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闇を背負う者、破壊を有す  作者: 松佐
破壊の使徒
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破壊の覚醒は今だ成されず

九大公爵家に席を構えるヴァラレイ家の屋敷の敷地内にある離れの小さな小屋の影で幼い少年が荒い呼吸を無理に押さえ込み息を殺し、ゆっくりとゆっくりと息を整えていた。


少年の名はフィル・ランス・ヴァラレイ、嘘偽りないヴァラレイ本家の当主夫妻の子息であり、将来的には公爵の地位を継承するはずだった人物だ。


実のところ過去形で表現する必要性があるかも疑わしく、彼が当主の座を継承できる見込みは生まれた時点で相当に低かった。理由は単純明快で彼が体に宿した色である。髪や瞳の色というのは自身の魔法属性を体現するもので、光のヴァラレイ家は金の髪が代々受け継がれてきた特徴だ。


しかし、フィルの髪は闇夜の如き漆黒で瞳は血濡れのような深紅を宿している。特に瞳の色は気味悪がられ、成長した現在では光属性の魔法が使えないだけでも問題なのに気味悪いという理由と将来の当主になるだけの素質を生まれ持たず、長子のくせに落ちこぼれている所為で家族には腫れ物のように扱われ、同年代の分家筋の子供にまで虐待を受ける始末だ。


今も、フィルは分家の子供達に追い掛け回されている真っ最中なのだ。彼の家族は誰も分家筋の子供達を諫めず、その行為を推奨する動きまである。


親はともかく姉弟は彼のことを軽蔑し、見かければ攻撃されるのは日常茶飯だ。フィルの日常に平穏が訪れることはない。幼い少年は体のあちこちに切り傷・刺し傷・重度の火傷の跡・貫通痕があった。それは周囲の人間から加えられた虐待の証だ。


バリンッ、唐突に小屋の窓ガラスが割れる。降り落ちる破片から頭をかばいながら、視界の端に窓ガラスを割った直接的原因となった光の矢が映った。小屋の背後は雑木林になっており、立ち並ぶ木の幹に光の矢すなわちライト・アローが突きたっていた。やがて、ライト・アローは消失する。


それは光属性の基本の基本、基礎の基礎の攻撃魔法。発動難度は十分に練習すればフィルの年でも行使できる簡単な魔法だ。けれど、フィルには発動できない魔法だった。


フィルは悟る。隠れ場所がバレたと、未だに荒い呼吸は整っていないが、それどころではなかった。これまでに受けた痛みはトラウマとなってフィルを苛んでいた。故に魔法をその身に受けたくはない。急ぎ身を翻し、遮蔽物の多い雑木林に逃げ込む。ライト・アローの次弾はすぐに割れた窓越しに飛来した。


責め立てるように襲い来る光の矢に恐怖しながら、フィルは懸命に走る。光の矢は若い木なら容易にその幹を貫き、散らされた葉は舞い落ちる。フィルは雑木林をライト・アローから身を守るための常套手段として活用していた。既に幹を貫かれすぎて脆くなり、侍従に耐え切れず、その巨体を地に横たえた木も少なくない。フィルからすれば、非常に心苦しいことではある。


しかしながら、様々な視点から見ても雑木林を利用しなければならない、そんなレベルの一種の死活問題なのだ。下手に魔法を受け、機動力を失えば、追いついてきた悪魔に暴行を受けることは必至で、時間に遅れれば食事にありつく事さえ出来ない。


もはや食事を出して貰えるだけで有難いという境地にまでフィルは至っている。もちろん、普通の家庭が自分の置かれる境遇のようなヴァイオレンスさが微塵もないと理解し、羨ましくも思っている。人に優しくされた記憶も何も、有りはしない。認識する度に幼い少年の心は悲鳴を上げる。


危険な日常の中でフィルは自分の姉や弟達が親や分家の当主に褒められて喜んでいる姿、楽しそうに過ごしている姿、誕生日にはプレゼントを貰ったり、頭を撫でられたり、両親に微笑んで貰ったり、ある種当然の光景がフィルにとっては非日常だった。自分の日常は命の危機と常に隣り合わせで貰える食事も、我が儘を言えば、親兄弟と同じものが食べたいが、いわゆる残飯の類だ。


