転生不可ッ!!
転生ものが書きたくなって書いてみました。しかし、主人公が転生しないという悲しい事態に……。
それでも読んでくださるという心優しい方に感謝を……
――気が付いたら目の前が真っ暗だった。
というかむしろ闇の中にいた。実体はなくふわふわしていて、視覚以外の感覚はそぎ取られていた。
これからどうしようかと悩んでいたら、一筋の光明が射していることに気が付いた。この闇の出口だろうか。ふむ、試してみよう。
びゅーんと一直線に突き進む。気持ちはジェット機だ。乗ったことはないがな!
そうして、闇を突き抜けて、光源の向こうに駆けた。眩い光が私を包み、得体の知れない浮遊感が私の感覚を支配した。意識が少しずつ薄れていく……。
そして次に意識を覚醒させたのは――、
「おめでとうございます! あなた様は55億分の1で選ばれた幸運なお方です!」
――大仰な歓声と鳴り響くファンファーレだった。
―――
まぁ、端的に言うと私は享年27で死んだ女性なわけで。若いよね、若すぎると思う。勿体ないなぁ、と思いつつも他人事なのは、前世に未練がそれほどないからであって。
何でも平均的に出来て、顔立ちもそれなりによくて、友達にも恵まれて、ギリギリ一流を名乗れる会社に勤めて……、と何の不満もないような人生だった。じゃあ、何で淡白かと言うとやっぱ人間関係がなぁと思う。
優しい家族はいた。過干渉しないあっさりとした性格の。
友達もいた。団体のボス的存在の友達、の友達ポジションという安全圏を常に目指してた。
彼氏もいた。顔がまぁ許容範囲の男子が顔がまぁ許容範囲の私にコクったから、付き合った。で、付き合ってる途中にみんな運命の人を見つけて、別れを切り出した。
こう振り返ってみると結構私幸薄くね? 楽しみがいのない人生にもほどがある。死に方も残念だったし。
でも、そんな私にも遂に春が訪れたのだ―――。
―――
「おめでとうございます! あなた様は55億分の1で選ばれた幸運なお方です!」
……ええっと、一体どういうことですか?
あの暗黒の世界から一転、明るく開放的な場に私はいた。大勢の人が私をにこやかに見つめ、祝福の声をあげる。あ、ついでに四肢の感覚も戻っていました、はい。 呆然としながら彼らを見回していると、その内の一人が前に出てきた。あなた様は〜うんたらかんたらって言ってた人だと思う。
「坂口美優様、ようこそお出でくださいました。ここは天国と現世の狭間、輪廻の間です」
「輪廻の間?」
「はい。亡くなった人が天国にいくときに経由したり、転生する人たちの待機場所です」
ほぉ。じゃあ、転生って本当にあるものなんだね。
ん? ということはもしかしてさっきの選ばれし方っていうことは……転生チートですか? 喜んでお受けしましょう!
転生チートといえば、言わずと知れたネット小説の大事な要素である。前世は冴えなかったけど、生まれ変わったら王侯貴族になってたり、めちゃくちゃ頭良かったり、勇者級に強かったり、はたまたとんでもない美形だったり……。とにかく常人には羨ましい要素だ。
そんな転生チートを私が受けれるなんて……、真面目に幸運以外何者でもない。女子として生まれたからにはやっぱり逆ハールートっしょ! 乙女ゲームのヒロイン、ないしは傍観者からの巻き込まれ型もよし。美形生徒会の紅一点で「やめて私のために争わないで!」をしてみるのも一興。
ウフフアハハな妄想を頭の中で繰り広げていると、先程の人(白い服着てるから“天使さん(仮)”)が丸い鏡を取り出した。
「ところで、坂口さん。“今”のご自身がどうなっているか見てみますか?」
「はい?」
「この鏡を覗くと、現世の自分の姿が見れるんです」
「えっ…と、死んだ後の自分の姿を、ってことですか?」
「はい」
訊いたところによると、死んだ後、全ての生物の魂は黄泉送りの道(あの真っ黒な世界のことね)に送られるそうだ。それで、覚醒したのち、輪廻の間に向かい、天国で転生までの期間を過ごすらしい。悪人は地獄に行くので、その限りではないが。で、死ぬときのショックの大きさと覚醒するまでの時間は比例するらしく、この鏡に映っている自分も死んですぐということもあるし、下手したら三年後ということもしばしばあるらしい。 私は結構悲劇的な死に方だったけど、図太い性格なので、そんなに年月はたっていないと思う。一番ベストなのは、葬式シーンだけど(感傷に浸れるしね)、いっそ骨壺に納められていても文句は言うまい。
うきうきしながら鏡を覗く。すると、赤いぼんやりとしたものが、鏡に映った。なんだろ、これ? よくよく見ると炎であったことが判明。いやしかし何故に炎? そして、炎に包まれていたのは……――、
「ぎゃあぁぁぁ!!」
ヤバイヤバイヤバイスプラッタだホラーだめちゃくちゃグロいぃぃ!!
