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世界を救う勇者

作者: 水無月 黒
掲載日:2026/09/13

 その世界は、邪神の侵略を受けていた。

 邪神は地上に自身を信奉する眷属を作り、眷属に地上を支配させようと目論んだ。

 地上の全てを邪神の眷属が支配した時、邪神は世界の全てを奪い、この世界は終わるだろう。


 創世神プルウィアの加護を受けしフェリクス王国は、建国以来邪神の眷属と対峙してきた。

 北の山岳地帯の向こうには魔族。

 東の大森林には森人族。

 南の草原地帯には獣人族。

 西の海岸には魚人族。

 四方全てを邪神ソムニオの眷属の領域に囲まれ、人間の国フェリクス王国は孤軍奮闘していた。

 フェリクス王国の国土は神の結界に守られているから簡単には攻め込まれることはない。

 しかし、結界の外に出ると相手の方が数が多く、大規模な攻勢に出ることは難しかった。

 神の結界は邪神の眷属の能力を低下させるが絶対の守りではない。

 国内の守りも疎かにはできないため、国外に攻め込むための戦力が不足していた。

 これでは、邪教徒の亜人種を排除して人間の世界を取り戻すという建国以来の悲願を達することができない。

 そこで、フェリクス王国が頼るのが、異世界から召喚した勇者である。

 創世神の力を借りて召喚される勇者は非常に強い力を持つ。神の結界の外でも一騎当千の働きをする。

 邪神の眷属を勇者が蹴散らしている間に、軍に守られた神官が儀式を行って神の結界の要となる結界塔を作る。

 そうやって、神の結界――結界に守られる王国の領土を少しずつ拡大して行った。

 しかし、勇者を召喚するためには膨大な魔力が必要となる。

 一度に召喚できる勇者は一人のみ、その勇者が戦えなくなったとしても魔力が溜まるまでは次の勇者を召喚することはできない。

 勇者不在の期間に結界塔を破壊されて国土を奪われたこともある。

 この国は、勇者の存在に大きく依存していた。

 先代の勇者が天寿を全うして十余年。

 ようやく次の勇者の召喚が可能になったときには、だから、国中が沸いた。

 勇者召喚が行われる儀式場には、国王以下国の重鎮たちが集まっていた。

 国のトップが固唾をのんで見守る中、儀式は進んで行き、そして――


「成功だ、勇者様が召喚された!」


 儀式上の中央、召喚台と呼ばれるその場所に人影が現れた。

 この場には、勇者召喚に立ち会った経験のある者はいない。

 前回の勇者召喚の場にいた者は、存命でも既に高齢で、今回は来ていない。

 生涯に一度あるかないかの一大イベントではあるが、いつまでも感慨にふけっている場合ではない。

 国王が進み出て、勇者に向かって頭を下げた。


「勇者様、突然の召喚申し訳ございません。混乱なさっておいででしょうが、どうか我々の話を聞いてはいただけないでしょうか。」


 国王自らいきなり低姿勢なのには理由がある。

 勇者召喚の儀式は、異世界から勇者になり得る人物を強制的に召喚し高い能力を与えるが、召喚した人物を無理やりに従わせることはできない。

 召喚直後ならば力尽くで言うことを聞かせられるだろうが、いずれは力を付け一人で軍隊と同等以上の戦力となるのが勇者である。力で抑え込むには限度があった。

 勇者とは長い付き合いになるのだから、なるべく良い関係を築く必要がある。無理やり従わせるような真似をすれば、後々困ったことになるだろう。

 事情も分からずに強制召喚されて混乱しているであろう勇者に、まずは落ち着いてこちらの話を聞いてもらわなければならない。

 そのために重要となるのが第一印象である。

 勇者召喚に立ち会うことは、名誉なことであるとともに重大な責任を負っていた。

 国王を含め、全員が緊張した面持ちで見つめる中、しかし、当の勇者は非常に落ち着いていた。


「大丈夫だ。俺はここに来る途中で神様に会って話を聞いた。だいたいの事情は把握している。」


 予想外の勇者の言葉に、皆驚いた。

 過去の勇者召喚において一度もなかった出来事である。


「俺は、世界を救うためにここに来た!」

「おお……」

「勇者様!」

「創世神プルウィア様、感謝いたします。」


 勇者の言葉に、一同感激した。

 今回の勇者は、何か違う。

 その期待と感動は、やがて国民へと広がって行った。