誕生日にプレゼントを貰ったことも、褒められたことも、頭を撫でられたことも、微笑まれたことも決してありはしないのだ。容赦なく飛来する魔法攻撃を家族は止めてくれない。助けてくれない。精々、死なないように軽めの治癒を施してくれるだけ。どうして、どうしてと幾度となく繰り返した。


その度に周囲は言う。貴様に才能がないからだ、と。何度、絶望しただろう?フィルは生きていることが辛かった。死ねないことが辛かった。愛されない自分が憎く、愛してくれない家族が憎く、自分に注がれない愛情を享受する姉弟達がひどく疎ましくて羨ましくて堪らなかった。ライト・アローの雨から逃れ、雑木林を駆け抜ける。


生い茂る枝葉に日の光は遮られ、薄暗かった雑木林の果てが見え、木漏れ日が徐々に光量を増していく。そこに待っていたのは耐え難い苦痛だった。


雑木林を駆け抜けた先、そこに絶望が待っていた。いつもフィルに耐え難い痛みを与える分家筋の子供達、彼らはフィルを待ち伏せて尚且つ習得したばかりのレイ・インパクトという衝撃を放つ系統の攻撃魔法を多重展開し待機させ、フィルが現れた瞬間に待機中の魔法を全てを撃ち放った。


極大の閃光が視界を覆い尽くし、瞬間体が浮き上がり、後方へ弾き飛ばされる感覚を認識するのとフィルが雑木林で一番の大樹の幹にめり込んだのは同時だった。ミシミシと骨が軋む嫌な音と激しい嘔吐感がフィルの体を襲う。欲求のままに湧き上がる灼熱を吐き出す。


鮮烈な赤が先ほどの衝撃で揺れ落ちた瑞々しい葉を彩る。吐き出す毎に体から力が抜け落ち、めり込んでいた幹から剥がれ落ちるが如く倒れ伏す。やがて、幾つかの足音が耳を震わせ、嫌な意味で聞きなれた彼らの声がした。


「全く、手間をかけさせてくれたものだな。魔法が使えない雑魚のくせにちょこまかと動いて煩わしい事この上ないぞ。的は的らしく静止していればいいのだ」


分家筋の子供達の中の一人が苛立ちを含んだ声音でフィルを貶め、彼の頭を踏みつける。硬質な靴底と屈辱感が身も心もボロボロのフィルに追い討ちする。


「本当に君は役たたずだね。あきれ果ててものも言えないよ」


如何にも小物そうな発言を積み重ねながらフィルに一撃を見舞っていく。フィルには反論する気力も指を数ミリ動かす程度の余力も残っていなかった。どれだけ続いただろうか、ふと気付くと暴力の嵐は止んでいた。不思議に思い、目だけ動かすと美しい金髪をなびかせる少女が立っていた。


ミウラルネ・フェル・ヴァラレイ、フィルの姉だ。フィルは恐らくレイ・インパクトの閃光が目について気まぐれにやってきたのだろうと推測した。分家の者の憧れ、フィルにはない圧倒的な才能を持つ鬼才。そんな存在が現れ加害者達の意識はそちらに移ったようだ。底冷えする鋭い眼光でフィルを見遣り、一言、


「無様ね」


と呟く。それは確固たる実力を備えし者の言葉だ。才能を持って生まれた姉にフィルの気持ちは到底理解できない。当人も理解してやるつもりはないはずだ。


「貴方達も魔法の構築が随分と粗いわ。魔法は繊細なものよ。手本を見せてあげる。見ていなさい」


感情のない声で言葉を発した姉は無慈悲に腕を振り上げ、振り下ろす。轟音が雑木林に響き、衝撃が雑木林中を震撼させた。それはレイ・インパクト。加害者達が多重展開して放ったものと同一の魔法。しかし、示した効果は絶大的なまでに差があった。雑木林一番の巨木はその重圧に耐え切れず、中程からへし折れ、フィルを基点とした発生したそれは半径五m、深さ七m前後のクレーターをつくり上げた。骨が軋む程度では済まされなかった。


少なくとも右腕の骨は粉々に粉砕し、足は駆動範囲を超えて奇妙な方向に折れ曲がっている。さすがだ、と感動する声を発する加害者や姉はフィルの身を安じる様子は皆無だ。急速に冷えていく体と霞む視界、去っていく暴力の権化。全身を襲う虚脱感にフィルは抗わず、その身を委ねた。



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