第1時限目 初めてのお時間 その11
「ぎゃあああああああっ」
凡そ、乙女らしくない声で叫んでしまった僕。いや、乙女じゃないから正しいのだけど、断末魔と言っていいほどの声を出してしまったのは、目の前の情景があまりに僕にダメージを与えたものだったから仕方がない。
そう。
複数の液晶に写っていたのは、明らかに女子(?)が女子を押し倒して、がっちりと女の子の隆起をしっかり揉みしだきつつ、唇をがっつりと奪っている様子を横から撮ったと思われる、その筋の人には非常に垂涎かもしれない映像。しばらく動かなかったから写真かと思ったけれど、その後に私……いや、僕があたふたしている様子と声が入ったから、どうやら動画のようだった。
「な、なんでっ」
録画されていること自体も疑問だったけれど、何よりもさっきまでの校舎は日もとっぷり暮れてしまった後だったし、照明と言えるものはほぼゼロ。だから僕だって、かなり目を凝らしても良く顔が見えず、懐中電灯で照らしてようやく相手の顔が見えた、ってくらいだったはず。
それが、今目の前に放映されている映像は全体的にやや緑っぽいとはいえ、かなり鮮明に女子2人が組んず解れつ、いや片方は男なんだけど、そんな見た目だけでは百合百合しい展開がばっちりくっきりはっきりと、動かぬ証拠として保存されている。僕はこの現実に、私は全身の毛が逆立ちそうだった。
「ふふん、高感度のナイトビジョンカメラ、それもみゃー特製のすーぱーなヤツで撮っておいたにゃ」
「ちょっ、ちょっと、これ……!」
どんな気分? ねえねえ、どんな気分? という声が聞こえてきそうな意地悪い笑顔がこちらに向いていた。腹が立つので、再度ほっぺたを抓りに行こうとしたら、
「もし、さっきみたいにほっぺたをむにーってしたら、この動画を世界中に配信してやるにゃ」
と小さい両手を私の胸に押し出して脅された。むむむ。
この動画で唯一救いだったのは、顔をばっちり撮られているとはいえ、私の見た目が見た目だからよっぽど事情を知らないと、男子生徒が女装して女子生徒を襲っているという、警察沙汰になってもおかしくない事件ではなく、女子同士の戯れを少しと言って良いか分からない程度に逸脱した状況に見えてしまうことかもしれない。
まあ、つまるところ自分が男と他人に認識されないであろうという半ば自負みたいな前提があり、それはそれで男としては辛いものの、真実を知られるとそれ以上に社会的に抹殺される危険を孕むというジレンマがあるわけだけれど。
これを見せた理由は分かっていても、猫っぽい子の目から聞いて聞いてオーラが出ていたので、渋々聞いておくことにする。聞きたくないけれど。
「……それで、僕にこれを見せて、どういうつもり?」
「簡単な話にゃ」
ふふん、と小さい鼻を鳴らして、無い胸を張る少女。
「この動画を流されたくなければ、みゃーの言うことを聞くにゃ」
「あー、うん」
そうだろうと思っていたから、特段驚かない。ただし、命令される内容にも依るけど。
「特にみゃーとあそ……けほけほ、えー、みゃーが遊んでやるときには月乃に呼ばせるから、そのときはここに来るにゃ」
明らかに「一緒に遊んで」と言いたかったんだろうということは年上の余裕で流してあげておく。
こんな暗い、狭いところに住んでいるわけではないと思うけれど、こうやってずっと監視カメラの様子をじっと見ていたら、話相手や遊び相手が欲しくなっても仕方がないと思うし。
ただし、友達は居ないのかとか、外で遊ばないのかとか、小学生なら小学校に通わないのかとかは日本海溝よりも深い事情があるだろうから、あまり触れない方が良いと思う。
ただ、こんなに小さいのにネットワークの管理をさせられている? 自分からしている? とすれば、結構どころか非常に頭が良い……あ、思い出した。
「ああ、貴女……真白美夜子って、一時期良くテレビに出てた天才少女?」
たまにやっているテレビで「天才少年少女特集」なんてやっていたときに出ていた覚えがある。そう、確か超天才理系少女とかなんとか。何が得意だったのかは忘れたけど。
「…………」
明らかに特大の不機嫌顔。あ、これは間違いなく地雷ですね、分かります。
何故かは分からないけど、どうやらこの手の話はデッドボール級の話題のようだから、それよりもさっき気になった言葉について確認する。
「つ、月乃って誰?」
「……月乃は月乃にゃ。ほら、すぐ後ろに居るにゃ」
「後ろ……?」
さっきから疑問符ばかり大量生産しているけれど、言われた通りに振り返ると、
「…………」
「…………」
確かに振り返った視線の先、背後というほど近くではなかったけど、扉のすぐ横にじっと擬態中の昆虫みたいに存在感ゼロ状態を保っている少女が立っていた。暗い部屋から浮き上がるような酷く白い肌で、私も渡された制服を身に纏っているからうちの学校の生徒なんだろうと思うけど……この存在感の無さは忍者か何かみたい。
というか、全然気づいていなかったけど、もしかしてずっとこの部屋に居たのかな?
