第1時限目 初めてのお時間 その12
「みゃーちゃんと同じ苗字?」
私が間違っていなければ、さっき尋ねたように彼女は”真白美夜子”であるはずだから、同じ苗字ということはありえないのだけれど、彼女にはその話題は厳禁だと分かっているから、敢えてそんな質問をしてみる。
「違うにゃ。みゃーはみゃーだから、苗字はないにゃ」
無いことは無いんだろうけど、無いと主張している子にある! と頑なに言ったところで答えてくれないんだろうなあ、と私は少しだけ苦い笑顔。
よっぽど自分の名前が嫌なのかな。
「とにかく、月乃は準と同じクラスにゃ。だから、呼び出したら、すぐに、必ず来るにゃ」
「分かったよ」
ああ、まだ学校が始まっても居ないのに、女装しなきゃいけないだとか、こんな小さな子の相手をしなきゃいけないとか、何だか今までの学校とは比べ物にならないような面倒事が落石注意の看板の先に立ったみたいにごろごろと転げ落ちてくる。そんなに私、悪いことしたんだろうか。それともこれから良いことがある?
画面を元の監視カメラ映像に戻してから、目の前の分割画面を見ていた美夜子ちゃんは、
「……さて、正木紀子が起きたようにゃ」
端の方にある1つの画面を指差した。その画面を確認すると、保健室の様子が映しだされていて、さっき私が不可抗力で押し倒したようにも見えなくもないことをした女の子が保健室のベッドの上で上体を起こし、先生たちと談笑している姿が見て取れる。
その姿を見て、彼女が無事だったことに安堵した後、ワンテンポ遅れではたと気づく。この映像、何処から撮ってるの? さっきの犯行……じゃない、事故の映像もそうだけど。
「あれ、保健室に監視カメラなんてあったっけ?」
「学校の色んな所にあるにゃ。まあ、外部から危険な人が入ってくるのを回避するのと、生徒の素行調査、まあいじめ対策とか、そういうのの対策のために設置して、みゃーがずっと確認しているにゃ」
色んな所に……全然気づかなかったけど、でもあの私と女子生徒の衝撃的なシーンは狙って撮れるものではないだろうから、カメラが複数台仕掛けられているのは間違いないんだろうと思う。まあ、この目の前にある画面の個数分……えーっと、横が1、2、3、4で、縦が1、2、3の合計12個? くらいはあるんじゃないかな。
「確認って、毎日?」
「毎日」
「お家には?」
「………………」
長い長い沈黙。
まさかそんなことは無いとは思っていたけれど、本当にここに住んでいるの……?
思わず、子供だから電池切れみたいに急に寝てしまったのかと思ったけれど、斜めから表情を覗き見ると、明らかに目は画面を向いていた。そのあからさまな『回答』に、私は質問内容が良くなかったことを痛感して、次の疑問をぶつけた。
「1人だけでこんなことしてるの?」
「別にみゃーだけじゃないにゃ。月乃にも確認させたりしてるにゃ」
「月乃ちゃん……ってこのロボットの子に?」
「そうにゃ」
ちらりと横を見ると、相変わらず動かないロボ子ちゃん。うーん、この月乃ちゃんとかいう機械仕掛けの子がいじめとかを判断出来るのかとかは知らないけれど、1人でいつも見ているわけじゃなければ……いや、そういう問題じゃないから!
家に帰らない理由とかいろいろ事情があるのかもしれないけど、自分からその話題をあまり振らないのと、さっきの『天才少女』というキーワードに引っかかったところからして、あまり彼女が賢いという話には触れない方が良い気がする。その割には、自分がやったことや知識を見せびらかすようなことはしているけれど。
「でも、保健室に監視カメラがあった覚えが無いんだけどなあ……」
「当たり前にゃ! ……わわわっ」
腕組みして、美夜子ちゃんはふんぞり返って、椅子から転げ落ちそうになったので、私は慌てて片手でキャッチ。きっと、こういう積み重ねで少しは心を開いてくれると――
「……ただのヘンタイさんじゃなくて、ロリコンなヘンタイさんだったにゃ」
「違うからね!?」
酷い勘違いだ!
