第6時限目 内緒のお時間 その10
「いやいやー、そう言いながら真帆ちんとかが最初に結婚してたりするんだよねえ」
にひひ、と笑いながらお風呂の縁に頭を載せる片淵さん。
「や、その前に彼氏作んないといけないんだけど!」
「まー、そうだよねー」
「てか、最初は小山さんだと思うけどなー」
「へ?」
出来るだけ視線を鏡に向けて、自分以外見ないようにしながら体を洗っていたけれど、突然名前を呼ばれて顔を、自己評価が低い割に適度に自己主張がある健康的な少女の方に向ける。
「小山さんならいくらでも言い寄ってくる男とか居そうだけど」
ニヤリ目というか「ほら、本当は隠してるんでしょ?」と物言いたげな眼で私を凝視する岩崎さんに私は慌てて首も手も左右に振る。
「い、いや、居ないよ?」
「あー、どうだろうねー。準にゃんってさ、身長高すぎるからねえ。自分よりも背の高い女の子と並びたくないっていう男子も居るらしいから」
「え? そういうもんなの?」
「さ、さあ、どうでしょうね」
否定しながら、頭の中では「あれ、この話題って大隅さんたちともしたような」と記憶を反芻する。
そんなに身長って相手を決める大きな理由なんだろうか。うーん、自分自身の身長が高いから分からないけれど、自分よりも大きい女の子か……うむ、そもそもあまり想像出来ない。
兎にも角にも、片淵さんが助け舟を出してくれたから、安心してまた体を洗え――
「そう言いながら、実は彼氏居ました、なんて話を準にゃんが隠している可能性も無くはないけどね、ねー?」
――ない!
「え? あ、いや、だから無いですよ?」
「本当ですか?」
「ホントかなー?」
何故か正木さんまでが私に迫る。
「……どれどれ、体に聞いてみようではないかー」
「体? ちょ、まっ」
ざばん、とお風呂から上がった片淵さんが足早に私の背後に迫ったかと思うと、
「うりうりー! 本当に彼氏居ないのかーっ!?」
岩崎さんが正木さんにしたように、がっつりと後ろから鷲掴みされて私も思わず声を上げる。
「わっひゃぁっ」
「うーん……こりゃアタシと同じで将来は残念な感じかも。でも身長高いから、胸無いとむしろプロポーションよく見える気がするんだよねー」
さり気なくディスられているのだけど、胸は本物じゃないから大丈夫、胸は。いや、胸は胸なんだけど、大丈夫じゃないのは背中の方の胸。
ええ、さっきから控えめに主張している、私のものではない胸が……。
「あ、分かる。そう考えると小山さんはずるいなー。あたしにも身長パワーを!」
手をわきわきさせつつ、目を光らせる岩崎さん。あ、隣にも野獣が。
「な、なな、何ですか身長パ、みぎゃー!」
野獣化した岩崎さんに、今度は前からがっちりと偽モノのお山2つを鷲掴みされた直後、何故か冷静になった岩崎さんが、
「……うーむ、そうか。だから、小山さんの名字は小山さんなのか……」
などと口走る。む……?
「もし胸元のお山が小さいから小山、とか言ったら怒りますよ」
「うぐっ……」
別に本気で怒る気は無いんだけれど、ちょっと短絡的ですぐに分かってしまったから、思わず先回りしてボケ潰しをしておくと、岩崎さんが私に背後から捕まった状態で静止した。
「ま、まあ、何だ。とにかく、この中で敵は1人だけだ」
ビシッ、と指差した岩崎さんの先は、両腕をクロスさせて、胸を隠しているのか強調しているのか分からない正木さんが居た。多分、話の展開から自分がターゲットにされることが何となく分かったから、隠したつもりなんだと思うけれど。
「え、ええー?」
戸惑いボイスを発する正木さんに対して、慈悲無く言う岩崎さん。
「あの凶悪サイズには1人では立ち向かえない。さあ、小山さんもがっつり肖っておこう!」
敵対して立ち向かうのか、崇拝して肖るのか、どちらかにして欲しいけれど。
「……あ、あの……」
狙われた正木さんが私の正面を向いて、控えめに腕を下ろしつつ、
「ど、どうぞ」
と観念した表情で答えるから、ノーガードで全て見えてしまう。
い、いや、ちょっと待って。そこまで行ってしまうと完全に引き返せなくなってしまうのだけど。中居さんの場合は、私の性別が分かった上で自分から引き入れたから無罪か有罪にしても執行猶予付きにはなると思うけれど、これは性別を偽った上での行動だから、多分と言わずアウト!
というか、正木さんのその態度は男性からのエスコートを待っている乙女そのものなのだけど、本当に私のこと男だって分かっていないんだよね?
「えっと……」
かと言って、変に拒絶反応を示すのは非常に危険。こんな中で男だとバレたら最悪以下の何物でもない。もちろん、ここじゃなければバレても良いのかというと、それもまた違うのだけど。
「ほらほら、やっちゃえやっちゃえ」
「触っちゃえー」
岩崎さんと片淵さんがやいのやいの囃し立てるから、
「……」
私は息を呑みながら手をのばすけれど、
「…………や、やっぱりやめましょう」
正木さんがぎゅっと両腕を抱きしめるようにして体を隠した。
「えー、何で」
岩崎さんが不満そうに言うと、
「何だか2人が急かすから、凄く小山さんが触るの困っていたようだったし、無理やり触らなきゃいけないみたいな感じになってましたから」
あはは、と苦笑いを浮かべて正木さんが言う。
「うむー、準にゃんはスキンシップが苦手な女の子なんだなー」
「むむ、そうか。まー、しょうがないね。んじゃ、あたしも体洗うかー」
片淵さんと岩崎さんも体を洗い始めたから、私はようやく体も頭もさっぱりしてお風呂に入る。
……べ、別に残念とか思ってないからね!




