桜の上
自身初の短編です。
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イラスト しぎ
Twitter@Shigi0
http://pixiv.me/shigi_4
まずは私について少しだけ話をしよう。
私は人間が『妖怪』と呼ぶ類いの存在だ。一般的には『山彦』とか『呼子』と呼ばれる。
人間の土地開発とやらのせいで今は麓にある町の桜の木に居座っている。いや、居候しているという方が正しいか。
元々のどかな町だ。居心地がいい。いつのまにか、私がこの町に降りてきて十数年の時が過ぎた。
いつも通り、道行く人を眺めていた。いつも同じような服を着ている男達。髪の毛が黄金色の若者。山吹色の笠……たしか『帽子』と言ったかな? それを被った童子。そして、なにやら派手な容姿をした女。色んな人間が桜の下の道を通る。
そんなときだ。十七、八歳の娘と目があった。
どうせ見えているわけではない。
今は卯月だ。桜の花も咲いている。きっとそれに見惚れているのだろう。
私は他の人間へと目を向け、また観察を始めた。
しばらくすると娘はいなくなっていた。やはり桜の花に見惚れていたのだろう。
ー翌日ー
また人間を眺める。 通りすぎるのはだいたい同じ奴だ。今日もまた娘がいる。
物好きな奴だ。他にもたくさん桜の木があると言うのどうしてまたこの木を見るのだろう。
おかしな娘だ。
またしばらくすると彼女はいなくなっていた。
それから、数日に渡って娘は現れた。毎日、毎日桜の木を見上げていた。
始めに彼女が現れてから6日目のこと。私は声をかけようと思った。単なる気紛れだ。
「おい、娘」
聞こえるわけない。聞こえるはずがない。普通の人間には見えないし聞こえない。見えたり、聞こえたりするのは特別力の強い奴か、祓い屋と呼ばれる類いの人間くらいだ。
「やっと声をかけてくれた」
娘は笑い、嬉しそうに返事を返してきた。
見えている。聞こえている。認識している。
「お前、私が見えているのか?」
「じゃなかったら返事しないよ」
娘は笑いながら言う。
「お前は祓い屋かなにかか?」
「違うよ。さっきから質問ばっかりだね」
「す、すまない」
私があやまると娘がまた笑う。
「私からも質問させて。あなたの名前は?」
「私の名か? 山彦だ。呼子と言われる時もあるが……」
「いや、そうじゃなくて。種類じゃなくてあなたの個名を教えてほしいな」
「……」
「だめ?」
「……彩歌」
「サイカ?」
「彩る歌と書く」
「綺麗な名前……」
「綺麗……か……」
私は正直、この名を気に入っている。白髪の若い男の姿だが、美しい名だからだ。少々、中性的な名前のような気がしないでもないのだが……。
「私の名前はね、桜庭 菫。桜の庭に植物の菫。それで桜庭 菫」
「桜に菫か……。美しい名前だな。しかし、妖者にすぐに名を名乗るのはよろしくないな」
「なんで?」
彼女が不思議そうな顔でこちらを見上げている。
「お前ほど力の強い者の名が妖の間で知れ渡れば、お前を喰おうとする妖が現れるようになるぞ。もしくは、私が他の妖に話すやもしれぬぞ?」
「あなたは、そんなことしないわ。あなたは優しい妖怪だもの。少なくとも、私にはそう見える」
優しい妖怪か……。何を基準にそんなことをいえるのだろうか。
「あ、そうそう。お前って呼ぶのやめてほしいな。せっかく名乗ったんだもの」
「そうだな、すまない。菫と呼ばせてもらおう」
「ありがとう彩歌。ところで、あなたはどうしてそこにいるの?」
「十数年前、人間の開発というものせいで山をおわれてな、それからはこの桜に世話になっている」
「そっか。ごめんね」
「何故菫が謝る? お前は関係ないであろう?」
「たしかに、私は最近ここに越してきたばかりだし、直接は関係無いよ。でも、私たち人間のしたことだから。本当にごめんなさい」
菫の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「菫は、優しいのだな。そしてとても変わっている」