 それから、勇者は積極的に行動した。

 剣の修業を始めれば、めきめきと腕を上げて、国内最強と呼ばれる騎士団長に試合で勝ち。

 魔法の勉強を始めれば、魔法の知識も技術も次々と習得して、宮廷魔法使いを束ねる魔法庁長官をして「もう教えることは何もない」と言わせ。

 この世界の地理、歴史、宗教、敵対する亜人種のこと等々、王宮にある大図書館の本を読み尽くす勢いで猛勉強をし。

 座学の知識だけでなく、国内のあちこちに出向いて、神殿の管理する結界塔から畑仕事をする農民まで見て回った。

 そして、勇者はふらりと一人で国の外に出ることもあった。

 フェリクス王国の周辺はすべて敵の領域である。

 たった一人で神の結界の外に出るなど、自殺行為だ。

 だが、勇者は強い。

 剣でも魔法でも既に王国内では並ぶ者がいないほどに強い。

 例え敵に見つかって囲まれたとしても、逃げ出すくらい造作もないことだろう。

 下手に護衛を付けても足手まといになるだけだ。

 実際、勇者はいつも平気な顔をして帰ってくる。傷一つ負ったこともない。

 時には「お土産」だと言って戦利品を持ち帰ることもあった。

 一人で持ち帰ることのできる量はたかが知れているが、国内では手に入らない珍しい品を手に入れてくるのである。

 先代勇者の例に倣えば、そろそろ国土を拡大するための活動を始めても良いだけの強さを今の勇者は既に得ていた。

 しかし、勇者は「世界を救うための下調べ」と称して勉強と調査を続けていた。

 今回の勇者は何かが違う。

 フェリクス王国建国以来三百年、直接神の啓示を受け、最初から世界を救う使命を負って召喚された勇者は初めてだった。

 人々は、期待を込めて勇者の行動を見守った。


 そして、ついに時は満ちた。

 勇者が今後の方針を説明すると聞いて、国の重鎮が集まってきた。

 場所は勇者召喚が行われた儀式場。勇者が召喚された当日を再現するかのような顔ぶれである。

 ただし、勇者の姿は召喚当時のものではなく、白銀の鎧に聖剣を携えた勇者の正装である。

 一通り集まったことを確認して、勇者は話を始めた。


「まずは、このことを伝えなければならないだろう。俺はこの世界に召喚された際に神様に会った。混乱させるだけだろうから詳しく言わなかったその話だ。」


 真剣に聞き入る様子を見て、勇者は言葉を続けた。


「勇者として召喚されてこの世界に来る途中、世界の狭間で俺は二柱の神と出会った。

 そのうち一柱は俺の元居た世界の神で、名前を聞いても分からないだろうから割愛する。

 そしてもう一柱は、()()()()()()()と名乗った。」


 一瞬の沈黙。

 勇者の言葉を理解するのにそれだけの時間がかかった。

 いや、無意識に理解を拒んだのか。

 しかし、一度理解してしまうと、今度は一気にざわつきだした。


「ゆ、勇者様! それは邪神の名前です!!」

「騙されないでください、勇者様!」


 この場にいるのは国の重鎮。いかなる非常事態にも冷静に対処しなければならない立場の者達である。

 その重鎮たちが、感情をむき出しにして慌てふためいている。

 勇者のただ一言が、それほどに衝撃だったのだ。

 こうなることを予想していたから、勇者はこれまでこの話を避けていたのだ。


「まあ、落ち着け。俺は相手が神様だからと言って、何も考えずに言いなりになる気はない。」


 勇者は慌てる人たちを宥めながら話を続けた。


「俺は、この世界に来てから事実関係を徹底的に調べた。まず重要なことは、『神は人に嘘をつかない』と言う点だ。そうだろう、神官長?」

「は、はい。神は人に対して嘘を言うことはありません。それは神の世界の決まり事であり、邪神と言えども神である以上従わざるを得ないルールだそうです。」


 突然話を振られた神官長は、焦りながらもどうにか答えた。

 神は人に嘘をつかない。それは力を持った神が人の世界に過剰に干渉しないために設けられた制約である。

 人を慮って行われる自主規制ではなく、神の世界で定められた厳格なルールであるため、世界の破滅をもくろむ邪神であっても逆らえないのである。


「神の力を借りて行われる勇者召喚は、魔法と言うよりも神の奇跡に近い。その勇者召喚に割り込むことができるのは神だけだ。つまり、俺が会ったのは間違いなく神であり、その神が明言している以上、ソムニオは創世神だ。」


