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花言葉シリーズ

フウセンカズラ

作者:柊 サラ
 起承転結を蚊帳の外に置き、思いつくまま書き上げたお話です。どうぞ、お楽しみください。
 遊び疲れてソファーで眠ってしまった息子の髪をなでながら、妻はやわらかな笑みを浮かべている。私は、あどけない寝顔の息子に毛布をかけると、振動で起こしてしまわないように注意を払いながら、妻の隣に腰掛けた。
 私の方を振り返り、目でありがとうと微笑むと、視線を戻す。彼女の腹部は、心なしか大きくなっている気がした。
「………」
 子供を宿し、慈しむその光景に、私の中に苦い気持ちが沸き上がってくる。それは、過去の自分の身勝手な行動からくる罪悪感だった。
「――後悔……していないか?」
 堪えることが出来ずに、いつか訊こうとしていた言葉が口を突いた。
「え……?」
 唐突すぎる私の科白に、彼女はきょとんとした表情のまま私を見つめた。
 その顔と、かつて憎悪のこもった瞳で私を睨み付けた彼女の顔が重なる。
 私はもう、長年溜め込んだこの罪悪感を懺悔せずにいることが出来なくなってしまっていた。
「私は、狭量で身勝手な人間だ。……君には随分な仕打ちをしてきただろう?」
「………」

   ◇ ◇ ◇

 私が彼女と初めて会ったのは、父親の会社が主催した船上パーティーでのことだ。当時、彼女は十三歳。私は二十二歳だった。
 場慣れしていないらしく、心細そうに辺りを見回す不安気な顔も、親しい人にだけ見せる笑顔も、全て覚えている。そう、彼女を一目見た時から、私は囚われてしまっていた。

 彼女への想いを消せないまま、四年の月日が流れた。私は大学を卒業し、父の経営する会社に就職した。
 互いに数度会ったきり。この頃になると、彼女は私の顔すら忘れていただろう。
 そんなとき、それは起こった。
 ――彼女の両親が交通事故で亡くなった。
 その知らせが入ったとき、私は商談を終えて会社に戻る最中だった。
「今すぐ病院へ向かってくれ!」
 本当はすぐにでも仕上げなければならない仕事があったのだが、運転手に向かってそう叫ぶ自分の声を、どこか遠くで聞いていた。

