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日月(たちもち)の巫女  作者:
第二章
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 レイフォードの元にその一家が訪れたのは、二人の巫女が十五になる前日だった。もう身を起こすこともできないほどに弱った老婆を連れて。

 まだ本心から納得したようではない老婆の家族。その前で老婆は、レイフォードに月巫女、セフィの奇跡を望んだ。レイフォードは静かに目を閉じた。それから、老婆を見つめる。不治の病。もう、長く寝込んだままなのだろう。そしてもう、終わりの時は近づいている。と言っても、長い時間の中での話。まだ、病の苦しみはしばらく続くだろう。

「なぜ、日巫女ではなく月巫女を望むのですか。日巫女に、生きさせてくれと望むのではなく」

「わたしはもう年です。また、どこかが病にかかるでしょう。我が家は裕福ではない。わたしのこの病のためにどれだけ苦しい生活になっているかは分かっています」

 レイフォードはじっとその老婆を見つめる。確かに、グレイスに病をそのもとから治すことはできない。伝わってきた話には、それができる日巫女もいたらしい。が、グレイスは違う。命を長らえさせてもそれは、この老婆の場合何の懸念もない、健康な生ではない。

「月巫女様の安らぎを、わたしに下さいませ」

 細い声で老婆は重ねて言う。

 レイフォードは顔をしかめた。なぜこの日に。十五になるまでは、自分に日巫女、月巫女が力を使うことの決定権はある。そして、セフィがその力を使うのを嫌がるというよりも恐れているのをレイフォードは知っていた。


 そもそも、グレイスもセフィも自分の力の制御を自分の意志では最初できなかった。グレイスはともかく、セフィの場合それは、人を自分から遠ざける原因になった。しかし、幼い頃のセフィにそれが分かるはずもない。恐れて近づく者のないことにかんしゃくを起こしたことがあった。

 感情の爆発は、日巫女、月巫女にとってその力の暴走を意味することになる。

 グレイスの感情が高まり、力が勝手に外部に働きかけた時の話は、笑い話ですんでいる。目に見えて植物が成長し、病人が元気になり、花が咲き、皆が陽気に生き生きとしたのだから。

 しかし、セフィはそうはいかない。死をもたらすセフィの感情の爆発は、その安らぎを人にもたらすのではなく、力まかせの死をもたらしてしまう。苦しむことなく、何も気づくことなく。

 そして、制御して月巫女としてその力を使ったあと、セフィは不安定になる。どれほど相手がそれを望む理由に理解ができても、なぜ自ら死を望むと、心がついていけていないのだ。そして、落ち着くまで誰も寄りつかせない。痛々しいほどに、殻にこもるように閉じこもる。グレイスさえも寄せつけないのだ。


 考え込んだレイフォードに、老婆の一家は思い詰めた視線を注いでいる。いつまでも返ってこない答えに、息子が口を開いた。

「母の願いを聞いてやって下さい。わたし達も、母の気持ちには納得しています。母は、死を望むのではなく、安らぎをもらうのだと言います。もし我侭がかなうなら、その場にわたし達もいさせて欲しい」

 じっと目を閉じたレイフォードは、くるりと一家に背を向けた。

「お待ちなさい。月巫女に話してきてみましょう」


 セフィのところに着く前に、レイフォードはカイザーに会った。レイフォードの顔を見てカイザーが首を傾げる。

「何かあったのか」

「月巫女の奇跡を望む者が来たのだ」

「今日か?」

 カイザーが目に見えて顔をしかめる。その念頭にある思いはレイフォードと変わらない。なぜこの日に、という思いが出ている。レイフォードは頷くと、カイザーをその場に残して行こうとした。が、カイザーはついてくる。

「追い返せばいいだろう。いつも、そうしてるだろうが」

 いつもというわけではない。ただ、それは巫女の力を使わせることではない時には帰らせている。悪用しようとすればいくらでもできる仕事だ。

「今回は、そういうものじゃない」

 レイフォードの口調から、自分と同じ思いを見て取ったカイザーははっとして口をつぐんだ。つぐんだが、カイザーはそのように気を回す立場にいない。純粋にセフィを心配していられる。荒い足音を立ててレイフォードのすぐ後に続いた。


 入って来た二人の顔を見てセフィはすぐに察した。自分を気遣う二人は、そのためにいつも、月巫女に仕事だという時には顔に出ている。二人に気を使わせてしまうことが申し訳なかった。

 レイフォードが口を開く前にセフィは小さな笑みを浮かべた。

「どんな方ですか?」

 レイフォードが言うより先にセフィが尋ねる。まただ、と思いながら、レイフォードは少し気が軽くなるのを否定できなかった。セフィは人をほっとさせる。ただそれは、セフィを死をもたらす巫女と恐れていない者に限る。怖れはセフィのすること全てを悪くしか受け取れない。

「いいのかい?」

 レイフォードの声が優しくなった。気遣いが分かるセフィは微笑んで頷く。レイフォードはきちんと、自分達に話を持ってくる前にきちんと見てくれている。それが必要なことだと納得したから、こうして来たのだ。

「長い病の老婆だ。そして貧しい家の。君のやすらぎを」

「治る見込みは?」

 レイフォードは黙って首を振る。それがあれば、あのような家族の中に暮らしているのだ。月巫女を頼りはしないだろう。どれほど生活が苦しくても、先を見続けるだろう。

「家族もその場に一緒に居たいそうだ」

「うん。樫の木のところで」

「分かった」

 レイフォードは微笑んで戻っていく。セフィを力づけてやりたかった。しかし、自分が手を伸ばせばセフィは身を竦ませるだろう。いつでも、どれほど落ち着いている時でもセフィはグレイス以外に触れようとはしないのだから。


 部屋に戻ってセフィは月巫女の装束に着替えた。つい先日、尋ねてきた両親を迎えたときに着た装束。あの時には袖を通すことが楽しかった。

 これから自分は人を殺すのだ。



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