 勇者の話が進むにつれ、神官長の顔は青くなった。

 神は嘘をつかない。たとえ邪神だろうとも、神の口から出た言葉は真実だ。

 ソムニオが創世神だと神が言ったのならばそれは間違いなく事実である。

 この世界を創った唯一無二の創世神がソムニオならば、自分たちの信奉するプルウィアは創世神ではないことになる。

 あくまでプルウィアが創世神だと主張するならば、勇者が嘘をついていることになる。

 神は嘘をつかないが、人は嘘をつく。

 しかし、神官たちや神官を束ねる組織としての神殿では、神によって召喚された勇者は神の使徒であり、この世界の誰よりも神に近い存在と考えている。

 国王が勇者と仲違いした場合でも、神殿は勇者を信じ、支えなければならない。

 その勇者を、邪神に与する嘘つきと糾弾することは、神殿の方針と教義に反する行為なのだ。

 つまり、どちらにしても、信仰の危機である。

 悩む神官長に、勇者は容赦なく追い打ちをかける。


「他にも根拠はあるぞ。神殿で見せてもらった過去の神託、全て読ませてもらったが、プルウィアが自分は創世神だと語った個所はどこにもなかったぞ。俺の読まなかった神託があって、その中で創世神だと言っていたりするのか?」

「いえ、そのようなことは……」


 あるはずがない。

 神殿としては勇者に隠し立てするようなことは、公的には何もないし、プルウィアが創世神である証拠を隠し立てする理由もない。


「もっと直接的な証拠もあるぞ。魔法庁長官、ちょっとここを読んでみてくれないか。」

「え、あ、はい。」


 勇者は、勇者召喚に使用された召喚台の一部を指さした。


「勇者召喚は世界の危機に対応するために世界の初めから用意された非常装置で、この召喚台は創世神から与えられた神器だ。普段は神官が管理しているが、書かれているのは魔法文字だ。魔法使いならば読めるだろう。そこに書かれている名前は……」

「……ソムニオ。」

「!」


 震える声で魔法庁長官が読み上げた。

 集まった者達に動揺が広がる。

 その動揺がパニックに変わる前に、勇者は人々を制するように言葉を続けた。


「正直、どちらが創世神かなんてどうでもいいんだ。神様の事情なんて分かるはずがない。世界を創った創世神が、後に世界を破壊する邪神になることがないとは言えないだろう。」


 この国の人々混乱させる大問題を、勇者は切って捨てる。

 神様の世界の話は、人にどうこうできるものではない。

 だから、勇者は自分にできることに専念する。


「問題は、世界が滅びる原因と対処法だ。それをずっと調べていたんだが……正直、この国の人間は考えが足りないというか情報収集やる気あるのか? 今の創世神の話だって、神官と魔法使いが協力し合っていればもっと早くに分かっていたはずだ。」