……うぉっほん。取り乱しました。えーっと、火葬の最中だったらしく、言うのもはばかれる遺体の姿が……。いやー、眼球の水分が蒸発する光景なんてミタクナカッタナー、なんて。
天使さん(仮)はいきなり叫びだした私を怪訝そうに見ていた。ここがきっと“(仮)”たる所以だと思う。でも、半生な人体をみたら誰でも叫び声をあげるであろう……。
「ところで“選ばれし”っていうところもっと詳しく教えて下さいませんか?」
居たたまれなくなり、話題を切り替えると、天使さん(仮はポンと手を叩いた。
「あっ、はい。坂口様には転生者を“見送る”《おくりびと》の資格が授与されます」
……パードゥン? おくりびと? 転生チートじゃないの?
―――
えー、コホン。おくりびとっていうのは、転生者のお見送りをする係らしいです。転生間近の人はノイローゼになりがちなので、まぁ励ましたり?檄を入れたり?するらしいです。おくりびとは100年毎に変わるらしく、任期中は転生不可だそうです。
「ふざけるなぁぁ!!」
って言いたくなるよね、これは。100年なんか待ってられるかっつーに。
「そうは言っても規則ですから」
天使さん(仮)は耳クソをほじりながら仰った。
「前任の方が任期を終えて転生したので、後釜が必要なんです。規則としては前任者が転生して一番目に輪廻の間に辿り着いた方をおくりびとにするよう定められていますから」
ほざけっ。何が幸運だ! とんでもない不運でしかないだろうがっ。
だから、最初に持ち上げて気分よくさせてたんだな? おかしいと思ったもん、歓迎ムードの中に微かに憐憫とか同情の視線が混じってたこと。
「まぁ、既に決定事項ですので。」
諦めてくださいとでも言わんばかりの言い草に、プッチンしそうになった。いや実際なったんだけど。けど、切れた堪忍袋の緒が繋がったのは眼前にとんでもない美男子が現れたからだ。
「この方があなたのパートナーです」
金髪碧眼の華やかな顔立ち。比べると、天使さん(仮)が天使さん(笑)になってしまいそうなくらいな天使さんっぷりだった。あの顔に10秒以上見つめられたら確実に私は鼻血が出るだろう……。
「では、私はこれで」
天使さん(仮)は私に一礼して、その場を去った。
いや、でも、もうちょっと待って! 心の中で親指逆さにしたの謝るから、もうちょっとだけここにいてくださいぃぃ。このイケメン様と二人きりとか眼福だけれども無理ですってぇぇ!
私の心の叫びは彼に聞こえるはずもなく、――いやもしかしたら聞こえないふりをしたのかもしれない――彼は振り返ることはなかった。くそぅ、天使さん(偽)め!
