転生したら乙女ゲームの攻略対象でした
急な思いつきで書いたものですので、過度な期待はなさらない方がいいかと思います
はじめまして。私は影野誉と言います。年齢は十七歳。精神年齢は三十をゆうに越えていますが、そこには目をつぶりましょう。
私は、所謂転生者、と呼ばれるものです。何を言っているんだこいつは、とお思いになられたでしょう?私にも未だにしっかりとは状況が把握できていないので、なんとなくそんなものかと思っていてくだされば大丈夫ですよ。ええ、そんなものです。
転生者というからには、私には前世の記憶というものがありまして。私はゲームや漫画などが大好きな人種だったのですが、まあこういった転生ものでは結構お馴染みですよね?
大抵、好んでいた漫画やゲームの中に転生するんですよ。私も勿論例には漏れませんでしたとも。転生先は好きだった乙女ゲームです。
その乙女ゲームのタイトルは忘れましたが、確かヒロインのデフォルト名は日野桃子。真っ直ぐな黒い髪と同色の瞳で、日本人形のような可愛らしくも美しい子です。
そんな彼女の攻略対象は皆妖なのですが、唯一彼らとは違いヒロインと同じ人間なのが二週目以降での隠しキャラとなる執事の私(誉)です。
誉はゲームでは最初、主人公のことを憎んでいます。
誉の実家は少々変わったお家柄でして、父親はヒロインの母親と結婚していました。ですが、当主である父親は当時下女であった私達の母親を囲ったそうです。そして誉と誉の兄二人の三人が生まれ落ちました。一人だけならばまだしも、三人も生まれるまで囲っていたなんて驚きですね。
勿論、妾腹である私達には家督は継ぐことができません。その上、実父はヒロインと私を結婚させようとしたのです。何てことをしでかそうとしたのでしょうね。普通に血縁関係のない人にしてくださいよ……。
しかも、ヒロインの母親も何故かそれを受け入れてしまったのですから、なんとも言えない話です。
ここまで話してきてから打ち明けますが、実は私は影野誉に成り代わりはしましたが性別は変わっていないのです。つまり、どう足掻こうと一つ年下のお嬢様……ヒロインである日野桃子さんとは結婚できない訳です。そうじゃなくても駄目ですけどね。しかし、しかしですよ?私が女であると公表されていればそんな話も持ち上がらなかった筈なんです。
しかし、ここは物語の強制力が働いたのでしょう。何故か私は母の手により男として育てられることになりました。父親には内緒でです。一体どういうことなんだってばよ。
そして、主人公とのスチルにあった幼少期の出会いを達成してから私は実母の両親……つまるところの母方の祖父母の元である程度まで育てられました。前世での記憶は家から追い出されてから二年後、八歳の頃に思い出しましたが、原作とは違う私の性別に戸惑いが隠せませんでした。しかし、流石は私(と自画自賛してみる)。無事に前世での記憶と折合いをつけ、十四歳からお嬢様の元で執事擬きをやらせていただいています。
「誉さん、見てください。これ、可愛らしいと思いませんか?」
そう言ってお嬢様が差し出してきたのは、小さな猫のキーホルダーである。しかし、よく見てみればその猫の尻尾は2本に別れており、猫又と呼ばれる形状をしていた。そして、その猫又のキーホルダーは攻略対象である鈴谷青空のイベントで入手するものだった気がする。因みにその鈴谷昶君は私と同学年の2年生であり、種族は猫又である。ですが、猫又だから渡すキーホルダーも猫又というのはいかなものでしょうか。
私がそうですね、と苦笑しているとお嬢様は次に犬の小さな縫いぐるみを取り出してきた。これも、イベントで入手するものだ。これを渡してくるのは3年生でサッカー部エースの乾璃紅。犬神の少年である。そして、きっと既に鬼である会長の桐生黒矢や妖狐である副会長の小坂翠も篭絡済みなのではないかと思えてしまう。
「ねえ、誉さん。誉さんは、私に何もくれないの?今日は__」
「お嬢様のお誕生日、でしょう?」
お嬢様の言葉の先を奪うように告げれば、彼女は私に向かって期待するような視線を向けてくる。が、残念だが一使用人である私がお嬢様にお祝いを、なんて、無理な話である。
「お嬢様。一使用人である私がお嬢様にお祝いを贈るなど厚手がましい行為にございますので。ああ、どうやら生徒会長様と副生徒会長様もいらしたようですよ」