「変わってる? それなら、彩歌も変わってるよ」
「私がか? どうしてだ? 一体どこが変わっているというのだ?」
「だって、山をおわれたからって人の住む町に降りてくる事はないじゃない? 他の山に移るとか、他にも方法はあるじゃない」
「そうだな。たしかに、菫の言うのも一理ある。だが、私は故郷であるこの土地が好きだ。静かで和やかなこの町も、この桜も。私がいたあの山もだ。だから私はここに残り、住む事にした」
「そうなんだ、やっぱり変わってるよ」
菫はそういうと笑った。
「な、何故笑う! 何か変な事を言ったか?」
「だって、なんかおかしくて。ところで、どうして狐の面を付けているの?」
「これか? 私は恥ずかしがり屋でな。これを付けていないと恥ずかしくて他人と話ができんのだ」
「なにそれ、そんな理由でお面を付けてるの?」
そして、また笑う。
「あなた、人間が好きでしょう?」
「なんだ急に。確かに嫌いではない。見ていて飽きないからな。それに人間の町というのは中々興味深いからな。珍しいものも多い」
「それを好きって言うのよ」
「そう……なのか? 菫は妖が好きか?」
「すきだよ。私は、友達になれたらって思ってるんだ」
「妖怪は私のような者ばかりではないぞ」
「知ってる。何度も襲われたことがあるし」
彼女はそう言って袖を捲り左腕の包帯を私に見せた。
「怪我をしているのか? 見せてみろ」
私は木を飛び降り、菫が包帯をとるのを待つ。
傷は深く、瘴気を含んでいて、禍々しい気が流れ出していた。かなり力の強い妖に襲われたのであろう。
「いつ頃傷を負った?」
「一週間くらい前だったかな」
既に七日ほど経っているか。体内に瘴気が流れ込み少しずつ彼女の身体を蝕んでいる。一筋縄ではいかぬだろう。
「少し待っていろ」
「うん。わかった」
傷を癒す術、瘴気を浄化する術、呪詛を祓う術。記憶からすべての情報を引き出す。
そして術を発動させようと妖気を操る。しかし、うまく操れず術を使う事ができない。やはり、この場所じゃ無理か……。
「菫、少し時間がかかるやもしれんが構わぬか?」
「うん、大丈夫」
「場所を変えよう。しっかり捕まっていろ」
「え? え? なに? なにするの?」
彼女を抱え、私が住んでいた山へと飛ぶ。
「嘘……飛んでる。飛んでるの?」
「ああ。暴れるなよ。落ちたら死んでしまうぞ」
「凄い……こんな景色見たことない」
「妖怪にはそれほど珍しい景色ではない」
そう言い、山の木々の隙間へと舞い降り彼女を降ろす。
「そこに立って目を瞑ってくれ」
少し広い空間を指差す。菫がこくりと頷く。
「では、始めるぞ」
彼女が移動したのを確認し、彼女に言う。
「 彼の者を蝕みし瘴気、邪なる者へと還れ、彼の者の疵を癒せ。呪者、彩歌がここに命ずる」
彼女の傷口から黒く禍々しい瘴気が立ち上っていく。しかもかなりの量だ。菫ほどの力の持ち主でなかったならば、死んでしまうか、正気を失ってしまうであろう。もしくは妖気に当てられ妖へと堕ちてしまうかのどちらかだ。やはり彼女は相当の力の持ち主のようだ。
数分かかりやっと瘴気が抜けきる。近くにいる私まで当てられそうになってしまう程の強力で禍々しい瘴気だった。そして傷口がゆっくりと塞がっていき、一分もしないうちに完治した。
「終わったぞ」
「ん。ありがとう。体がなんだか軽くなったみたい。」
菫が微笑み礼を言う。
「ところで、ここはどこなの?」
「私が昔住んでいた山だ。この山が一番力を発揮できるのでな」
「何て山?」
「彩花山というやまだ」
「あなたと同じ名前なのね」
「いや、少し違う。この山は彩る花と書く。字が違うのだ」
「あなたの過ごした山、少し見て回りたいな。ダメかしら?」
「別に構わんが、開発のせいで私が住み家にしていた場所はもうとっくにないぞ?」
「それでもいいよ。あなたの過ごした山を見てみたいの」
そういうと、彼女は歩き出した。
そのあとに私が付いていく。