仕方ないので、超絶美男子様に向き直る。すると、超絶美男子様は優しく微笑んでくださった。
「すみません、あれは明日転生するもので、浮かれているようです。失礼な態度で当たってしまい、申し訳ありません」
……イケメン様に頭を下げられたら許さない訳にはいかないでしょうがっ。一瞬顔を赤らめてしまった正直な私が恨めしい。てか、あの野郎明日転生なのかよ、ふざけんな。
せいぜい可愛いっ子ぶって、私は答えた。
「いえっ。全然気にしてませんよぉ〜」
上目遣いでにっこり微笑む。特別美人じゃないけど、女は愛嬌だからね。どうせしばらく厄介事を引き受けるならイケメンとは仲良くしておきたい。
そして、イケメン天使さんはにこやかな表情のままこんなことを返した。
「いえ、私の指導不足です。いくらいけ好かない相手でも態度には表すなと強く言っておくべきでした。私もあなたとパートナーを組むのは本意ではありませんが、活動に支障は出さないので、ご安心ください」
――多分、私は一瞬フリーズした。イケメン天使さんから笑顔のまま、吐き出された毒を頭が理解しなかったから。そして、頭の回路にまともな電子信号が流れるようになってから私は思ったのだ。……こいつ、間違い無くさっきの天使さん(仮)と同類だな、しかも天使さん(仮)より相当タチの悪い感じの。むしろこいつこそ天使さん(笑)だと思う。
「……大丈夫ですか? ただでさえ大したことない顔が更に大したことなくなっていますよ」
毒舌イケメン天使さん(笑)は出会ってそうそう私のピュアハートをトンカチで叩き割ってくれました☆
―――
「んで? 天使さん(笑)、私は一体何をすればいいんですか?」
「(笑)ってなんですか? 明確な悪意を感じるのですが」
「気のせいですよーかっこ棒読み」
「…………」
もうやけですよ。今までで嫌いな人ランキングに、出会って初日にベスト3にランクインした人と100年間行動しないといけないんですから。だから、猫はさっさとはぎ取ってやったぜ。大体、色仕掛けも既に裏目に出てるしねっ。
「……まぁ、そうですね。仕事の話をしましょうか」
天使さん(笑)は厚い書類を懐から取り出して、パラパラとめくった。
「これから坂口さんは転生者をお見送りする役目につきます。転生に不安を抱える方のリストがこちらにありますから、それにしたがって行動していくことになります。質問はありますか?」
「はい」
「どうぞ」
「今思ったんだけど、その役目って天使さん達がやっちゃ駄目なの?」
天使さん(笑)は、白に金の刺繍が入ったいかにも(見た目だけは)天使さんファッションに身を包んでいる。他にも白っぽい服装を着ている人が複数いる。それに対して、私は生前に着ていた流行りのワンピースだ。他にも輪廻の間にいる黄泉送りの道を通ってきた人は皆、普通の服装だ。とすると、天使さん達は神様のお手伝いなんだから、サポートとかしないで、そのままおくりびとになったほうが手間省けんじゃね? と思った次第であります。
すると、天使さん(笑)はあっけらかんと言い放った。
「私達じゃ不適任なんです」
「は?」
「そもそも私達は天使のような尊いものではありません。まぁ神にこき使われているわけですから、天使と言っても遜色ないかもしれませんが。特に私なんかはこの美貌ですし」
ウフフ~、こいつの口を引き裂いてやろうかしら。あまりにも自然な感じに自慢が入ってくるのが、腹立たしい。
「私達は前世で神に嫌われてしまいまして。地獄に堕ちるまではいきませんでしたが、転生年数を延ばされて神にこき使われているわけです」
……なんか色々聞き過ごせないワードが出てきたんだけど。まぁ、天使さん(仮)も天使さん(笑)も性格悪いからなんとなく前半は見逃せる。神も、んな性悪に仕事任せんな!とは思うけど。
「で、転生年数てのは?」
「前世の享年、死に方、生き様次第でどれだけ早く転生できるかが決まるんです。長寿の人は基本長くなりますし、産まれてまもなく亡くなった赤子なんかは比較的早く転生できます」