 神官長と魔法庁長官が首をすくめた。

 神事は神官、魔法は魔法使いとそれぞれ縄張りを決めて相手を立ち入らせなかったことが今の事態を招いた。

 神は嘘をつかない。

 プルウィアを勝手に創世神だということにしたのは、間違いなく人間――おそらくは過去の神官の誰かだろう。

 その間違いを正す知識を持っていながら何もしなかったのは、魔法使いの怠慢だった。

 もっと早くに知っていれば、ソムニオが創世神であると聞かされてもこれほどまでに動揺することはなかっただろう。


「それに、仮想敵としている国の周囲の連中について、まったく調べていないのはどうかと思うぞ。」


 容赦のない勇者の言葉が、その矛先を変えた。

 心当たりのある何人かが、そっと目をそらした。


「この国の者たちが魔族とか亜人種とか言っている連中、全部ただの人間だった。人種や民族の違いはあっても、種が異なると言えるほどの違いはなかったな。」

「え?」

「は?」


 勇者が再び爆弾を投げ込んだ。


「例えば、北の魔族と呼んでいる連中は、単に魔法が得意な連中だったぞ。角も羽も尻尾も生えていない普通の人間だった。」


 この国における魔族のイメージは、頭に角、尻からは細長い尻尾、背中には蝙蝠のような羽をはやした悪魔のような姿である。


「騙されてはいけません、勇者様。魔族は魔法で人の姿に化けることができるのです!」

「それ、自分で見たのか?」

「え? いや、あの、その……いえ。」

「俺は直に見てきたぞ。大きな都市でも、小さな農村でも、男も女も、小さな子供もお年寄りも、誰もが人の姿をしていた。明らかに非戦闘員を含めた全員が魔法で変身していたと思うか?」

「……」


 直に見たことがあるかと問われたら沈黙せざるを得ない。

 先代勇者が健在だったころには国の外に出て戦うこともあったが、勇者が第一線を退いてからは国――神の結界の内側に引きこもって防衛に徹していた。

 国外の者を見る機会など襲撃を受けた時に限られ、敵国のど真ん中に行ってじっくりと観察するような真似ができるのは勇者に限られていた。


「南の獣人族と言うのも普通の人間だった。体の一部が獣の姿をした奴なんていなかったぞ。」

「……勇者様、獣人族は戦闘時に獣の姿になると言い伝えられています。」


 先ほどとは別の者が勇者に反論する。

 やや自信なさげなのは、自分の目で確かめたわけではないからだろう。

 ただ、勇者が戦闘を避けながら情報収集を行っていたのならば、獣人族の本当の先頭スタイルを見ていない可能性がある。

 可能性はあるのだが――


「昔は戦いに際して、動物の毛皮をかぶったり獣のまねをすることでその強さを取り込むと言う儀式を行う風習があったそうだ。」


 人から獣に物理的に姿を変えることよりも、精神的な意味で獣に変身することの方がありそうだった。


「東の森人族は森を抜けた先に都市を作って暮らしていて、森中で会うのは猟師か木こりだけだった。西の魚人族は単に泳ぎの上手い漁師だった。」

「……」


 もはや、反論の言葉も出ない。


「悪魔っ娘も、ケモ耳も、エルフも、人魚もいない。俺のファンタジーへの期待を返せ!」

「ゆ、勇者様?」


 勇者は、他の者が理解できない理由で憤っていた。


「まあそれはともかく、同じ人間であることは間違いない。普通に子供を作れる程度に同じ種だ。実際、過去にフェリクス王国から追放された者と現地の人間との間に生まれた子孫がいたからな。」


 勇者の何気ない一言だったが、聞いていた者達に動揺が走った。

 フェリクス王国では、神の結界に守られた国内は安全だが、外に出れば凶悪な亜人種になぶり殺しにされてしまうと考えられていた。

 だから、国に不満のある者も国外へと出ていくことはないし、国外追放は死刑よりも重い刑罰と考えられていた。

 しかし、国の外に出でも普通に生きていけるとなると、その前提が崩れる。

 下手に国民に知られると、国が混乱しかねない危険な情報だった。


()()()()()()()()()()()、新たな眷属を作る余裕はなくて、元からいた人間を眷属として取り込んだのだろう。この国の中と外の者の違いは、種族ではなく信仰する神だけだ。」


 勇者の言葉に含まれる不穏な気配に何人が気付いただろうか。


「この国の周囲の連中は千年以上前からソムニオを信仰していたらしい。ソムニオは古くからの信者をそのまま眷属にしたのだろう。フェリクス王国が建国したのが三百年前。おそらくその時代にプルウィアがこの世界に介入したのだろう。」

