第7時限目 運命のお時間 その26
「もう我慢ならねえ! ぶっ飛ば……ひゃん!」
いきり立って岩崎さんに襲いかかろうとした大隅さんがいかがわしい声を上げて座り込んだ。理由は、私が背後から捕まえたから。
……そのときにたわわな果実を両手で再び掴んでしまったのは、別にそこに固執しているわけではなくて、単純にたまたま立ち上がった大隅さんとそれを留めるべく中腰だった私の適度な身長差により、伸ばした手の延長線上に非常に弾力のある2つの山がたまたま重なっていたのに気づかず、勢いに任せて大隅さんを捕獲しまったからであって、別にそこに固執しているわけではないことを再度強調して私は言いたい。
「こっ、小山っ! 突然っ、触んなっ!」
自分が変な声を出してしまったことに対する恥ずかしさからなのか、背後の私を振り払った大隅さんの頬には、サウナで上気したからというのとは別な赤さが広がっているのが分かる。
「こ、ここは公共の場ですので、喧嘩は駄目です」
さっきのは事故、とても幸ふ……不幸な事故だから、と自分に言い聞かせつつ、努めて冷静に言う。
「だけどなあ!」
「それと、岩崎さん」
「は、はいっ!」
大隅さんの食って掛かる言葉を防ぎつつ、私は声のトーンを出来るだけ下げて言うから、岩崎さんもシャン! と背を伸ばして答える。
「後で、覚悟しておいてくださいね」
敢えて敬語を使うようにして、凄みを出していくスタイル。
「ひ、ひいっ!」
視線と声で岩崎さんが竦み上がって、一回り小さい片淵さんにガタガタしながら掴まる。
「まー、自業自得だから仕方がないねー」
「そうだよ、真帆。幾ら何でも塩を投げつけるのはやり過ぎだよ」
頭を撫でてあげながらも、口では結構突き放した言葉を岩崎さんの頭にぐさぐさ突き刺す片淵さんと、その横でやっぱりフォローではない言葉を入れる正木さんを横目で見ながら、
「というわけで大隅さんも座って」
と私は新たな塩を手に掴んでから言う。
「う……わ、分かったよ」
振り上げた拳を下ろす場所が無くなったからか、私の前にすとんっ、と素直に足を揃えて腰を下ろした。
「やっぱ、小山って変わってんな」
「そう?」
見た目以上に柔らかなお腹からデンジャラスな下半身ゾーンへ。ここまで来たら、もう逆に役得と思うことにして、優しく塩を塗り込んでいく。
「フツー、ケンカしたときでも身内には甘いだろ」
「そういうもの?」
「ああ」
まあ、確かに友達同士で注意すると、その後ギクシャクしちゃうこともあるから出来ない、というのも分かる。多分、転校したばかりの私だったら、確かに岩崎さんにも大隅さんにも注意できず、あわあわしてただけかもしれない。
……いや、でも今目の前で正木さんと片淵さんも、岩崎さんに言いたいこと言ってるよね? 案外、大隅さんが言っているような人の方が実は少ないのか、私たちが本当に変わっているのかは分からないけれど、
「私は岩崎さんを信用しているからこそ、思ったことはちゃんと言うかな」
そう私は言った。
「ふーん? 仲の良いことで」
物言いたげな目で私を見る大隅さんだったけれど、
「まー、でも大抵ケンカの原因は星っちが作ってること多いから、ケンカしたら星っち原因じゃなくても大体怒られる系だよね」
とサウナの暑さでぽやぽやしながら言う中居さん。
「まあ、それは日頃の行いだから仕方がないかな」
「おい、ひでえな!」
私の身も蓋もない言い方に声を上げる大隅さん。
「ほら、信頼してるから思ったことはちゃんと言っちゃう系だし」
「早速フラグ回収すんなよ!」
そんなやり取りをしつつ、きっちり大隅さんの全身を隈なく塩まみれにする仕事を完遂した私は、
「さて……」
ちらり、と先程の相撲式塩撒き犯人を見やる。
「…………」
視線どころか、上半身まで回転させつつ、私の視線から逃げようとするので、背中を向けたところで大隅さんと同様に背後からがっちりとお腹周りをホールドした。
「あんぎゃー!」
「お仕置きです!」
怪獣みたいな悲鳴を上げる岩崎さんを羽交い締めにしつつ、私は岩崎さんの引き締まったお腹をくすぐるようにしながら塩の塗り込みを進める。
「ひ、ひゃははっ! ちょ、ちょっと、まっ、待ってこや、ひや、じゅ、準っ! あはっ! あーはーっ!」
頑張って私から逃れようとする岩崎さん。
スポーツウーマンな岩崎さんとはいえ体格差は覆せず、私の手で一頻り精神をトリップさせていた岩崎さんだったけれども、私が手を止めたことでようやく肉体に精神が戻ってきたようだった。
「ちゃんと謝って」
「…………」
「い・わ・さ・き・さ・ん?」
「わ、分かった、分かった!」
今度は前から私が肩をガチッと掴んで睥睨するものだから、ようやく岩崎さんも白旗を揚げた。
「ごめん」
「やだね」
「…………」
岩崎さんの言葉に拒絶を即答した大隅さんに向かって、私がわきわきさせた手を見せると、
「わ、分かった分かった! 許してやるから、その手をわしゃわしゃすんのやめろ!」
緑豊かな……いや肌色豊かな山肌を覆い隠すように腕で抱えた大隅さんも、私の言葉でようやく素直になった。
全く、この2人は世話が焼けるなあ。




