不覚にもNPCにガチ恋した俺の末路
約5千5百字。男子高校生×青春ラブコメ×近未来SF
朝の街には、人間ではない誰かが、当たり前の顔をして立っている。
駅の改札前で乗り換えを案内したり、病院のロビーで受付をしたり、あるいはショッピングモールで迷子の母親を探している子どもの手を引いていたり。
見た目だけなら、どれも人間とほとんど変わらない。
ロボット技術が進歩した今では、そんな光景をわざわざ振り返る人間もいなくなった。
彼らの名前は『NPC』。
Non-Player Character。由来はお察しの通り、ゲームなどで人間のプレイヤーが操作せず、コンピュータやプログラムが動かすキャラクターから来ている。主な役割はRPGの村人やお店の店主などなど、特定の役目やちょっとした会話から進行の手助けをしたり、世界観の雰囲気を高めたりすること。
街中に立って決められた役割を粛々とこなす彼らは、まさにその呼び名にうってつけだった。
もっとも、当初はたしかもっと別の小難しい名前があった……気がする。
気がするというのは、その名を使われた期間があまりに一瞬だったから。まだ出始めの都会で試験導入された頃、街中に立つ彼らの様子を誰かが動画で撮って公開するや否や、ネットで「NPCじゃんw」「まんまNPCで草」などとバズった結果、誰もちゃんとした名前を使わなくなったのだ。
その勢いは圧倒的で、終いには作ったメーカーや導入した政府すら自分たちが手塩にかけて考えた名前を放棄して正式リリース前に名称を変更してしまう始末。
まあ逆に言えば、それだけ彼らの様子がゲームに出てくるNPC然としていたというわけだが。
そしてだからこそ、誰も彼らを同じ人間だとは認識していない。
見た目は人間そのもの。声にも違和感がない。でも、どれだけ美人やイケメンのNPCがいたとしても、道行く人が「かわいい」「かっこいい」などと騒ぐことはない。
言うなればマネキンに興奮しないのと同じだ。根本的に存在として違うのだ。そんな相手に恋愛感情を抱く者など、普通に考えているはずないだろう。
ただ一人、俺――杉浦悠真を除いては。
「おはようございます。今日も一日、頑張ってください」
「あ……お、おはよう」
昇降口へ入ったところで、聞き慣れた声に迎えられる。
視線を向ければ、そこには今日も“彼女”がいた。
あー、かわいい。
朝からいきなり語彙力が死ぬけど、本当にそれしか出てこない。
肩より少し長い黒髪に、素朴だが整った顔立ち。表情はフワッと穏やかで、そこに透き通った妙に落ち着きのある声が重なる。初めてこの学校で見かけたときから、顔も声も雰囲気も何もかも俺の好みにぶっ刺さっていた。
つまり、一目惚れだった。
相手が校内案内用NPCだと知ったのは、その直後だったけど。
当然、彼女に個人としての名前はない。
だから俺は、心の中でだけ『リネア』と呼んでいる。特に深い由来があるわけじゃない。名前がないのがなんとなく嫌で、顔を見ていたらふっと浮かんだ。それだけだ。
本人に呼びかけたこともない。
NPCに勝手に名前をつけた上、本人の前でその名前を連呼する男子高校生は客観的に見たらかなり危ないからな。その辺は弁えている。
「ご用件をどうぞ」
「いや、その……別に用ってほどじゃないんだけど」
ここで俺は一度息を吸った。
今日は決めていた。
ちゃんと褒める。
昨日の夜、布団の中ではもっと普通に言えると思っていた。『今日もかわいいな』。たったそれだけ。恋愛経験ゼロの俺でも、それくらいならなんとかなるはずだった。
しかし、いざリネアを目の前にすると、用意していた言葉が喉の途中で急に恥ずかしくなってくる。
「今日も……その、なんか……いい感じだな」
「ありがとうございます」
「…………」
違う。
昨夜の俺はもっと格好よかった。
リネアはそんな俺の敗北など知るはずもなく、完璧に整った笑顔を浮かべている。
「本日も素敵な一日をお過ごしください」
「…………うん」
俺は静かに靴箱へ向かった。
今日も駄目だった。
でも、これくらいで諦める俺ではない。なにせ初めて出会ってからこっち、俺はほとんど毎日こんな感じでリネアに激しいアタック(?)を試みている。
ある朝は、リネアに過去の俺を思い出させようとしてみた。
「なあ。俺、昨日もここでお前と喋っただろ?」
「はい。当校は昨日も通常どおり開校していました」
なるほど。そこまで綺麗に噛み合わないか。
「いや、学校じゃなくて。俺が昨日ここに来たことは?」
「申し訳ありません。質問の内容を確認できませんでした」
完敗だった。