山は懐かしい匂いがした。数百年の間暮らした山なのだから当然だろう。
鳥の声、草木の揺れる音、獣たちの気配。すべてが懐かしい。
「ここはどの辺り?」
不意に菫が聞いてくる。
「ここか? だいたい山頂の近くだな。このまままっすぐ進めば山頂に着くだろう」
「彩歌の住んでいたのはどの辺りなの? 行ってみたい」
「頂上から少し下ったところだ。何もないと思うがいいのか? 行ってもつまらんぞ?」
「うん」
彼女が頷く。
「わかった、それならば案内しよう」
菫の前に立ち、先に進み、導いていく。
十分ほどで頂上へと着いた。
「すごい……」
「すごいだろう?」
この山は麓の町を全て見渡せる。
彼女は景色に見惚れていた。
見たことのない優しい表情をしていた。
ふと、私が住んでいた辺りに目をやるとなにやら赤い物少しだけが見えた。
「……なんだ? あれは……」
「え?」
「すまん、しばらくここで景色を見ていろ」
「私も行くよ!」
急ぎ足で草をかき分け木々の間を進む。そのあとを菫が必死に追いかけてきている。その事に途中で気付き、少し速度を落とす。
数分歩き、赤い物が見えた辺りへ着いた。
「ここは……」
かつて、数百年間私が住んでいたところだ。たしかにここだ。
「これは、鳥居?」
「こんなものはなかったはずだ。いつの間に……」
「この先になにかあるみたい」
菫が先へと進む。私があとに続く。
先には社があった。そのすぐ横には石碑がある。
「石碑……?それに、社だね……」
「これも、なかった」
社からはどこか懐かしい香りがした。
昔から知っている、懐かしい香り。
「この木を私は知っている……のか?」
社へと近付き、そっと触れる。
この感触、香り、全て思い出した。
「私が住んでいた大樹だ……。どうりで懐かしいわけだ」
不思議と笑みがこぼれる。
懐かしさ、嬉しさ、様々な感情が胸の中を駆け巡る。
「……山之神、彩歌神ノ社……って書いてあるみたい」
菫が振り返る。
「あなた、神様だったの?」
「そうだった頃もある、だが今は違う。元々はただの山彦で今もただの山彦だ。さ、そろそろ麓へ戻ろう」
再び彼女を抱き抱えると、上空へと飛び上がる。
「神様だったならそう言ってくれればよかったのに。あ、だから狐の面をつけてたんだ。神様ってお面付けてるイメージあるし」
彼女が笑いながら言う。
「私は山を降りた身なのだ。もう神ではない。今ではただの山彦へ戻ったのだよ」
「でも、あなたの家はあったよ」
「…………」
そこで会話は途切れ、少しの沈黙が走り抜けた。
頭の上にあった太陽は既に傾いている。
数分、空を舞い、桜の木の下へと帰りつく。
「ねぇ彩歌。あなたは社に帰るの?」
傍らの桜を見上げる。
「帰らんよ。私の家はこの桜だ。それに、私はどうやら人間が、この町が好きなようだ。まぁ、たまには社の様子を見に行かねばならぬがな」
私が笑いながらそう答える。
「そっか。じゃあ、いつでも会えるね」
彼女がほっとした表情で微笑みながら言った。
「それと、私がこの面を付けているのは本当に恥ずかしいからなんだ」
「ほんとだったんだ」
彼女がくすりと笑う。
「もう帰るね。今日はありがとう。それじゃあまた、遊びに来るから。またね」
彼女は私に手を振り、背を向けて歩き出す。
「また会おう。いつでもここで待っているよ 」
少しずつ遠ざかる彼女の背中に投げ掛けた。
彼女の姿が見えなくなったのを確認して、私は再び桜の方へ顔を向ける。
面を外し、桜に語りかける。
「すまんな、またしばらく世話になる」
それに答えるかのように風か吹き、木の枝が音を立てた。
桜の花びらが舞う、舞う、舞う。
私は桜の上に登り、いつもの位置に腰をおろす。
そして、いつものように道を見下ろす。
彼女が私をすぐ見つけられるように…………。
いつでも人間を見守れるように…………。
この『桜の上』で…………。
どうも、六興 九十九です。
お読みくださりありがとうございます。
妖怪、見てみたいですね。
来年の春は桜を見上げるようにしてみます(笑)