私が視線を移した先を見て、何故かお嬢様は顔を顰める。しかし、そんなことも気にしないように二人の生徒代表は喜々としてこちらに歩み寄ってくる。
「ふん、喜べ日野。この俺がお前の誕生日プレゼントを用意してやったぞ」
「日野ちゃん。オレからもプレゼントあるから受け取ってよ」
二人に言い寄られても何故か顔を引き攣らせるお嬢様にはてと首を傾げそうになったが、それを堪えてお嬢様の名前をお呼びする。すると、嬉しそうに笑った彼女の横で、桐生先輩と小坂先輩はこちらを睨んできた。これは立派なとばっちりだ。
「私は一足お先に失礼いたしますね」
本来ならば許されないが、一応私には主人が安全そうな場合は別行動も許されるといった権利が与えられている。本当に、他の攻略対象様達にはお世話になっている。彼らが過保護ながらも牽制しあっているおかけで、私は安心してお嬢様から離れることができるのだ。
暫く廊下を歩いていると、向こう側から白銀の髪を靡かせ攻略できないバグとまで呼ばれた教師である吸血鬼の白夜・ヴィオ・ブルックナーがやってきていた。彼の青い瞳がふと私を視界に入れる。
「おや、影野さん。こんにちは」
「どうも、ブルックナー先生。こんにちは」
どこだったかとのクォーターであるというブルックナー先生の動作は酷く優雅だ。因みに、日本人の血は四分の一しかないらしいが私にとっては結構どうでもいい。
「お嬢様ならば、ここを進めばいらっしゃる筈ですよ」
言外にお嬢様を狙ってるんでしょう?と問いかけるが、彼は困ったように笑うだけで私の手を取った。
「おや、私は貴方がいればそれで良いのですがね?」
この人は、もしかして同性愛者だったのだろうか。だから名前に色が入っていようと攻略対象になり得なかったのだろうか。それならば、私は今危ない状況にいるのでしょうか?それは困ります。
「あ、の……。ブルックナー先生?」
「嗚呼、どうかブルックナーではなく白夜と呼んでいただけませんか?」
「無理です。先生を名前でお呼びするなんて」
私の心からの訴えにも何故かブルックナー先生はにっこりと微笑まれるだけです。何故。何故私にちょっかいをかけてくるのですか。普通こういうものはお嬢様に対して行うべきでしょう?違うんですか?
私のそんな考えなんぞ知りもしないし知ろうともしていないのでしょうね。ブルックナー先生は私の短く切りそろえられた黒髪に指を差し入れるとゆったりとした洗練された動作で一束持ち上げた。
「どうか、白夜と……」
やだもうむりです。
私にとって、ブルックナー先生の声はとてつもなく堪らない声なんです。高すぎず、しかし低すぎず。その上、背は高くとも線が細めで、前の人生では珍しかった色素の限りなく薄い銀髪のせいでさらに儚げな印象を与えてくる先生は、私の理想系です。しかしどちらかというとお嬢様と絡んでくださっている方が私としては眼福なのでそちらの方針でお願いしたいのですが。
「誉さん……」
嗚呼もう!止めてくださいよ!きっと私の顔は茹でダコのように真っ赤なんでしょうね。ええ、顔が熱いんですから。……こうなったら、観念して一度だけ呼べば許してもらえますかね?
それならば、覚悟ならんこともないですよ?
「びゃ、白夜、先生……」
私の精一杯の呼びかけに、先生は嬉しそうに微笑まれた。ありがとうございます眼福です。しかし、二回目ですが、こういったことはお嬢様にお願いいたします。
そんなことを考えていると、先生の御顔がゆっくりと近付いてきました。え、何でですか?何でこんな状況になっているんですか?私何もしてませんよね?ちょ、これ以上近付けたら誰かに見られた時誤解されます。
「きゃっ」
ほら、誰かに見られたではないですか。そう思って焦って先生を引きはがし声のした方を見ると、お嬢様が立っていらっしゃった。その大きな目は今にも眼球が溢れそうなほどに見開かれており、私はお嬢様の方に弁解しに行こうとする。が、手首を掴まれてそれは叶わなかった。
「逃がしませんよ、誉さん。私の」
全て聞き終わる前に先生の手を振り解いて逃げた私を誰か褒めてください。
私のの次に来るのは何だったんでしょうね。餌とか囮とかでしょうかね?はい、そうですよね。やっぱりそういった言葉が適当ですよね。
そう思いながら校門の場所でお嬢様を待っていた私にはお嬢様と先生が二人でどうやって私を先生が落とすか(・・・・・・・・・・・・・・)について話しているなんて勿論知る由もなかったのです。