ちゃんと座り直したみゃーちゃんは、やや恐る恐るながらも、やっぱりふんぞり返った。
「いつも監視されているって思ったら、皆がゆっくり学校生活を送れなくなるから、かなり気を使って隠してるにゃ。ちっちゃいカメラにしたり、色塗り変えたりしてるにゃ。あ、ただし昇降口とか裏口とかはわざと目立つように少し大きいのを付けてるけどにゃぁ」
「え、でもそれって盗撮になるんじゃ……」
「入学願書とかパンフレットには『学校内ではいじめ対策や危険防止のために、必要に応じて監視カメラが設置されています』と記載しているにゃ。ちゃんと読んだかにゃぁ?」
ニヤニヤ、という表情が似合うみゃーちゃん。う、確かに、あまり細かいところまで願書を読んでいなかった。そうでもなければ、女子校に来ることも無かっただろうと思う。
いや、それでも盗撮だと思うけど!
でも、ようやく分かった。そういえばこれも坂本先生が言っていたけど、監視カメラの管理者をお菓子で手懐けたとか言っていたのはこの子のことだったんだ。なるほど、じゃあ今度お菓子を持ってきてみようかな。甘いものの方が好きなのかな?
「話は終わったにゃ。さっさと正木 紀子のところに行くにゃ、しっしっ」
そう言って、相変わらずの胡座のままで手をひらひら。用は済んだから帰れ、っていうことなんだろうけど。
私は物言わぬ、人形とは思えない少女とその製作者である天才少女を順に見てから、
「また来るからね」
とだけ言って、どちらの頭もポンポン、と優しく叩く。
そうしたら、美夜子ちゃん……じゃなくてみゃーちゃんはほっぺた含めて真っ赤にして、頭から蒸気を噴き出した、ような気がする。とりあえず、怒っているのは間違いないみたいだけど。
「よ、呼んだときだけにゃ! このロリコン!」
「あはは」
扉を出たところで、一度立ち止まって、部屋の中を振り返る。
みゃーちゃんの背中は、猫背になっているからというのもあると思うけれど、本当に本当に小さく見えた。
頭をポンポンと軽く叩いたのは、昔意地張ってばかりだった妹が、小学校の頃に妹が泣いて帰ってきた時とか、雷が鳴って怖がっているときとかにしてあげたら、泣き止んだのをなんとはなしに思い出したんだと思う。
あの態度を見る限り、すぐに仲良くなるのは難しいだろうから、彼女が胸中を全部ちゃぶ台返ししたくなったときに聞いてあげよう。ちょっとくらいわがままに付き合ってあげながら。
そんな思いを胸に仕舞いつつ、ひんやりとした空気を湛えた階段を上って、煌々と明かりが点いている保健室に戻ると、わちゃわちゃしている先生ズに迎えられた。まだやってるんだ、この人達。
「あら、お帰りなさい」
「戻ってきたか」
「あーん、準ちゃん、綾里と公香がいぢめるの! いぢめるの!」
「何がいじめる、だ。お前がだらしないから説教しているだけだろう。いいか、そもそもだな――」
まだ、益田寮長と咲野先生の親子コントが続いているようだったけれど、私はそっちの方にはあまり興味がない。というか、戻ってきたのはこのてんやわんやに付き合うためではないから。
「あ、あの……」
「……? ……あ、はいっ?」
私が近づいて声を掛けると、ベッドの上で緩やかな笑顔のままに益田咲野ペアを見ていた少女は、しばらくは私と視線が合っても自分に声を掛けられたと気づかず、周囲を見回し、瞬きし、どうやら自分の後ろや横に人が居らず、その声が向けられたのは自分であると理解してから、ぴくんっとやや全身を跳ね上げるようにして声を発した。
「先程はすみませんでした」
「さきほ……ど……? あ、ああ、あなただったんですね。ええっと……こ、こ……ここ……こや、こやまださん?」
「こやま、です。小山 準」
「あ、す、すみません、小山さん」
謝る際、バツが悪そうに一度目を伏せてから、スコールが上がった秋空のコスモスのように嫋やかな笑みで少女は名乗った。
「私は正木 紀子と言います」
いつも2000文字くらいで書いているんですが、なかなか話が展開しなかったので、1.5倍増量です。
ようやく、少し話が展開するかな……と思います。
8/20 文章見直し
みゃーちゃんの言い回しを変えたのと転げ落ちそうなときに驚いた声を追加した以外では、こちらもその9と同様にすっかり忘れていた咲野先生が監視カメラの管理者がどうとかこうとか言っていたことを思い出したシーンを追加しなおしたところが大きいくらいでしょうか。
2018/12/16 文章3文追記
「 私が間違っていなければ、さっき尋ねたように彼女は”真白美夜子”であるはずだから、同じ苗字ということはありえないのだけれど、彼女にはその話題は厳禁だと分かっているから、敢えてそんな質問をしてみる。」
「 よっぽど自分の名前が嫌なのかな。」
「 まさかそんなことは無いとは思っていたけれど、本当にここに住んでいるの……?」