とすると、私本来早めに転生できたんじゃねぇかっ。あー、悔しい。
「……じゃあ、天使さん(笑)はあとどれくらいで転生できるんですか?」
ふてくされて訊いてみる。もし私より早く転生するようだったら、すり潰す。
すると、天使さん(笑)はこてんと首を傾げた。
「それが、まだ教えてくれないんですよ」
「……因みに亡くなったのはいつですか?」
「細かい年月は覚えてませんが、紀元前であったことは確かです」
「……先程の天使さんは?」
「あれは確か17世紀くらいでしたかね。若輩者ですみません」
あーれー、おかしいーなー。私の耳は馬鹿になったのかしら、有り得ない単語が聞こえてきたよー。
「……紀元前?」
「はい」
……こいつ、どんだけ神様に嫌われてるんだよぉぉ! てかそんな奴私のパートナーによこすなよぉぉ!! 要するに稀少な程性悪なお方であるってことだろぉぉ!! そりゃあ、転生者の相談役には不適任であろう。
天使さん(笑)どころじゃない、悪魔一歩手前だ。ならば、呼び方も天使さん(笑)じゃ、相応しくないだろう。
「名前を伺っても?」
訊くと、目をパチクリさせて、柔らかく笑った。あぁ、その顔だけなら素敵なのに。
「そうですね、好きなようにお呼びください。お勧めは偉大な大天使様か大いなる賢者様です」
「じゃあ、クズって呼んでいいですか」
あらやだ、本音が。
「……カラクとお呼びください」
だったら、最初からそう言えよ! 何が大天使に賢者だ、だから転生できないんだろ!!
「へん……、いや珍しいお名前ですね」
「あなたには及びませんよ」
「はい?」
私の名前そんなに珍しいか? ありふれた、とまでは言わないけどさ。
「名前と性格がこんなにも一致しない方は中々いないと思いますよ?」
「成る程。暗に、私は美しくも優しくもないと言いたいんですね」
……――こいつ、殴ってもいいかな?
―――
「次はキャサリン・ブラウンさん、一番街北地区です」
「次は近藤武彦さん、六番街西地区」
「どんどんいきますよ。アントーニオさん、七十三番街、南地区です」「ほら、へたってないで。次は三十四番がい……」
「待て待て待て待て、ふざけんな、休ませろおぉぉ!!」
早足で歩くカラクの肩を掴み、無理やり止まらせる。こいつは、私のこの真っ赤な顔が見えないのかなー?
「何ですか、唐突に」
「何ですか、じゃねーよっ。1ヶ月まともに休んでないんですけど!? 労働基準法に明らかに触れているんですけど!?」
動かなくなったカラクを見て、私は掴んでいた手を離すと、カラクは私が手を置いていた方の肩を手で払った。まったくもって腹立つ輩だ。こんな腹立たしい野郎と1ヶ月も行動を共にしていた私を褒めてやりたい。
実際、私がおくりびとの仕事を始めて1ヶ月がたった。来世へと不安を持っている人を励まして、送り出して、を毎日続けていたわけである。一分一秒すら惜しいと言うように、一日中だ。……言っとくけど、一日中って比喩じゃないからね? 文字通り一日中だからね? 深夜だろうが、明け方だろうが、動き回ってたからね?
「だから、なんだと言うんですか? 睡眠欲も食欲も湧いてこない我々に、疲労も空腹も感じないでしょう?」
「違ーうっっ。肉体的疲労は確かに感じないが、精神的疲労は溜まりに溜まってるんです!!」
天界では、睡眠も食事もトイレも必要ない。何故なら、今ここにある身体は残像でしかないからだ。天界では魂しか存在しないから、生命活動は必要でないのだ。一応、娯楽としての飲食物はあるが、それも味覚や触覚などを刺激する情報というだけなので、やはり本物というわけではない。
……話は逸れたが、私達は確かに疲労を感じない。だから、1ヶ月不眠不休で働こうが、オーバーワークで倒れることはない。仕事中毒者の方なら羨ましい話であろう。しかし、生前の私は月曜日になると土曜日が恋しくなる勤労者であった。休日が恋しい。何せ、ただでさえ、お悩み相談なんて神経を使う仕事なのに、毒舌上司に突っつかれるんだもの。あぁ、何て可哀想なの、私っ!