「いえ、勇者様。フェリクス王国以前に、邪神の眷属に滅ぼされたオムニブス帝国が存在したのです。我が国は、滅びたオムニブス帝国を受け継ぐ正統な王国なのです。」


 勇者の言葉に必死になって異を唱える者は、勇者の考えになんとなく気付いたのだろう。

 勇者が会ったのは、この国では邪神とされるソムニオである。勇者は間違いなくソムニオに都合の良い話を聞かされたはずである。

 しかし、勇者は相手が神であっても妄信はしなかった。

 結果的にソムニオが創世神であることを証明した勇者だったが、ソムニオの言葉だけを根拠とするのではなく、この国の者にも確認できる証拠を用意して見せた。

 さらには、創世神が邪神に堕ちた可能性すら示唆して見せた。勇者は決してソムニオの信者ではない。

 だが、勇者はプルウィアを信奉しているわけでもない。

 プルウィアもソムニオも全く同じように扱い、自分で調べ上げた根拠をもとに判断する。それが勇者のスタンスだった。

 もしも、プルウィアに不利な証拠を勇者が見つけたら、プルウィアを邪神と断定してフェリクス王国と対立する可能性すらあった。

 召喚した勇者が国に背くなどと言うことは、建国以来なかった非常事態となる。

 だから、勇者が()()()()()をしないように、必死になって反論しているのだ。

 プルウィアの信仰はもっと古くからの由緒あるものだと。


「正しくは、オムニブス魔法帝国だな。」


 だが、勇者はその程度のことは調査済みだった。


「まだあるぞ、オムニブス魔法帝国。この国の者が『魔族』と呼んでいる連中の国、それがオムニブス魔法帝国だ。」

「はぁ!?」


 さらに爆弾発言を追加でぶち込んできた。

 フェリクス王国の正統性を揺るがしかねない勇者の発言に、再び動揺が走る。


「この国の歴史を調べると、建国前後の時期の記述には不自然な点が多い。

 オムニブス魔法帝国が滅んだ後に建国したことになっているが、帝国から亡命者や避難民がやってきた形跡はない。

 帝国滅亡後、神の結界が作られ、フェリクス王国の建国を宣言、その後魔族が攻めてくることになるが、『帝国全土を瞬く間に蹂躙し、フェリクス王国に対しても苛烈に攻め立てた魔族』にしては初動が遅すぎる。

 他にも経緯が不自然だったり、脈絡もなく突然発生した出来事も多い。歴史の隠ぺい、改竄、捏造が行われていることは間違いない。」


 一般国民には単純な英雄譚として流布されている建国説話も、国の要職を務める知識人ともなればより詳しい歴史を習っている。

 指摘されれば不自然な点を理解できる程度には知識があるのだ。

 勇者に歴史を説いたのは完全に藪蛇だった。


「オムニブス魔法帝国側の記録では、当時帝国の一部であったフェリクス領が突然造反し、交渉にも応じなかったため暴徒鎮圧の軍を派兵したとある。

 神の結界に阻まれて鎮圧には失敗したようだが、今でもオムニブス魔法帝国では『暴徒に占拠されたフェリクス領』という扱いになっているぞ。

 おそらく、帝国に反旗を翻さなければならない深刻な理由があって、帝国で信奉されているソムニオと対立するプルウィアに救いを求めて神の結界を授かったのだろう。

 いかなる理由で帝国と袂を分かつことになったのかは、帝国にも王国にも記録が残っていないから不明だ。

 他に記録が残っているとすれば、フェリクス王国の王家に何か伝わっていないかだが……」


 思わず皆の視線が国王に集まる。

 しかし、国王は黙って首を横に振った。

 詳しい経緯は王家にも伝わっていないのか。

 伝わっていても、公にはできない話なのか。


「まあ、経緯はともかく、神々の争いとは別に人間同士の争いもある。それらは分けて考えなければならない。」


 自国の一部が勝手に離反して独立国を名乗ったりしたら、戦争にもなるだろう。

 それは、人と人との争いである。


「重要なことは、『地上の全てを邪神の眷属が支配した時に世界が終わる』という点だ。これは、プルウィアもソムニオも神託で言っているから間違いないだろう。世界の滅亡に人間が関わっているのならば、人の行動によって世界の滅亡を防ぐことも可能だ。」


 勇者の話が変わった。

 いや、ようやく本題に入ったのだ。

 ここまでは、あまりに国外の情勢を知らない者達に前提となる知識を提示したに過ぎなかった。


「世界の滅亡につながる大規模な儀式や神事が行われていないかと、この国の周囲の者達の暮らしを見て回ったが、それらしいものは見当たらなかった。日々の祈りや祭事はこの国と大差ないし、たまに下る神託にも怪しいものはなかった。邪神を召喚する怪しげな儀式とかはまるで見かけなかったぞ。」