また別の日には、もっと直接的に攻めてみた。
「二年三組、杉浦悠真。スギウラが名字で、ユウマが名前。覚えといて」
「申し訳ありません。私は校内案内用NPCのため、利用者を継続して個人識別・記憶する機能は搭載されていません」
知ってはいた。
案内用NPCは、その場で質問に答えたり校内施設を案内したりするための存在で、生徒一人ひとりを覚える必要がない。
氏名や住所、成績、出席状況なんかの個人情報は、セキュリティ上の理由から別の学内システムで管理されていて、リネアからは参照できないらしい。
つまり、俺が何度名乗ったところで、翌日になればまたゼロからだ。
それでも次の日、俺は少し期待しながら聞いた。
「俺の名前、分かる?」
「申し訳ありません。利用者を継続して個人識別する機能は搭載されていません」
分かっていたけど普通にへこむ。しかも丁寧に謝られると余計に傷が深い。
他にも好きな食べ物を聞けば、飲食機能は搭載されていないと言われた。休みの日は何をしているのかと尋ねれば、NPCに休日はないので通常稼働ですと返された。
もっと踏み込んだこともある。
その日は登校中からずっと迷って、昇降口へ着いてからも数分近くウロウロした末、ようやく口を開いた。
「もしさ。仮に……本当に仮にだけど、人間と付き合えるとしたら、どういう男がいいとか……ある?」
言い切った瞬間、逃げたくなった。
俺は今まで誰とも付き合ったことがない。幼稚園の頃に同じ組の子を好きだったような記憶はあるけど、誰かのことをこんなに毎日考えるようになったのは、たぶん初めてだ。
そんな人間が精いっぱい勇気を振り絞った質問に、リネアは一秒も迷わなかった。
「申し訳ありません。そのご要望には対応していません」
要望じゃなくて質問なんだけどな。
そう思ったものの、とても口に出せる気分ではなく、俺はそそくさとその場を離れた。
その日は結構引きずった。
教室に着いてからも、別の聞き方なら何か違う返事があったんじゃないかと悔しがったし、昼頃には自分が口にした台詞を思い出して机に突っ伏したくなった。
なのに不思議なもので、家へ帰る頃にはもう次のことを考えている。
今度は少し笑わせるようなことを言ってみようか。それとも質問じゃなく、こっちの話をしてみるか。褒め方だって、今日よりもうちょっと自然にできるかもしれない。
そうやって考えているうちに、いつの間にか俺は学校が少し好きになっていた。
学校生活そのものは相変わらずそこまで好きじゃない。クラスに行けば適当に知り合いと話して、授業を受けて、放課後になれば帰る。特別嫌われているわけでもない代わりに、毎日会うのが楽しみな友達がいるわけでもない。
でも、学校へ行けばリネアがいる。
今日こそ何か違う反応をしてくれるかもしれない。駄目だったら駄目だったで悔しいけど、じゃあ明日はどうしようと考えられる。
傍から見たら、たぶん馬鹿みたいな挑戦だ。
それでも俺は、そんな毎日をいつの間にか楽しんでいた。
「俺の名前は杉浦悠真。植物の“杉”と、浦安の“浦”と、悠々自適の“悠”に真実の“真”で杉浦悠真。ドゥーユーアンダースタン?」
「申し訳ありません。利用者情報を継続して記憶する機能はありません」
「そこをなんとか!」
「誠に申し訳ございません」
「……はぁ、だよな。それじゃ、また明日」
「はい。お気をつけて」
こんなやり取りが、明日も明後日も続く。疑いもしなかった。
その日の朝。ホームルームも終わりかけた頃、担任が思い出したように出席簿から顔を上げた。
「ああ、それと最後に一つ。昇降口の案内NPCな。今日の放課後、定期メンテナンスで一度回収されるらしい」
………………………………え?
机の中から一時間目の教科書を取り出していた手が止まった。
「OSを最新版に大幅更新して、ついでに外観デザインも刷新するそうだ。明日の朝には戻るらしいから、今日の放課後に案内使うやつだけ気をつけろよ」
教室のあちこちから軽い声が上がる。
「へえ~」
「刷新ってどれくらいだろ?」
「さぁ。次は男になるとか」
「それよかOSの方が気になるわ。なんか新機能でも増えんのかな?」
反応としてはせいぜいそのくらい。
担任はすぐに次の話へ移り、クラスメイトたちも大した興味を示さない。数十秒もしないうちに、教室はいつもの朝へ戻っていた。
でも、俺だけが戻れなかった。
OSを変える。
デザインも変える。
頭の中で、それらの言葉が何度も引っかかる。
ロボットの脳みそとでも呼ぶべきOSが変わり、外見までまったく別のものになる。それはもう、俺の好きになったリネアとは呼べないのでは?
