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あー・ゆー・れでぃ?!  作者: 文化 右


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第6時限目 内緒のお時間 その12

「小山さん?」


 カラカラ、と浴室の扉が控えめに開いて、りガラスの扉の隙間から聞こえてくる正木さんの声にびくん、と過敏反応する私。


「は、はいっ。何でしょう?」


「大丈夫ですか? 何か手伝うことありますか?」


「い、いえっ、大丈夫です。先に部屋に戻っておいてください! すぐに行きますので」


 ああ、下手に待たせてしまっているから、余計な心配を掛けさせてしまっている。


 いつも接着クリームはお風呂の際に持ってきているから、脱衣所の棚まで行ければ問題無いのだけど、そのためには1度浴室を出なければならない。


 でも、まだ今は正木さんたちが脱衣所に居るから、浴室から出ることが出来ない。


 かと言って、早く出ましょうかと言った手前、ずっと浴室から出ない訳にもいかないし……困った。


「気分が悪くなったとか、そういうわけでもないですか?」


「はい、大丈夫です」


 気を遣ってくれる正木さんの優しさが、むしろ今は私を追い込んでいる。うう、気持ちは嬉しいけれど先に戻っておいてくれないかなあ。


「小山さーん! 早く行くよー! ……あれ? 紀子、小山さんは?」


 半開きの扉の向こうから岩崎さんの声までし始めた。


「まだ、お風呂の中」


 そう言いながら、正木さんが浴室の扉を閉めたら外からの声がほとんど聞こえなくなった。


「う……うーん……」


 こ、こうなったら、胸を隠しているていで女の子変身セットを支えつつ、浴室から速やかに出て、さっと服を着替えてしまうしかない。ブラはこのためではなかったのだけど、とりあえず今回は何気なく掴んだのが普通のブラではなく、スポーツブラだったので、着替えに手間取ることは無い、と思う。逆に支えが弱すぎてズレる可能性は……どうだろう、使ったこと無いから分からないけれど。


 ええい、ままよ、と脳内で叫びつつ、胸元を押さえながら浴室を出ようと振り向き、私が取手に手を掛けようとした直前で突然ガラガラと開く扉。目の前には先程まで居た正木さんの身長が少し縮み、かつ胸元は1回りくらい主張するようになって、髪型が毎朝見慣れたもふもふ頭になっていた。


 ……いや、これ工藤さんだよね? いつの間に?


「…………」


 沈黙のクラスメイトは目の前にある肌色の壁と化した私の胸元から視線をずずいっと上げ、足元まで下げてから再度私の顔を見て、ようやく状況を理解したようで、扉を後ろ手に閉めてから密やかにこう呟いた。


「えっち」


「ふ、不可抗力!」


 確かにタオルが無いから全て見てしまったけれど、不可抗力! 不可抗力です!


 工藤さんの幾分か責める色を含んだ無表情目が私を見上げるけれど、でもそれ以上は何も言わずにぺたん、と浴室の椅子に座る。


 クラスメイトの柔肌を目撃してしまった、というところに今まで以上、耳が熱くなる音がしていた気がしたけれど、それとはまた別にあることに気づいて、体を洗おうとしていた工藤さんの隣に座って、ボリュームを下げて声を掛ける。


「あ、あの、工藤さん」


「…………何? もっと見たいの?」


「ち、ちがっ……! そうじゃなくて!」


 健全な男の子なのでそういう気持ちが無いわけでもないけれど、それよりも今は緊急事態なのです! 決してやましい気持ちがあって、工藤さんの横を陣取って話をしているわけではないのです! と誰へとでもなく脳内で申し開きをしながら、私は工藤さんの耳元で事情を説明して、手に掛けていたロッカーの鍵を渡した。


 そう、あの脱衣所のロッカーキー、最初は不要だと思っていたけれど、こうやって肌色接着剤を隠すとか重要な役目をしてくれているので、結果的には非常に役立っていたりする。


「……そのケースを取ってくればいい?」


「お願いします」


「…………駅前のカフェのパフェ」


 じとり、とした目で少し上目遣いに私を見る工藤さん。


「うっ。わ、分かりました」


「じゃあ、取ってくる」


 工藤さんはぺたぺたと音をさせながら浴槽を出て、そんなに時間を掛けずに戻ってくる。


 ……戻ってくるのは良いけれど、私が男だと分かっていて、さっきあんなことを言ったのだから、工藤さんはもうちょっと色々と隠しても良いと思うんです、私。流石にノーガード戦法は予想外でした。


「取ってきた」


「ありがとう」


 受け取った肌色接着剤を外れそうだった胸パッドと股間パッドに手早く塗って、再度しっかり貼り付ける。


 ……っふー、助かった。


「じゃあ、私は上がるよ」


「……今日は3人も泊まるの?」


 浴室の扉に手を掛けたところで、私は工藤さんの言葉に足を止め、振り返って頷いた。


「そう。皆2階で私の部屋と同じ並び」


 つまり、大隅さんと中居さんが泊まったところ含め、2階の端から3部屋。どうやら2階は私以外、ほとんど誰も使っていないみたいだから、臨時の宿泊は2階を使うようにしているみたい。


「……誰でも泊まれるの?」


「うちの生徒であれば誰でも100円で1泊出来るって。誰か泊まる予定があるの?」


「千華留が泊まりたいって言ってた」


「あれ? 家が近いから寮生活は出来ないって言ってなかったっけ?」


「そう。でも、大隅と中居が準と楽しそうに寮での合宿の話をしてたから、何か自分も寮に泊まってみたくなったって」


 確かに合宿以降、大隅さん、中居さんとかとも話をする機会が増えたとは思う。それは、同時に彼女たちもそれなりに授業に出るようになったからなのかもしれないけれど、確かに話をするときに寮合宿の話題は出る。


「千華留にはそう見えたって」


「そっか。うん、まあ隣に住んでいる正木さんでも泊まれたし、園村さんでも大丈夫だと思うよ」


「分かった。千華留に伝えておく」


「うん。じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ」


 今度こそ浴槽の扉を開けると、既に部屋着に着替えていた正木さんが少し心配そうな表情で待っていた。


「大丈夫でしたか?」


 正木さんの表情と言葉に、私は謝罪する。


「ええ。ご心配お掛けしました」


「……でも、工藤さんに何か持ってきてもらっていたみたいですが」


「え? あ、えっと……」


 確かに、正木さんがここに残っていたということは、工藤さんに肌色接着剤を持ってきてもらったところを目撃されているということ。


「何かあったなら、ちゃんと教えてくれれば良かったのに」


 少しむくれた顔で、私をじっと見つめる正木さん。ああ、本気で心配してくれていた、というのと同時に工藤さんにアレをお願いしたというのが不満だったのかもしれない。


「今まで何度も色々お世話になっていたので、私だって何かお返ししたいんです。だから、何かあるんだったらちゃんと言ってください」


「……すみません。じゃあ、今度は正木さんにお願いします」


 本当にお願いするときがあるかは分からないけれど、今は少なくともそう言わないといけないと思う。


「そうしてくださいっ」


 少し強い口調でそう言った正木さんは、でもそれ以上の詮索はせず、


「じゃあ、食事にしましょう」


 と言って手を差し出したから、私も、


「ええ」


 と差し出された手を取り、私たちは脱衣所を後にした。


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