「……坂口さんって、面の皮厚いですよね」
「性格を非難される言葉をカラクさんに言われるとは屈辱です」
ハァと溜め息をつくカラク。私こそ溜め息をつきたいのだが。
「まぁ、近いうちにお休みをあげますよ。100年後にでも」
「任期終わるまでとか保つかボケエェ!」
「100年なんてあっと言う間じゃないですか」
そらお前と比べたらな! 2000年以上天界にいる方と同じにしないでもらいたい。
「一日に転生する人間は約20万人。休んでる暇なんかないんです」
「はい、そこ。おかしいよね? なんで約20万人を私が一人で見送らなければ行けないわけ? 人数増やせーっ」
勿論、20万人のうち全員が相談を希望するわけではないが、やはり転生に不安を抱いている人は多く、私は休む暇なく駆り出される。
「そういう規則ですから。」
あー、こいつ腹立つ。こういうときは真面目なことを言うんだよな。本当に頭堅い。
「では三十四番街……」
結局、休息はくれないらしい。ここでごねても、あまり効果はないだろう。そう踏んだ私は泣く泣くカラクの後をついて行く。
「あ、カラクさん!」
突如呼び止められて振り向くと、白い服の青年。要するにカラクの同類。とりあえず冷ややかな視線でも送っておくか。
「これ、転生局から預かってきました」 封筒を取り出し、カラクに手渡すと、彼はさっさと退散した。そして、カラクは封を開ける。
暫し文書に目を向けていたが、読み終わったようで、面を上げた。浮かんでいたのは、今までのが何だったのかと思うくらい素晴らしい笑顔。
「朗報です。もしかしたら、明日にでも休息がとれるかもですよ」
「はい?」
「チート転生予定者が来ました」
あ。もしかしてそれって……。
私は1ヶ月前の契約内容を思い出した。
―――
さて目の前には、泣きじゃくる女性。うずくまって「たっくん、たっくん」と繰り返している。まぁ、あれだ。陰気くさい、鬱陶しい、面倒くさいの三拍子だ。
彼女は高橋夏美。享年25才。小林達也という恋人がいたが、騙されて借金の連帯保証人になり、挙げ句浮気されていたことに気付き、ショック状態に陥り、注意散漫となっていたところをトラックが衝突し、即死。男なんて信じられないと只今転生を拒否中。そして、彼女はチート転生予定者。
チート転生予定者ていうのは、正式には特別支援転生予定者と言う。前世が不幸すぎたり、短命すぎたり、信心深かったりすると、それが与えられる。
チート転生予定者の特典の一つとして、まず割り込み転生が挙げられる。普通死んだ後、転生までに期間が空けられる。転生年数というやつだ。転生年数は、個人差があるため、短かったり、長かったりするが、チート転生予定者は転生年数というものがない。つまり、死んだ翌日に転生できるという話だ。だから、おくりびとたる私も何よりも優先させて、彼女を構わなければいけない。100年も転生を心待ちにする私からしてみれば、実に羨ましい話だ。しかし、彼女は来世でも男に捨てられると思って転生が嫌らしい。
一応、おくりびとという役目を担っているため、営業スマイルを貼り付け、励ましをおくる。
「ねぇ、高橋さん。前世は前世、来世は来世。きっと違う未来があなたを待っているのよ。そんな男のこと忘れてしまいなさいよ」
「でも、私たっくんのことが好きで……。でも、男の人はもう信じられなくて……。転生なんて怖くてできません」
メンドクセエェェェェ! そんなんだから騙されるんだろ、浮気されるんだろ!? 私だったらとっくのとうにそんな男捨ててるわっ。――なーんて、勿論言いませんよ、えぇ。陰気くさくて、イライラするけど、神はこの子のどこを気に入ってチート転生予定者にしたのか私には理解できないけど、この子は私の救世主となりかねん存在だ。ヘタな言葉は吐くわけにはいかない。
私は精々眉をしかめて、困った表情を浮かべることしかできない。
「困ったわ。無理強いさせるわけにはいかないし」
暫し唸って、ハッと思い付いた。ような表情を浮かべた。