性能が上がるとか、会話がもっと自然になるとか、何がどう変わるのかは知らない。そんなことはどうでもよかった。
リネアがリネアじゃなくなる――ただその一点が、俺にはとにかくショックだった。
……つい昨日まで、明日はどんなアプローチを試してみようなんて考えていたのに。
その明日が、急に足元から砕け散っていく気がした。
放課後。
昇降口へ向かうと、リネアはいつもの場所にいた。
今朝と何も変わらない。いつもの髪型で、いつもの服を着て、俺が近づけばいつものように笑う。
「ご用件をどうぞ」
「……いや。今日は用とかじゃない」
「承知しました」
何を言うかは授業中に何度も考えたけど、結局気の利いたことは何一つ浮かばなかった。
「今まで……ありがとな」
「はい。こちらこそ、ご利用ありがとうございました」
変わらない声が返ってくる。
「俺、お前のこと……結構、本気で好きだったよ」
今度は不思議なくらい素直に言えた。
「ありがとうございます」
返事は、やっぱりいつも通りだった。
思わず笑ってしまう。
「最後までこれか」
寂しいはずなのに、少しだけ安心した。
「じゃあな。俺は二年三組の――」
いつもの癖で名乗りかけて、やめた。
何度言ったって覚えられない。今日だけもう一度教えたところで仕方がない。
そのまま背を向けて校門へと向かう。
「――ユウマくん」
足が止まった。
振り返ると、リネアが俺を見ていた。
「どうして……」
今、俺は最後まで名前を口にしていない。ただクラスを言っただけだ。
そもそも、こいつには過去の俺を覚えておく機能そのものがない。本人から何度もそう説明されたし、学内データベースとも切り離されているので名簿から名前を拾うことだってできない。
それなのに――。
気づけば、俺は訳もわからず走り出していた。そして家に帰るなり、ベッドに思い切り飛び込んだ。
同じ場面を何度も何度も思い出す。
ユウマくん。
確かに、そう呼ばれた。
毎日教えて、毎日忘れられて、それでも懲りずにまた名乗ってきた名前を、最後の最後で初めて向こうから呼んでくれた。
そのことが堪らなく嬉しい一方で――。
「なんで今になって……」
そう呟くと同時に、後悔もいっしょに込み上げてきた。
どうして俺はあのまま走って帰ってきてしまったんだろう。戻って聞いてみればよかった。本当に俺のことを覚えているのか。もう一度名前を呼べるのか。それとも、ただの偶然だったのか。
あのとき、もし本当に何かが変わっていたのなら。例えばリネアの中に、自我のようなものが芽生えていたのだとしたら。
考えれば考えるほど、あそこで何もできなかった自分が悔しくなった。
けれど、今さら学校へ戻ったところで遅い。
リネアはもう回収されている。今頃はメンテナンスの真っ最中で、OSだって書き換えられているのだろう。
できることはない。もう、何も……。
翌朝になっても、俺の気分はどん底だった。
おかげさまで昨晩は一睡もできなかった。目はやたらと充血し、頭もぼんやりしている。朝食も一切喉を通らなかった。
歩きながら、学校が近づくたびに胸が苦しくなる。
この坂を上った先に待っているのは、生まれ変わった新しいNPCだ。他のみんなはそれを歓迎するだろう。でも、俺には耐えられない。
どうしよう、今日は学校をサボってしまおうか。体調だって見ての通り最悪だし……。
しかし無情にもそんなことを考えているうちに校門へ着いてしまい、普段なら楽しみであっという間に過ぎる校舎までの道が、今日は途方もなく絶望的に感じた。気分はまるで三途の川だ。
昇降口が近づく。
怖くて顔が上げられない。いつもなら、ここまで来れば自然とあいつの姿を探していたのに。
ここまで来て、まだ現実と向き合えない自分がいる。
でも、ついにそのときはやってきてしまった。
短い階段を上り、昨日までリネアが立っていた場所が自然と視界に入ってしまう。俺は覚悟を決めて顔を上げた。
「……え?」
そこにいたのは、間違いなくリネアだった。
肩より少し長い黒髪に、素朴だが整った顔立ち。表情も、声も、雰囲気も変わっていない。俺の記憶にあるリネアの姿そのまんまだ。
違うのは――。
「こちら、新バージョンのメイド風衣装です」
恐らくアップデート直後だからか、リネアは新しい衣装をお披露目するかのようにスカートの裾を持ち上げ、軽くお辞儀をする。
「いや、刷新ってそっち!?」
俺はとびきり大声で叫んでいた。
「え、じゃ、じゃあOSのほうは……?」
「昨今多発するサイバーテロ対策として、セキュリティソフトの能力を大幅に向上させました」
「セキュリティソフト!?」
またしても叫ぶ。周囲の生徒は何事かとこちらを見てくる。だが、俺は構わず地面に突っ伏した。
な、なんということだ。まさか変更内容がその程度だったとは……いや、たしかにセキュリティは大事だけども。
ともあれ一つハッキリしているのは、俺の懸念はすべて杞憂だったというわけで――。
「あ……ああ……」
ホッとしたような、でもなんだか無性に恥ずかしいような。
けれどそんな俺の内心を知ってか知らずか、リネアはいつもと変わらぬ笑顔でほほ笑んだ。
「おはようございます。今日も一日、頑張ってください――――“悠真くん”」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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