第1層 プロローグ
いつもと何も変化の無い田舎の風景。
そんな学校帰りの道のりを僕はゆっくり自転車で帰る。
普通高もはや2年目の夏を向かえ、この道を自転車で往復するのも丁度400回目だ。
しかし、今日の帰り道はいつもと雰囲気が違った。
「ん?」
黒い何かを横切った気がしたが、気のせいだろうか。
しかも通り過ぎた瞬間に寒気が……。
今日は遅めの帰りだったし、いつもと違って夕暮れ時だし気のせいだろう。
そう自分に思い込ませ、僕は自転車を強く漕ぎ、早々と家に帰る事にしたのだった。
次の日、学校から1本の電話があった。
内容は、今日は突然の事件で市内の学校が全て休みになったとの報告だった。
いつもなら「よっしゃ休みだ! 何するかなー」となるはずなんだが、今日は妙な胸騒ぎがして、さらに冷や汗が止まらない。
事件の起きた場所が、昨日僕が通った帰り道なのだ。
そして気がついたら僕は自転車を漕いで、昨日の違和感を感じた場所に来ていた。
「なんだよ、これ……」
僕は目の前の光景を見て声を漏らした。
警察や少数の人で囲まれた、いつもの通りのコンクリートの壁に出来たそれ。
それはとても大きな、横穴だった。
穴の幅は大型トラックが1台入る位の大きさ。
そして、その穴の周りには植物のツタの様な紋章が彫刻されていた。
これは間違いなく、人の手に創られた横穴だった。
だけど、1日でどうやって……。
そしてもう1つ疑問があった。
それは、その穴の目の前に置かれた死体だ。
体は大きく引き裂かれた後があり、見るも無残な姿だった。
さらに死体はあるが、その周囲に血痕がまるで見当たらないという変死体。
まさに怪奇的事件だと、警察の人は言っていた。
それで僕はその場で軽い取調べを受けてから、家にゆっくりと帰る事にしたのだった。
――まさかその時僕は、その謎の横穴と係わりを持つなんて思ってもいなかった。
横穴変死体事件が起きてから1週間が経ってからの登校。
あの事件は解決に向かうどころか、日に日に大規模に発展していったのだ。
テレビのニュースキャスターさんが、「巨大な横穴が世界各地で発生しています。その穴には絶対に近づかないようにしてください」と毎日のように言っている。
あの事件から1週間ずっと巨大な穴の話題しかテレビで流れていない。
テレビ情報だが、死者は日本でも1000人以上。
世界規模だと死者の数は数万人にも及んだ。
そういえば僕の学校からも死者が出た。
死んだ子は学校内でも名のある不良だったから、そこまで悲しむ人もいなかったが……。
ただ、その死の現場には同行していた不良がいて、そいつから妙な情報を聞いた。
あの穴は入ったら一瞬で死ぬ。
ジャンケンで負けたほうが10秒間穴の中に入る、という馬鹿な遊びを考えて死んだ子が入ったわけだが、5秒も経たない内に血だらけの死体で帰ってきた。
……ともまあ、何とも恐ろしい話だが現実で起こった事実なのだ。
そんなこんなを脳内でおさらいしていたら、1週間ぶりで午後から1時間だけの学校は、あっさり終ったのだった。
突然の出来事は、学校から自宅への帰り道で起きた。
それも、例によってあの妙な洞穴の前だ。
見知らぬ小さな女の子が、その穴のすぐ近くで泣いていたのだ。
白の薄地のワンピースを着て、目を擦りながらすすり泣いている。
場所も場所だし、放っておけないよな。
そう思い、僕は自転車を止めて彼女の顔を覗き込むように屈んで話しかけた。
「ねぇ、どうしたの?」
女の子は両目を擦り、すすり泣いたまま何も言わない。
……うーん困ったな。この子はこの辺りに住む子なのだろうか。
「どうして泣いてるの?」
「ぐすっ、ぐすっ……」
女の子はすすり泣きながら、片目を擦るのをやめて僕を見ながら穴の方向に指を指した。
あの穴に、一体何が?
……少し、嫌な予感がする。
「あの穴がどうしたの? あの穴は危険だ……って、おい!」
僕が話している途中で、女の子はあの穴に向かって走って行ったのだ。
そしてその小さな白い姿は、あっという間に穴の暗闇に消えていってしまった。
「嘘、だろ……。そんなのって……」
僕は穴の暗闇を呆然と見つめて、後悔する事しか出来なかった。
自分の背中に冷たいものが流れていくのが感じ取れた。
今、また1つ命が新たに消えたのだ。しかも小さな女の子。
しかし無意識のうちに僕は、女の子が穴に入ってから数字を数えていた。
最低な人間だ。そう思いながらも数を数え続けた。
「……って、あれ?」
もう1分をカウントしたに、何故か女の子は出てこない。
まだ中で生きている……のか?
それともあの情報が嘘だったのか?
いや、でも、しかし……。
数分に渡り悩み考えるが、その間も女の子が出てくる気配が無い。
女の子は中で生きている。今ならまだ助けることが出来る。
その答えに行き着いたとき、僕は自分の身の危険なんて考えもせず行動に走っていた。
「あの子はまだ死んでいない。今から追いつけば、まだ助けられるはずだ!」
このとき僕は不安要素なんてまるっきり無く、助けられるという自信に満ち溢れていた。
そして、僕は暗闇の広がる横穴に足を踏み入れ歩いていった。
こうして僕は、後悔への道筋を辿るのであった。




