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あー・ゆー・れでぃ?!  作者: 文化 右


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第6時限目 内緒のお時間 その7

「……えっ、いえ、あっ……その……はい……」


 すうっ、と目を細めて私を見る太田理事長の言葉に、私は最初首を横に振ってから、最後に弱々しく首を縦に振った。賭け事と言っていいかは分からないけれど、傍から見れば確かに賭け事かもしれない。ただ、その話については益田さんにも話していなかったはずだけれど。


 早まる私の心臓の音をよそに、理事長さんは話を続ける。


「少し前に学校へ片淵さんのお母様を名乗る方から電話があり、最近この学校に転校してきた小山という人間が居るはずだが、もし私の娘が次の中間テストで学年10位以内に入らなかったら、小山さんを退学させてくれ、という内容を一方的に話し始めました」


「……」


 ああ、そうか。1番ありうる“本人からのタレコミ”を完全に失念していた。確かに退学云々ってことは学校側にも連絡が必要な内容だし。


「全く話が見えなかった私は、片淵さんのお母様に事情を確認しました。そうしたら、小山さんが片淵さんの足を引っ張って学力を下げただけでは飽き足らず、私に罵詈雑言を投げかけた上、自分なら娘の中間テストの順位を10位以内まで押し上げられると言い放ったから、もし出来なければ彼女を退学させる、そう話をしたから学校側も認識しておいて頂きたい、と言われました。……この内容は事実でしょうか」


「……大方事実です。学力を下げたというのを除いて、ですが」


 罵詈雑言とまで大げさではないと主張したいところだけれど、確かに節穴だと言ったことは事実だし、10位まで押し上げられるという内容に頷いたのも事実。


「全く……そんなこと言ってもらうために片淵さんの家に行ってもらったのではないのですが」


 太田理事長から追い打ちをかけるように言われる。


「彼女の家の事情が複雑なのは知っていました。あの家庭教師の資料も、学校側の教育レベルが低すぎるから彼女の学力レベルも上がらないのだと学校に言いに来た経緯もあり、学校側としては出来るだけ穏便に済ませるために手を尽くしていたのですが、こうなっては……」


「…………すみません」


 ぐっと奥歯を噛んで、私は堪えた。


 言い返したい言葉はある。あの人、片淵母の言葉は到底許せるものではなかったから


 でも、きっとそれは言い訳にしかならない。だから、拳を握って、俯いてただ謝罪後は黙る。沈黙は金、という言葉を信じて。


 また沈黙が場に広がって、いたたまれない気持ちになった私が、その場を離れようかどうしようか悩んでいたところで、ぽつりと目の前のテーブルへ言葉を転がしたのは咲野先生。


「……とまあ、向こうさんが言うにはそういう話らしいんだけどね。で、結局どうなの?」


「…………え?」


 さっきまで険しい表情だった太田理事長も、少しだけ表情を緩めて言う。


「学校の取りまとめをする人間として、言うべきは言わなければなりません。……が、小山さんが何もなしにそんな話をするとは思えません」


「そうそう。あまり生徒の前で他の家の悪口みたいなの言うのはどうかと思うけど、正直あの人が言ってるの滅茶苦茶だったし、小山さんとそんなに長い付き合いではないにしろ、結構良い子だって分かってるからね。こりゃちゃんと話聞いとかないといかんなーって思って」


 咲野先生が破顔して言うから、理事長さんも「こほん」と咳払いしてから座り直す。


「小山さんなりの主張もあるでしょうから、包み隠さず教えてください」


「……分かりました」


 折角与えてもらった場を無駄にはしたくない。私は言葉を選びながら、出来るだけ頭に血が上らないように気持ちを落ち着かせつつ、事情を説明した。


「……なるほど。概ね事情は飲み込めました」


「なるほどねー。何か片淵が三者面談とかで異常に萎縮してたのはそういうことだったんだ」


 理事長さんと咲野先生が順に頷く。益田さんと坂本先生はじっと話を聞いているだけで、首を縦にも横にも振らない。


「事情は良く分かりました。……ただ、学校側としては彼女を特別扱いすることは出来ません。テストの情報を彼女だけに流すなどということをすれば、彼女の為にもなりませんし、他の生徒さんたちからも批判を浴びるでしょう」


「はい、分かっています」


 私は力強く頷く。元よりそのつもりだったから。


「……ですが、一生徒が勉強で悩む内容があるならば、協力しましょう。私自身、小山さんには学校を辞めてほしいとは思いません」


 ほんのりと笑顔を湛えながら、理事長さんがそう言う。


「そうそう。アタシの場合は小山さんには借りがあるしねー。不正には手を貸せないけど、出来ることなら協力するよー」


「……ありがとう、ございます」


 ちゃんと聞いて、答えてくれる先生たちで良かったと、心から思う。


「こちらからの話は以上です。特に小山さんから改めて何かなければ、部屋に戻って頂いて構いません」


「特に何もありません。ありがとうございました」


 そう言って、私が立ち上がろうとしたところで、


「小山さん」


 沈黙を守っていた坂本先生が、少し眉を吊り上げて言う。坂本先生が怒っている……?


「な、何でしょう」


 たじろぐ私は坂本先生の次の言葉を待つ。


「小山さんが正義感や姉御気質なのは良く分かりました。ただ、今の性格のままでは今後も波風を立てずに話をすることが出来ないと思います」


「うっ……」


 痛いところを突かれたとは思う。大隅さん、中居さんの件も、太田さんの件も、そして今回の件も、喧嘩っ早いというかもう少しどうにかできたんじゃないかと後になってから思う。譲れないところはもちろん譲れないにしろ、言い方とか行動とか。


「だから、もし腹が立ったり、反射的に何かを言いそうになったときは、左の手の甲を右手で強くつねってみてください」


「手の甲をつねる、ですか?」


「ええ。自分で痛いと感じるくらいに。そうしたら、少しだけ冷静になれると思います」


 確かに今の私に1番必要なことかもしれない。


「どうしても言いたくなったり、行動に出てしまうことはあると思うんです。なので、そのときには一瞬だけでも立ち止まれるように手をつねるんです。手の甲はあまり筋肉や脂肪がつかないので、すぐに痛みが伝わります。そうしたら、ほんの少しだけでも立ち止まれるはずです」


 そう言って坂本先生は私の頭を撫でる。


「正義感だけや正論ではきっと周りを傷つけてしまいます。でも、言わなければならないときもあるんです。美夜子の心を開き始めている小山さんなら、上手くそれが出来ると思うんです。だから、少しだけ立ち止まって、ね?」


「はい。ありがとうございます。頑張ってみます」


「ええ。ふぁいと、ですよ」


 坂本先生はそう言って、ぐっと私の両手を自分の両手で包んでくれた。


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