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レイフォードは丁寧に老婆を馬車に乗せると、その一家を送りだした。彼らが差し出した金品をレイフォードは触れもせずに断る。それを受け取ればセフィは気にするだろう。
「必要はありません。むしろそれで、彼女を送ってやって下さい。あなた達がそのお金で少しでも暮らしが楽になった方が、喜ばれるでしょう」
困惑したような顔を向けていた息子がやっとそれを改めて納め直し、子供たちと妻を馬車に乗せ、去って行く。
それを見送ってから、レイフォードはセフィの家の方に足を向けた。心が急くのをそのまま現すように、足取りは速い。それほどに急いでいるレイフォードを目にすることは珍しい。
セフィの家の戸を勝手に開けて中に入るとレイフォードは真っ直ぐ、階上のセフィの私室に足を向ける。
セフィの家の中は風通しがよく、涼しく清浄な空気に包まれているように感じる。静かで、落ち着きがあり、さりげなく気を遣って配された家具はあたたかく優しい雰囲気を醸し出している。
一階の部屋はほとんどの部屋から森に出て行けるように大きなガラス戸がある。庭もその家の中の雰囲気をそのまま保っていた。それはそのまま、聖なる森の雰囲気に続いていく。
その静かな家の中にレイフォードの足音が響いた。
セフィの部屋の前に先客を認め、レイフォードは足を緩めた。
「カイザー……セフィは中か?」
「すっかり篭もっちまった」
セフィの家には鍵が一つもない。誰でも自由に出入りできるように。誰も拒まず受け入れるセフィの性格を現すように。
けれど月巫女の家にそれほど入ろうとする者はいないのだが。
それでもセフィの部屋は今、鍵をかけられるよりも硬く閉ざされている。開ければセフィがどのような反応を見せるか分からない。
レイフォードは軽く扉をノックした。中から答えはない。それでも、セフィは耳を傾けているだろう。
「わたしだ。セフィ、彼らは礼を言って帰ったよ。あの老婆は幸せだな」
しばらく返事はなかった。が、そのうち小さな声で答えが返ってくる。声は潤んでいた。
「その幸せな人をわたしは殺したのよ、レイ」
「セフィ……いつまでもそうだったとは限らないのだ。幸せは続くとは限らない。実際、彼らも限界だったろう。幸せなうちにあの老婆は、安らかに眠ったのだよ」
気休めにしかならないだろう。それにすらならないかもしれない。それでもレイフォードは言う。
なぜセフィばかりがこれほどに苦しむのだと思う。優しいばかりに、繊細なばかりに、そして、様々なことをセフィがきちんと考えるばかりに。与えられた力はそれとして何も考えずに受け入れたなら、セフィはもう少し苦しまずにすんだかもしれない。けれどそれまでもセフィは考える。
「セフィ、苦しまないでくれ……」
カイザーは目を見開いてレイフォードを見た。冷静で冷徹な監督官。双子の巫女と大して年の違わないレイフォードは監督官として育てられた。それでも、このような面を自分も知らないわけではなかったと思い直す。二人の巫女に平等に心を砕くレイフォードを知っている。甘やかすわけではなく、厳しさも交え、二人を守っている。
自分より長く側で見てきたレイフォードがセフィの苦しみを自分のもののように感じていてもそれはごく当たり前のことではないか。
部屋の中でセフィの動く衣擦れが聞こえた。扉の前でそれは止まる。そこで止まり、扉はまだ開かないだろう。
「大丈夫……自分でやったことだもの。ちゃんと、自分で……」
先程よりは湿り気のとれた声でセフィの声が言う。
「レイ、心配かけてごめんなさい。カイザーも……八つ当たりしてごめんなさい」
その声に、レイフォードがカイザーの顔をまじまじと見た。一体お前は何をしたんだと言うように。
その間にセフィがまた言う。
「明日にはいつも通りになるから。レイ、明日はレイのところに行っていい?」
「ああ、待っている。カイザーと一緒においで」