第7時限目 運命のお時間 その15
私も向かいの椅子に座ると、互いに突き合わせる距離に正木さんの膝がある。
……いや、ちょっとコレ、近すぎない!?
従業員の人が扉を締めてくれたのを確認して、扉に付いている窓から後発ペアを見ると、無邪気に手を振っている岩崎さんと何やら含み笑いというか、母親のような“全てを知っている”表情で私を見上げている片淵さんが見える。
どちらかと言うと妹に朴念仁だなんだと言われる私だって、今までの一連の行動からして、おそらく正木さんがさっきの2人とのキスに何かしら良くない感情を抱いたんだろうということは想像に難くない。正確には2人とのキスがどうこうよりも、たまたまポッキーが足りなくて、自分だけのけものにされたような状況だったことが嫌だったんじゃないかなと。
そういう意味で、片淵さんはこれから起こる内容に想像が付いているんじゃないかなって思う。岩崎さんはさておき。
「…………」
「…………」
観覧車に乗って1分位はお互いに外を見下ろして、何も言葉を発しない時間が過ぎる。
ど、どうすればいいんだろう!?
基本的にいつも笑顔の正木さんが、怒るとまで言って良いのかは分からないけれど、へそを曲げてしまうことがあるなんて思ってもいなかった。ううん、それ以前に、本当にへそを曲げてしまっているのかすらも分かっていない。
なのに、こんな2人だけの狭い場所に連れ込むなんて……いや、表現が不適切でした謹んで訂正します、こんな狭い場所に誘うなんて……あれ何も変わってないような。
とにかく、機嫌を悪くしたようにも思えるのに、2人用の観覧車に乗ろうなんていうから、この狭い場所でお説教されるのかなともビクビクしている次第。
頭の中がぐちゃぐちゃしてきて、せめて私の方から何か話題を作らないと、と思いながらも、いつもの如く話題って何を振れば良いんだろうと悩んでいる内に、やっぱり先に口を開いたのは正木さんだった。
「この観覧車って、カップル用らしいんです」
「えっ、あっ、はい、そ、そうなんですね」
正木さんの言葉に、過敏な反応をしながら答える。ここで言葉を聞き返したりして機嫌を損ねれば、2度と話してくれなくなっちゃうかもしれないからね。
「だから、椅子同士も凄く近いですよね」
そう言いながら、正木さんは少し微笑んでくれたから、私も胸のつかえが下りたみたいに、一気に言葉が出てきた。お、怒ってなかった……?
「そ、そうですね。乗ったときに椅子が随分近いなって思ってました」
私の言葉が終わったのを確認した後で、また正木さんが黙り込むから、今の言葉に何か悪いワードが入っていたかと私はまた密かに慌て始める。
既に観覧車は4分の1くらいまで来ている。正木さんの機嫌が観覧車内で治らなかったら……なんて不安を抱えながら、私が次の言葉を考えていると、
「……あの、小山さんは、女の子同士でキ、キスとかするのって嫌いですか?」
「ふぇっ!?」
意識が別なところに行っていたから、変な声を上げてしまった私は、正木さんの言葉を反芻してから、
「い、いえっ、あ、あの、嫌いとかそういうのでは、なくて、ただ、その、さっきのみたいなのは、私自身、少し恥ずかしいなって思って」
としどろもどろに答えた。
私の言葉に、
「そうですか……」
と少し深刻そうな表情で答えた正木さんに、私はまた脳内情報がカオス化していく感覚があった。うう……今日の正木さんの感情が全く分からない。
再三、話題を振ろうとエントロピーが増大した脳内を整理している内に、正木さんがごそごそと鞄の中を開けて、何かを探し始めたから、結局また私は話題を振ることを止め、正木さんの行動に集中することになった。
な、何だろう……もしかして「他の女とキスするなんて! 私、貴女のことを許せません! ここで死んで!」みたいにナイフでも取り出して来るんじゃないかという勝手な妄想が膨らむから、布団圧縮袋みたく必死でその想像を縮めようとするのだけど、考えれば考えるほど正木さんの考えが分からなくなっていっているのは間違いない。
「2人には内緒にしていましたが……」
そう前置きしつつ、正木さんが取り出したのはさっきパフェに刺さっていたものよりも太くて短いポッキーの類、本数が通常のものよりも少ないけれど、食べごたえがあるあのちょっとプレミアム感があるアレだった。
「実は、アトラクションを待っている間に食べるかなって思って、持ってきていたんです。通常のものよりもちょっと太い方が溶けにくいって聞いていたので、こっちを買ったんですが……」
「そ、そうだったんですね」
あれ、もしかしてどちらかというと折角出そうと思ったポッキーが、先にパフェに出てきちゃったから機嫌が悪いとか……いや、そんなことは流石に無いよね。
脳内の『正木さんの行動予測装置』が全く機能していないことに嘆きつつ、私は正木さんの次の一手を注視していると、
「やっぱり、公衆の面前でするのは気が引けましたので……ここでなら、と思って」
正木さんが封を開いたポッキーを1本取り出す。
「…………あの、小山さん」
「は、はいっ」
少し裏返ったような声で、私が答える。
「本当に嫌なら構いません。さっきの2人のポッキーゲームでは、小山さんから食べる様子があまりなかったので本当はこういうことがお嫌いなのかもしれませんが……」
一度、言葉を切って、正木さんは一呼吸置いてからこう言い切った。
「もし、小山さんが嫌では無ければ、小山さんの方から私に近づいてください。嫌であれば、もうしませんから」
そう言って、正木さんはちょい太ポッキーの片方を咥えて、目を瞑った。
……それはつまり、他の2人のときの状況から察するに、ポッキーを食べ進め、そのまま唇を奪ってくださいと、まあそういう意味で宜しいんでしょうかね。
ま、正木さん、大胆すぎませんかね!?




