ミドリムシ・過去形・リミッター解除
これはとあるミドリムシから受け継いだミドリムシの記憶をミドリムシによって再現した悲話である。
☆☆☆
オレたちはミドリムシ。
ちょいと悪だぜ?
アフリカ睡眠病の病原体だったこともあるが、今は健康ブームに乗っかって色々と働いてる。
あれだな、悪だったオレらが更正の道を歩み始めたんだ。ちょいとやりすぎには注意だが、気にしない。悪らしくはっちゃけちゃうぜ!
「おいキミ、のどがかわいた」
「こんな乾燥された場所でそんなこと言わないでおくれ」
近くのミドリムシに声をかければ、嫌そうな感じに身をくねらせて怒った。
「言うのは自由だろう」
「キミの自由にボクを巻き込まないでくれ」
「キミとオレはもともと一緒だった仲じゃないか」
これぞ細胞分裂という。
単細胞生物なオレたちは二人で一人どころか十人、百人、いや千人以上で一人だ。
二人三脚で生きている! ……いや、足無いなオレら。
うねうねと身をくゆらせてのんびりと生きているが、たまには元気に動きたい!
「こい、オレたちの世代!」
「そんなこと言うな! もはやこのプラスチックケースから出たら、ボクたちには死の運命しかないんだから……!」
先ほど話しかけたヤツが寂しそうに言う。
「おいキミ、そんな悲しいことを言うでないよ」
「じゃあ何かい? それ以外の運命があるというのかい?」
今度は怒ったように言ってくるオレの分身。そうだよあるともさ。
「人間どもは今、オレたちがお気に入りだ。食われるためにここに閉じこめられているオレたちだが逆転のチャンスは、ある」
身をよじらせて、オレはそいつの顔を見る。まわりの分身たちも興味津々なようで、じっと様子をうかがってくる。
「生き物は食った後、皆排泄する。人間だってそうだ。それに乗じて生き残りさえすれば、オレたちは自由だ!」
断言する。
唖然とされる。
「嫌だあああああああああ!!」
阿鼻叫喚の絵図になる。
「どうしてだ!!」
「そんなんで生き残りたくないいいいいい!!」
我が儘だな!
「死んだ方がマシだああああああああ!!」
勝手に言ってやがれ!
ミドリムシがやればできるところをオレが見せてやる!
そう息巻いた時、光が射した。と、同時によりいっそう地獄絵図化が進む。
「うわああああああ!!」
「食われるぞ!!!」
「いや、補充かもしれない!!」
さあ仲間が増えるか減るか。
パンドラの箱の中身は……!
『減ったああああああああああああ!!!』
見えたのは白色のスコップだけ。
いや待て同士よ。ここはオレの見せ所だ!
「オレは英雄になる! うおおおおおおおおっっ!!」
自ら人に喰われるが為に身をくねらせスコップへ突撃する!
しかし身をくゆらすだけではスコップに届かない。こうするしかないのか……!?
「リミッター解除!!!」
叫んで高速で身をくゆらす。それはもう周りのミドリムシが気持ち悪がるレベルで。
スコップにたどり着く。
「すげぇぞアイツ……」
「勇者だアイツ……」
皆が尊敬の目でオレを見る。
「さあ、キミたちもこっちへくるんだ!」
皆が一斉に目を反らす。え、どうしてだ?
しかし、こうしてる間にもスコップはミドリムシたちを蹂躙し始めた。
「うわああああああ!!」
「助けてくれええええええ!!」
「むぎゅ。」
暴れるミドリムシ達におしくらまんじゅうされてオレは潰れた。皆、落ち着くんだ!!
「オレに続いて勇者になるヤツは誰だ!!」
「「「いねえよ!!!」」」
すごい剣幕で言われた。
「自由になれるんだぞ!」
必死の説得を試みるが発狂している奴らに言葉は無意味であった。
スコップが持ち上がり外界が見える。そこは緑ばかりではなく、赤青黄色、様々な色がぐちゃぐちゃに置かれていた。
「ここが世界……!」
少し感動したが、その後異変に気づく。スコップですくわれたオレたちは別の入れ物に入れられた。なんだこの銀色のヤツは。
入れ物のフタが閉められる。
「お?」
数秒経たずして意識が飛んだ。
☆☆☆
「というわけでスコップですくわれたミドリムシは皆ぐるぐると中身が回る機械にかけられてしまうんだ」
「それは怖いモノを見たねえ」
前者はスコップからこぼれ、プラスチックケースのフタにひっかかっていたミドリムシの言葉だ。
彼は見たことをありのままに語る。
「その後はどうなるんだい?」
「小さな容器に入れられて食べられるみたいだよ」
その光景を想像した若いミドリムシが身を震わせた。
「どんなに勇敢でも意味がないねえ」
「静かに暮らせっていうことだよ、きっと」
「つまらなくても“ぐるぐる”されるよりはマシかな」
ミドリムシ達はそう語らった。
☆☆☆
ヘルシードリンクとして一目置かれているミドリムシ。
彼らの恐怖との戦いはまだ始まったばかりだった。
お題提供:keitoneco99様