「あの、勇者様。その手の儀式は隠れてこっそり行われるのではないでしょうか。」


 勇者に対する反論が及び腰なのは、先ほどの藪蛇がよほど堪えたのだろう。

 勇者の言葉に悪意はないが、容赦もなかった。


「異端や反社会だと自認していれば隠すだろう。だが彼らは自分を邪神の眷属だとは思っていない。創世神として主神としてのソムニオを信奉しているだけだ。己に疚しい思いがなく、同じ国の誰もがその信仰を認めているのだから隠す必要などどこにもない。」


 当然、勇者はその程度の反論には動じない。

 少なくとも国外の事柄に関しては、異世界出身の勇者がフェリクス王国の誰よりも詳しくなっていた。

 そして、この国の人間は国外の者達を「邪悪な邪神の眷属」としか見ていない。

 勇者が、信じる神が違うだけで同じ人間だ、と説明しても偏見は簡単には無くならない。

 国の重鎮からしてこうなのだ。

 神の結界に引きこもり続けた国が、いかに国外に対して無関心だったか分かろうと言うものだ。


「だから、ソムニオが邪神であると仮定した場合、世界が滅亡する道筋は三パターン考えられる。

 一つ目は、この国から離れた遠い場所で世界を滅亡させるための何かが始まっている。

 最終的には全ての場所行うにしても、敵対勢力の近くを後回しにしたとすればあり得ない話ではない。

 二つ目は、地上の全てを眷属が支配した後に世界を滅ぼす何らかの行動を起こす。

 今はまだ具体的な行動は起こしておらず、邪魔する者がいなくなった時点で神託を下して一気に世界を滅ぼさせると考えられる。

 三つめは、自分の眷属が地上を支配することで神々の間での力関係が変化し、邪神が自ら世界を滅ぼせるようになるということ。

 人間の行動が直接世界を滅ぼすのではなく、眷属が増えることで邪神の行動に対する制限が解除される可能性があるということだ。」


 理路整然と語る勇者に皆感心する。

 結局邪神が何をしているのかは判然とせず、今まで通り邪神の眷属が全土を支配しないように国を守ることしかできないのだが、それは仕方のないことである。

 だが、この勇者はそれだけでは終わらない。


「これらはプルウィアが邪神だと仮定した場合にも当てはまる。」


 ソムニオだけでなく、ちゃんとプルウィアが邪神の場合も想定する。

 本来、この国の人がそんなことを言い出したら大変なことになる。

 異端とか邪神の眷属とかの疑いをかけられて、最悪は国外追放だろう。

 だが、この国では勇者もまた神の使いという扱いになっていた。

 フェリクス王国に勇者を裁く法はない。

 ついでに言えば、既に国内最強であり、単身で一軍にも匹敵する戦闘能力を保有する勇者が本気で抵抗すれば、拘束したり強制したりすることは困難だった。

 本日何度目かの動揺が広がる。

 ある者は頭を抱え、またある者は諦め顔だ。

 そんな人々の混乱に取り合わず、勇者は話を続けた。


「だが、プルウィア陣営、つまりこのフェリクス王国においては他にはない神事が二つ行われている。それは、勇者召喚と神の結界だ。」


 勇者の言葉に、何人かがはっとする。

 この国の者は、当たり前になっていて意識していないが、それらは確かに他では行われていない特別な神事だった。

 ソムニオもプルウィアも公平に疑う勇者からすれば、さぞかし疑わしいだろう。


「勇者召喚に関しては除外してよいだろう。敵対する異教徒がいなくなった時点で続ける大義は無くなるし、神器である召喚台が必要だからプルウィアの眷属がどれだけ増えても実行されるのはこの場所だけだ。『地上の全てを邪神の眷属が支配した時』に訪れる世界の滅亡の直接的な原因とは考え難い。」