「しばらく私の仕事をやってみない?」
「え?」
「おくりびとの仕事、私みたいに転生予定者を励ます仕事をしばらくやってみないかしら? あなたなら適任よ、人の痛みを分かるから。仕事をやっていくうちに男性不信も改善されていくんじゃないかしら?」
あー、私って凄い。よくも、こんなにも人をその気にさせる言葉を白々と吐けるのかしら。心にもないことを並べて。
みるみるうちに彼女は瞳に光を宿らせていた。
「……ります」
「え?」
「やりますっ。やらせてくださいっ。私その仕事ならきっと……っ」
よっしゃー! 作戦成功っ。チート転生予定者の特典その2はおくりびとの仕事を代替わりが可能であるということ。おくりびとの仕事は尊い役目とヨイショしているので、一応特典にあげられている。チート転生予定者は前任者の任期を受け継ぎ、前任者は翌日転生することができる。ということで、私は晴れてお役目御免なわけである! 後は99年11ヶ月の任期を任せたぞ!
鼻歌でも歌いたいくらいには、ご機嫌な私。後は彼女と転生局に行って手続きをすれば、私は終わりだ。
「……これで、本当に良かったんだ。だって私は……」
まだ言ってたのか。はっきり言って面倒くさいが、私の最後のお仕事だから、付き合ってやろう。
「……何か言いたいことがあるのなら、言った方がいいですよ。楽になります」
言った途端、彼女は堰を切ったように話しはじめた。後に私は後悔することになったのだが、それこそ後の祭りだ。
「彼から告白してきて、私ずっと好きだったから嬉しくて泣いちゃって、でも、たっくんは優しく微笑んでくれて、私それが嬉しくて」
「誕生日はサプライズで指輪をくれて。いつか夫婦になれたらいいね、って学生の頃は言ってたんです」
「ずっとずっと好きだたんです」
「けど、ある日彼が家にやってきて、夢を叶えるためにお金が必要だった、って言って借金を……。だから、私に……」
「そしたら、彼はいつの間にかいなくなってて。私は借金とりに追われて」
「それでも信じてたんです、彼のことを」
「でも、見つけたら彼は他の女の人と……」
「面倒くさい女だって。ずっと前から別れたかったって。借金はポカしたと思ったけど、丁度いいや、って」
「もう大好きな彼に裏切られて何も信じられなくなって」
「だからもうこれでいいんです」
……うん。今、はちきれんばかりに私の中で感情が渦巻いている。やばいやばいやばい。弾ける、溢れる、零れちゃう。我慢我慢我慢我まん…………、
「ばっかじゃないの?」
あー、言っちゃった。彼女はいきなりの暴言に目を丸くしている。でも、もう止まらなかった。
「愛した女に借金なんて押し付けるわけないじゃない。その時点で気付けよバーカ。大体なに? あの学生時代の切な甘い思い出話。鬱陶しい鬱陶しい。彼氏に本命の代わりにされた私に対する当てつけですか、御馳走様です。あなたはさチート転生予定者なんだよ? だから、男に裏切られることのない幸せな人生が約束されてるの。よしんば裏切られても、優しくてイケメンで出来る男が『つらかったね』とか言って慰めてくれるわけ。それの何が不満? おいしいでしょう、おいしい展開でしょう。それの何が気に食わないってーの?」
チート転生予定者特典その3、転生チートを手に入れられる。無駄に強かったり、無駄に頭良かったり、前世の記憶覚えてたり、異性に囲まれてウハウハしたりなっ。羨ましすぎる話だ。
まだだ、まだ止まらない。怒涛の勢いで言葉が流れてくる。このままじゃ……、きっと……。
「ふざけんな。幸せを確約された人生で泣き言ほざいてんじゃねぇよっ! 私なんかあと100年も待って凡人人生だぞ? 死に方は、私に何の落ち度もない不幸な事件だし。あんたは明日から誰もが羨む人生が送れるんだ。それに不満の余地なんざねぇだろうが。さっさと転生しろこのクソアマっっ!!」
うっわー、言っちゃった言っちゃった言っちゃったよ私。こんなこと言っちゃったらさ、普通こんな風になるよねぇ? 眼前の女の人みたいに目ェ、キラキラさせるよね?