「月乃、挨拶するにゃ」
「…………」
何処かから、か細いキュインキュインという機械音が響いてくる。そしてその音は目の前の少女が立ち止まったときに止み、私よりも頭半分くらい小さいくらいの身長から私を見上げる動作で再度鳴ったのが分かった。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
「…………」
「…………」
どうしよう、この無言展開。
でも、さっきの音には聞き覚えがある。お父さんが良く、おもちゃのモーターで何か作ってたときの……とするとこの子は単純な無口っ娘ではなく、もしかして――
「勘の良い、というよりは両親がロボットの設計者だから分かってると思うけどにゃぁ」
私の考えを読み取ったかのように、やはり椅子に胡座をかいたまま、猫耳をぴくぴくさせた少女が言う。
「その子はロボットにゃ」
「あ、ああ、やっぱり……って、うちの両親がロボット関連をやってるって何故知ってるの?」
確かに両親はどちらもロボットの設計者で、社内恋愛から結婚したって聞いてたけど、そんな情報まで学校の中には管理されているんだなあ。私ですらあまり良く知らない事情だというのに。
……あ、また私に戻ってしまった。ああもう、自分の中で僕と私がせめぎ合って良く分からないことに。
いや、でも私って言う方に慣れておかないと、普段の生活で僕って言っちゃうだろうから、やっぱり私にしておいた方がいいのかも。うー! あー、もう、とりあえず、私でいいや!
「ある人から教えてもらったにゃ」
「そうなんだ」
「……というよりは、人型ロボットやってる人なら結構名前聞いたことある人だにゃ、小山夫妻は。みゃーも月乃を作るときに論文読んだにゃ」
お父さんとお母さん、そんなに有名だったんだ、知らなかった。
お父さんなんて言ってたっけ……不気味の谷? とか言って、ロボットとかが人間に近くなればなるほど人間と違う部分が目について、嫌悪感を抱いてしまうことがあるらしいけど、月乃さんはたまにしているモーターか何かの音が気になるくらいで、それほど違和感が無い。
「ちなみに、月乃っていうのは名前の方で、苗字は渡部だにゃ。渡部月乃」
「そうなんだ。美夜……みゃーちゃんが名前を付けたの?」
こくり、と頷く猫耳ちゃん。
ロボットに名前を付ける、というのはペットに名前を付けるのと同じような気分なのかもしれないけれど、苗字まで付けたのは何か理由があったのかな?
おそらく、その15くらいで第2時限目になると思います。
次回更新は1月終わりくらいの予定ですが、このまま半月に1回ずつだといつまで経っても終わらないので、出来るだけ早め更新を心掛けたいと思います。
8/20 文章見直し
今回は正木さんと押し倒した形になっていた動画を見て「その筋の人には垂涎な映像」と断言していたところを「かもしれない」程度にしたとか、改行の位置を変えたとかくらいです。
自分と正木さんとのキスシーン(?)でそういう系の人垂涎だと断言したんでしょうね……ある意味自信があったのかも。
2018/12/16 文章修正
「 こんな暗い、狭いところに毎日ずっと居たら、話相手や遊び相手が欲しくなっても仕方がない。」
↓
「 こんな暗い、狭いところに住んでいるわけではないと思うけれど、こうやってずっと監視カメラの様子をじっと見ていたら、話相手や遊び相手が欲しくなっても仕方がないと思うし。」