 二人が運び込まれた病院に着くと、制服姿の彼女はたった一人で両親の遺体の傍に立っていた。近くまで行かないうちに、彼女の腰まで届く長い髪に隠れて、後向きのその肩が小刻みに震えていることに気が付く。
 思わず足を止めた私の革靴が、最後に案外と大きな音を立ててしまった。
 震えを止めた彼女が、目許を拭うような仕草をしてから振り替える。泣き腫らした瞳が、私の姿を映して見開かれた。
「あなたは………」
 言葉を途中で止めて過去の記憶を探っている様子の彼女は、やはり思い出すのに苦労しているようだ。無理もない。親しく言葉を交わしたことなどほとんど無いのだから。
 私が自分から名乗ると、彼女はようやく思い当たったようだ。
「ごめんなさい……以前、何度かお会いしましたよね」
 無理に笑顔を作ろうとしている様子が痛々しかった。何か話し掛けて気を紛らわせようにも、衝動的にここへ来てしまったので何を話していいのか分からない。そんな自分が恨めしかった。
「なぜ君しか居ないんだ……?」
 結局私は、近しい人を亡くした者に掛ける決まり切った科白を述べ、来た時から疑問に思っていたことを訊いた。会社のトップにいた人物が亡くなったのだから、それぞれの事情はどうであれ、普通はもっと人が居てもいいだろう。まして彼女だけとは、異常とも言えた。
「秘書の方は会社に戻っていて、それで……親戚の……方々は…………」
 彼女の声が次第に切れ切れになっていく。
 私は自分の迂闊さを呪った。おかしな事態になっているということはつまり、そこに何か隠しておきたくなるような異常があるということだ。なぜ話をする前にもっと早く気が付かなかったのだろう。そう思っても後の祭りだった。
「銀行の……方も来て……両親の会社の……経営の件で……」
 私は彼女の話を止めることも出来ずに、黙って聴いていた。
 彼女の話をまとめるとこうだ。
 彼女の亡くなった両親の会社は、長引く不況で経営が行き詰っていた。それでも何とか融資をしてもらい持ち堪えていたが、二人が亡くなったことが決定打となり、近い内に倒産することになるという。昔は恩恵に与ろうと両親に言い寄ってきた親戚たちも、自分にまで火の粉が飛んで来そうになると判るや否や、あっと言う間に姿を暗ましてしまったらしい。後には彼女と、莫大な負の遺産だけが残された。
「ごめんなさい……こんな話をして……」
 涙を止めようとしながら謝る彼女を前に、私は必死に考えていた。相続自体を放棄してしまうこともできるが、高校生とはいえ、まだ少女の域を脱していない彼女が一人で生きていけるほど世間は甘くない。相続をしても、一生かかっても返せるか分からない借金をこの先ずっと背負っていくことになる。結局、どちらを選んだとしても行き着く先は大して変わらないのだ。
「これを使うといい」
 ぱたぱたと透明な雫を落とす彼女に、私は鞄から予備のハンカチを取り出して渡した。
「すみません……」
 少女は俯き加減でそれを受け取ると、何度も目許に押し当てた。
 彼女を取り巻いているような状況は滅多に無いこととはいえ、決して珍しいことではない。そうした事例を実際にこの目で見たこともあった。そうした人たちの末路が、目の前にいる少女と重なる。
「――っ」
 そのとたん、私の中で言葉では言い表せない類の感情の塊が蠢いていた。父の側について策略を廻らせるのに似て、その負の想いは徐々に私の心を蝕んでいく。
「――大丈夫だ」
「え……?」
 内に渦巻く全ての感情を押し隠し、どうにか言葉を紡ぐ。突然のことに何のことか解っていない彼女に、再度聞かせる。
「大丈夫だ――きっと」
「――はい」
 目を見張った彼女は、初めて会ったあの日、友人に見せていたように小さく微笑む。
 目許に残る彼女の涙を眺めながら、白々しい自分の科白を心の内で嘲笑った。これからやろうとしていることを考えれば、彼女がもう私にこのような笑顔を見せてくれないだろうことは解っていた。
 それが非道であることは誰よりも自分が知っていた。
 しかし、私はエゴに塗れたこの考えを変えるつもりは微塵もなかった。


「こ……婚約ですか……?」
 昨日、微笑みを浮かべていた彼女が、呆然と私を見上げていた。
「それは君が決めることだ」
 容赦なく告げる私の声に、彼女の絶望の色が濃くなる。
 病院で彼女と会った後、私は急いで会社に戻ると彼女の両親の会社に融資をするために、父親を含めた管理者(トップ)たちと激論を交わした。彼女を助けたいという理由ではなく、ただ彼女を他の誰かに渡したくないという一方的で身勝手な所有欲に基づいた行動だった。
 どうにか主張を認めさせ、彼女の会社に提案すると、二つ返事で了承の知らせが戻ってきた。ただし、こちらが付けたある条件のせいで、全てが彼女次第になっていたのだが。
「だって、わたし……まだ高校生です!」
「もちろん君が大学を卒業するまでは結婚しないことを約束しよう」
「でも……っ」
 そう、私は彼女の人権を無視するような行動に出たのだ。
 ――彼女の婚約を条件に、会社を吸収合併する。
 彼女の両親の会社にとっては不利な条件ばかりの提案。しかし、それに縋るしか方法は残っていなかった。ただ、条件が条件なだけに判断を本人に託したのだ。
「嫌なら断ってもいい。ただ融資の話が無かったことになるだけだ。君のご両親の会社も、君の判断に任せると言っている」
 ただ事実を述べただけだが、優しい彼女が断ることが出来ないことを私は知っている。彼女は、自分が断ることで社員一人一人がどんな状況に陥るか、よく理解していた。
「昨日の優しさは、嘘だったのですか……っ!?」
 瞳を潤ませて私を睨む少女の顔に霞むのは、確かな憎悪の片鱗。やり場の無い感情が、静かに凝り固まっていく表情(かお)
「……」
 その全てが私の自業自得である以上、弁明の余地はなかった。
「――っ」
 無言を貫き通す私に、少女は息を呑み、今にも泣きそうな顔で眉を寄せた。
「――お受け致します」
 最後に、消え入りそうな声で彼女が言う。俯いて握り締められた手が微かに震えていた。その姿に、僅かに残っていた私の良心が痛む。
「では、後日また正式に報告に来よう」
 しかし、弁明の余地の無い彼女への仕打ちをした私は、無感情な表情のままそれだけ告げると、今は彼女がたった一人で暮らしている部屋から出て行った。