「そう……ですね。そうですねっ! 私こんなにも恵まれてるんだから生かさないとっっ。ありがとう、おくりびとさん。私たっくんのこと忘れられます。新しい人生を信じることができます。本当にありがとう」
やっちまったあぁぁぁっっ!! 墓穴掘ったあぁぁぁっっ!! 聞き流しとけばよかったものをイライラしすぎて、つい口挟んじまったぁっっ!!
「……あー、でも、おくりびとの仕事も素敵だし、今すぐに転生しなくても……うん」
正気に戻ってフォローをはさんでも時既に遅し。来世に希望寄せる高橋さんには聞こえてこなかったとさ。……畜生め。
―――
「……あなたって性格悪いのかお人好しなのかよく分かりません」
「うっさい、黙ってください」
今日も転生が終わった。約20万人がこの世に生を受けた。そのうち何人かは流産で亡くなる運命だけど。で、高橋夏美も無事に転生した。
「あのまま流しとけば転生できたのに」
がっかりそうに溜め息をつくのは、私だけじゃない。むしろカラクのほうがあからさまだ。
「あの陰気女がパートナーでも気が滅入りますが、あなたよりかマシですね」
なんでこいつこんなに私のこと嫌いなのか最初理解できなかったけど、今なら解る。同族嫌悪だ。
感情と裏腹に表情を表すところとか、口悪いところとかそっくりです。自分で認めたら負けのような気がするけど。
「チート転生予定者がどれくらいの確率でくるかわかってるんですか?」 知ってますよ、えぇ。基本30年に一人ですよね? あぁ、もう悔しすぎる。
うーうー唸っていたら、ふと思い出したかのようにカラクが尋ねてきた。
「そういえば坂口さんはどんな死に方だったですか?
「ご存知ないですか?」 普通事前情報として知ってるもんだと思っていたけど。すると、カラクは肩をすくめてこう言った。
「あなたの死に様なんて興味なかったので」
そんなこったろうとは思ってたけどな! 輝かしい笑顔が本当にむかつく限りだ。仕方ないから渋々答える。
「銀行強盗の人質にとられて呆気なく死にました」
「……普通人質ってお金の代わりに命は保証されるものでは?
「いやー、ちょーっと口を滑らせちゃって」
『こんなことやるくらいならちゃんと真面目に働いたら? それか人の迷惑になってるんだから死んだ方がいいかもね、このゲス』って言ったら脅しの銃で撃たれちゃったわけです。それを言うと、カラクは顔をしかめた。
「心底同情します」
「はい」
「その強盗犯に」
「あぁ?」
「だって本当に殺すつもりはなかったと思いますよ? それなのに無駄に罪が重くなって」
……まぁ、それに関してはちょっと私も反省している。こうして死んじゃったわけだし、犯人も撃ったときに『やっちまった』みたいな表情してたし。
「あーあー、これからしばらくは確実におくりびとかぁ」
「はー……」
おい、なんでお前のが雰囲気重いんだ! おかしいよな!?
私は当てつけのようにカラクに微笑んでみせた。今まで一番の笑顔。
「でも、こうやってあんたとしばらくおくりびとをやるのも悪くないかもね」
カラクは一瞬驚いたように目を見開き、やがて優しげに笑った。
「絶対御免です」
「ありがとう、私もだ。だから、さっさとチート転生予定者連れてこいっ」
作中の55億人は一日に亡くなる人数から計算して求めています。
一日に世界で亡くなる人は約15万人。それを365日でかけて、更に100年でかけた数字を四捨五入しました。
そのため、正確な数字ではありませんが、ご了承ください。