第7時限目 運命のお時間 その16
いや、今時の女子高生というのはそういうものなのか、これも所謂友達同士のじゃれ合いの延長線上なのかもしれないけれど、私には理解できない。男だから?
この状況で正木さんの“待ち”を無下にしたら、正木さんとは一生ぎくしゃくするだろうからその選択肢は取りたくないとは思っている。
でも、性別を偽っているこの状況から、唇を奪うのは――
そう考えていた私の頭に1つの疑念が過る。
――私が躊躇っているのは、本当に性別を偽っているからだけ?
私は、ぎゅっと拳を握る。
――本当は自分からやって、何も責任を取りたくないからなんじゃないの?
私は、目を瞑った正木さんを見据える。
――いつもの優柔不断さで、誰も傷つけたくないとか言いながら。
私は、腰を浮かせて正木さんの足の外側に手を突く。
――周りに流されて、他の子とはキスしたのに。
私は、自分の手の手前に膝を突き、口を近づける。
ここではまだ、ゲームは始まってすらいない。まだ会場に着いただけ。自分から、ゲームを始めないと。
深い呼吸。目を閉じた精神統一。そこまでしないと先に進めない時点で少し情けない気はするけれど、それでも何もしないよりはずっと良い。
そう心に言い聞かせて、ゆっくりと口を近づけ――
ガタン!
凄い音と振動に目の前の正木さんの体はぐらりと揺れ、私もバランスを崩す。
私は手も膝も突いていたから何とか体を支えて倒れ込むのを回避出来たけれど、正木さんは振動で体を観覧車の壁に打ち付け、そのままずるずると椅子に倒れ込む。どうやら今度は気絶することは無かったようだけれど、1ヶ月くらい前にもあった、私の視線の下に正木さんの顔が来るこの構図。
「……駄目ですね、なんか」
いつの間にか口に入れていたポッキーが行方不明になっていた正木さんが、力なく視線を眼下に広がる風景へ向けながらぽつりと言葉を漏らす。
「小山さんと仲良くなろうとすればするほど、何か失敗している気がします」
「……」
「友情運が低いのって、本当は真帆とじゃなくて、私となんじゃないかなって思っちゃいますよね」
正木さんの言葉の隙間に、
『観覧車が緊急停止しました。安全確認が取れるまで、そのままでしばらくお待ち下さい』
と外から放送が流れてくる。
ここは観覧車のほぼ天辺。他の視線は全くない、2人ぼっちの場所。
「ごめんなさい、小山さん。私、ちょっとおかしかったんですね」
そう言って体を起こそうとする正木さんの瞳には怒り3割、失望とか絶望とかそういう感情7割が見える気がする。
私に向ける言葉に怒気が無いことからして、怒りの相手は私ではなく、きっとタイミング悪く話を振った自分自身か、それとも運命の悪戯を仕掛けた女神様のどちらかだろうと思う。
だから。
もし、ここで正木さんが体を起こすのに合わせて、私が自分の席に戻っても、また元のお友達同士には戻ることが出来ると思う。私がポッキーゲームから逃げた訳ではなかったのだし。
これは、ただの偶然。事故。
――観覧車が止まって、安心したでしょう?
私の中で私が言う。
――だって、このままなら自分からキスしなくて良いんだから。
私の中で私が言う。
――この先、男だってバレたときにきっと軽蔑されるからね。
私の中で私が言う。
――これで良いんだよね。何も進んでないし、戻ってもないから。
私の中で、私が言う。
「小山さん、少し手を貸して貰えますか? ちょっと、この観覧車、狭くて立ち上がれなくて」
困り眉になっている正木さんがそう言ったから、ほんの少しだけ身じろぎをした私は、
「……正木さん」
そう口走った。
「はい、何でしょう」
吹っ切った笑顔で答える正木さん。
今、気持ちに応える1歩だけ、前に。
「これは事故です」
「?」
笑顔がやや怪訝な表情に変わる。
「……今から起こるのは、ただの事故です」
「……はい?」
私の言っている意味が良く理解できないみたいで、首を傾げるだけの正木さん。それはそうだ。私だって、この言葉だけじゃ何のことやらって思うし。
でも、だからこそ好都合。正木さんからああ言ってくれた手前、そんなことは無いと思うけれど、これからのことを身を捩って避けられたら辛いから。
そして、私は。
「…………んっ」
「……っ!!」
そのまま、正木さんに唇を寄せた。
一瞬身じろぎ、身を離そうとしたようにも見えたけれど、そのままただ受け入れるようにして力を抜いた正木さんとの永久にも感じる時間の後、私が顔を引くと少し顔を赤らめた正木さんの顔が目の前にあった。
「え、えっと……じ、事故なら仕方がないですよね」
視線を合わせるのに恥ずかしくなったらしい正木さんは、忙しなく髪をいじりながら、私から視線を外して眼下の景色を見下ろすけれど、見下ろす視線はさっきみたいな心の無くなったものではない。
「ええ、事故、なので、仕方がないです」
私も極力冷静を装っているけれど、唇から脳天まで響く温もりに、本当のところは声が裏返りそうなほど興奮していた。
……やった。やりました。やってしまいました。
何だかんだで、事故だなんて言って自分を守ろうとする言葉が出た辺り、やっぱり自分は自分だと思ったけれど、それでも半歩くらいは進めた気がする。まあ、表面上は1歩踏み込んだ女同士の関係にしか見えないのかもしれないけれど。