 その五年後、私と彼女は結婚した。
 婚約を発表してからは二人で食事などに出かけることも多かったが、彼女はいつも硬い表情で時おり私を見上げるだけだった。慣れないせいも確かにあっただろう。社長令嬢として暮らしてきたためテーブルマナーは完璧だったが、彼女は滅多にパーティーや食事会には参加していなかったのだから。
 もちろんその理由の大半が私の自己中心的な行動にあることは自覚しており、後ろめたさから冷たく接することしか出来なかったから、よけいに彼女が以前のように微笑まなくなるという悪循環だった。
 けれど彼女を手放したくないという感情は、あの時のまま、子どもが生まれた今なお燻っていた。自身の浅ましさに心底呆れる。そんなだから、私が奪ってしまった彼女の笑顔はもう二度と戻らないと覚悟していた。
 しかし、いつからだろう。
 いつから、彼女はこんなにも穏やかな笑みを浮かべるようになったのだろうか――。

   ◇ ◇ ◇

 黙ってしまった妻を見て、私は彼女が未だにあの時の仕打ちを忘れていないことを確信する。これ以上彼女の幸福を奪い、苦痛を与えてはならない。そう自分に言い聞かせ、燻っていた想いを無理やり封じて、彼女の望むようにしようと口を開きかけた、その時。
「――違います」
 凛とした声音が鼓膜を響かせた。
「違います――あなたは、優しい人です」
 息子を起こしてしまわないように小声で言い切った彼女は、少し泣きそうな顔をしていた。予想外の反応に、私は呆然と彼女を見ることしかできない。いつものような科白すら思い付かない自分がもどかしかった。
「なぜ……?」
 しばらくして、私は擦れた声でそうしぼり出した。続く言葉は、彼女の声に遮られる。
「確かに、憎くなかったと言えば嘘になります。最後に決めたのはわたしとはいえ、勝手に話を進めたあなたが、正直、恨めしかった――」
 一言一言が私の心に突き刺さっていく。同時に、酷く安堵したような気分にもなった。きっとこの十年余り、こうして彼女が私を断罪する瞬間を、私はずっと待ち望んでいたのかもしれない。
「でも……でも、あなたは十歳近く離れた子供のわたしを大切にしてくださいました」
「……」
 切々と彼女は言葉を紡いでいく。
「優しい人――わたしを助けるために、随分と無理を通してきたのでしょう? あなたがわたしを大切に想ってくださったから、わたしは今、ここにいます。そんなあなたを、愛せずにいられませんでした。わたしは――幸せです」
 目許に溜まっていた涙が堪え切れずに零れ落ち、彼女の頬を濡らした。そうして、あの日の笑顔で精一杯に言い切った。
「――っ」
 思わず、私は華奢な彼女を抱き寄せて、唇を重ねていた。
「――」
 背中に回された細い腕がシャツを握るのを感じながら、耳元で彼女の名前を囁く。はい、と確かな声で返ってきた。
「ありがとう、私の妻でいてくれて―――愛してる」
 ――これからも、ずっと。
 愚かな私が、これまで言えなかったその言葉。十年分の想いを込めて、それが彼女に届くことを願った。
     ―fin―
 稚拙な作品を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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