第6時限目 内緒のお時間 その15
どうしてこうなった。そう心が叫んでいる気がする。
ベッドの上には既に布団を被って横になった正木さん。そしてそのベッドの半分、壁側に空いた不自然なスペース。もちろん、私が寝るスペース……ですよね。
いや、確かに大隅中居サンドで朝チュンしたことは……いや、朝チュンではなくて、単純に朝を迎えたことはあるけれど、寮生以外のクラスメイトが泊まる度に私は女の子と添い寝されないと朝を迎えられないんだろうか。
ま、まあ、眠らない訳にはいかないし、ぐだぐだと時間を伸ばしても仕方がない。
「電気消しますよ」
「はい」
窓のカーテンを開き、窓から月明かりが差し込むことと正木さんの返事を確認してから、私は電気を消して、ベッドのスプリングがぎしりぎしりという音を立てるのを確かめるようにしながら、ベッドに上がる。電気を消した直後は窓から入った月明かりの範囲しか見えなかったけれど、しばらくして暗闇に目が慣れたら、ほぼ鼻先くらいに正木さんの顔があった。
「あの」
控えめに尋ねる声が目の前から聞こえてくる。耳元で囁かれているような状況だから、少しむず痒い感覚を覚えながら、私は短く答える。
「何でしょうか」
「……片淵さんの件ですが、大丈夫ですよ」
何故か、正木さんはそう答えた。
「でも、偉そうなことを言って、私も自信はあまりないんです。別に家庭教師をやっていた経験があるわけでもないですし」
少し回り道した私の発言に、ぐっと私の頭を抱きしめるようにして、
「大丈夫です。何かあっても、私や真帆たちも協力して、先生に言って、学校を辞めなくて良いようにしますから」
とくっきりとした言葉で言う正木さん。
「でも――」
「大丈夫です」
惑う私の声を押しとどめるようにして、もう少しだけはっきりと正木さんが答える。
「絶対にそんなことさせません。それにまだ時間はありますから、皆で片淵さんを助けましょう」
正木さんの強い意志とそれを示す腕の力に、私も頭を預けて答えた。
「……そうですね」
「それに、もっと私たちに頼って良いんですよ。小山さんは1人で何でも抱えすぎです」
「そうでしょうか」
正直なところ、まだ正木さんたちと会ってから1ヶ月くらいしか経っていない。その割には濃密な時間を過ごしている気はするけれど、まだ気軽に色々お願い出来るほど気兼ねなくなってはいない。
そんな意識を込めた私の声にも、正木さんは意志を曲げずに答える。
「そうです。もっと頼ってください。友達なんですから」
何故、正木さんがそこまで私にそう答えてくれるのかは分からないけれど、そうやって無償の愛で受け入れてくれるのが友達なのかな、とも思う。前の学校にはそうやって自分自身を認めてくれたり、受け入れてくれるクラスメイトは居なかったし、そもそもテストのライバルしか居なかったように思う。
だから、こうやって私を肯定したり、両手を広げて受け止めてくれる友達が居るのはとても嬉しい。
性格はすぐに変えることは出来ないけれど、少しずつでも正木さんたちにも頼っていかなきゃ、それが信頼関係だと思う、なんて男と隠している人間が信頼関係なんて言っていいのかは分からないけれど。
「分かりました。じゃあ、今度から少し頼らせてください」
「……」
言葉に返答が無い。あれ、どうしたのかな。
そう思って、視線を正木さんの顔に移すと、既に瞼と共に意識は深く閉じていた。勉強中にうつらうつらしていたから、私の部屋に来た時点で既に眠かったんだろうと思うけれど、私と話をするためだけに頑張って起きてくれていたんだろう。言わなきゃいけないと思ったことが言えたから、意識が途切れちゃったのかな。
「ありがとうございます……」
正木さんを起こさないように、私はそう小さく呟いて眠りに就いた。
……と終われば良かったのだけど。
「あ、あの……正木さん、く、苦しい……」
「んんー……」
猫が自分の子猫をハグするみたいに、正木さんは私の頭をぎゅっと抱きしめてくれるのは安心するのだけど、正木さんのたわわな谷底に顔の下半分が埋まっている私は、呼吸する度に肺全体で正木さんを感じて、脳髄が麻痺しているような感覚になる。同時に意外と抱きしめる力が強いから、やや気道が閉まっているお陰で呼吸困難とまでは言わない程度に意識が飛びそうになる。
というより落ち着いて考えたら、正木さんに抱きしめられている時点で健全な男子としてはもうドキドキモノなのだけど、同時に生命の危機も感じるから、素直にこの状況を受け入れることが出来ない。
「ま、まさ……き……さ…………」
結局、強く正木さんを引き剥がせなかった私は、ふんわりとした正木さんの匂いと柔らかさの中で正常終了出来ず、強制シャットダウンする方法で眠りに落ちた。




