ、時間が欲しい、かな」
片淵さんが私の体に自分の体を預けつつ、背後から言う。
「……もしかして、更生させるつもりだったりするー?」
片淵さんの言葉に、私は首を横に振って答える。
「そんな大層なことじゃないよ。ただ、彼女たちが、本当に皆言っているような子なのか、確認する時間が欲しいなって思う」
私はそう言って、岩崎さんに笑いかける。
「ほら、私ってまだ転校してきたばかりだし、さっき学校の話を少しだけしたけど、うちの学校って完全な進学校だったからちょっと変わってたから、彼女たちみたいな子は新鮮なんだよね。だから、もう少しだけ話をしてみたい――」
「……」
「――と思う、んだけど」
最後の方をごにょごにょ言った私に対して、岩崎さんだけではなく、片淵さんも正木さんも黙りこくる。
「もし、本当に変なことに引っ張られそうなら、あの2人にビンタしてでも離れるから」
そう私が努めて明るく言うと、
「……あはは、まあ準ならあの2人くらい組み伏せられそうだしね」
岩崎さんが、まず笑ってくれた。
「準にゃんなら、まあ何とかしてくれそうな気はするしねー」
片淵さんもそんな何の根拠もないフォローをしてくれる。まだ貴女のことについてもまだ解決していないのだけど、それでもそう思ってくれたのなら有り難いとは思う。
最後、正木さんは。
「……もし、小山さんが困ったときには助けに行きますから」
ちょっと真面目過ぎるかなとは思うけれど、そう言って笑顔を見せてくれた。