 場の空気が少し緩む。

 プルウィアを擁護するためにあえてあり得ない仮定を行って否定したのではないか、などと考える者もいた。

 だが、それも一瞬のことだった。


「一方で、神の結界はフェリクス王国の領土が拡大するほどその範囲が広がる。魔物対策にもなるから異教徒が消えても神の結界は残すだろう。つまり、地上を全てプルウィアの眷属が支配すれば、神の結界が全土を覆うことになる。世界を滅ぼす細工がしてあるとすれば、現状では神の結界が一番怪しいだろう。」


 一転して疑いが深まった。根拠があって疑っているから厄介だった。

 聞いている方は、感情を揺さぶられまくってそろそろ疲れてきている。

 それでも、勇者は追及の手を緩めない。


「そこで、神の結界が何を行っているのか調べてみた。」

「え?」


 神聖不可侵とされている神の結界について、この国では研究しようとする者さえいない。

 神の結界を構成する結界塔、その中央に設置された結界装置は専門の神官が作成、管理を行い、一般人は目にすることすら叶わない。

 その神官たちにしても、作り方と扱い方を知っているだけで、その仕組みまでは知らない。

 それは、神の領域の技術なのだ。

 人が立ち入ってはならないこの国の禁忌(タブー)に対し、しかし勇者は容赦なく切り込んでいった。


「これが結界塔の中に設置されていた魔法装置に描かれていた魔法陣だ。神の結界の効果はこの辺りを読めば分かる。」


 勇者は用意していた紙を広げると、その一部を指し示した。

 そして、魔法庁長官に向かって読めと促す。


「……魔力の強制徴収です。」

「その効果の対象外がここに指定されている。」

「……プルウィア様が指定した者、です。」

「そう、それが神の結界の効果だ。」


 この世界では、人間を含めあらゆる生物は魔力を宿している。

 魔力は生命活動に直結しており、魔力が無くなれば生きていけない。

 特に保有する魔力の多い者は、魔力を使用して魔法を行使したり、身体能力を強化したりすることができる。

 なお、人間以外で魔力を利用して特殊な能力を使用する生物を魔物と呼ぶ。

 人手も魔物でも、魔法や身体強化に使用する魔力を奪われると戦闘能力が激減するし、生命活動に必要な魔力まで奪われると体調を崩し、最悪死に至る。


「強い人間は基本的に魔力を使用しているから、魔力を奪われると一気に弱体化し、人によっては日常生活にも支障をきたす。プルウィアに認められたこの国の者は影響を受けないが、他所から来た者は著しく弱くなって戦うどころではなくなる。これが神の結界がこの国を守ってきた仕組みだ。」


 神の神秘が暴かれた。

 むろん、すべてが解明されたわけではなく、全体としてみれば人の手では再現できない神の御業であることに違いはない。

 だが、一部とはいえ人の扱うような魔法で説明してしまった。

 普通、こんなことを言い出したら神官たちに目を付けられる。下手をすれば異端扱いだ。

 言い出した相手が勇者でなければ。

 勇者相手に抗議することもできないであたふたする神官に目もくれず、勇者は話を続ける。


「そして、神の結界が吸収した魔力の行き先が、ここだ。」


 勇者は、召喚台の手前の床を引っぺがした。

 迷いもためらいもなく、勇者は手慣れた様子で床板の一枚を正確に持ち上げ、わきに避けた。

 床下から現れたのは、複雑な魔法陣の一部である。


「神の結界から送られてきた魔力は、一旦ここで受けて、こちらに流れる。この部分で流量の調節が行われて、一部は召喚台に供給される。残りはこちらに流れて……」

「……プルウィア様に捧げられます。」


 勇者に促されて、魔法庁長官が示された部分を解読する。


「勇者召喚は世界の危機に対応するための非常として用意されたもので、神器である召喚台は大気に含まれる魔力を吸収して数十年ほどで必要な魔力が溜まる。召喚台に魔力が溜まり、ソムニオが許可した時のみ勇者召喚を行うことができる、というのが本来の仕様だったらしい。これはソムニオ自身が言っていたことだから間違いないだろう。」


 神は人に嘘を言わない。それはたとえ邪神であっても従わなければならない神のルール。

 ソムニオが神器召喚台を作った創世神であることは既に勇者が示しているし、直接神から聞いたというのならば正しいのだろう。

 人々は、勇者の話が何処へ向かうのか恐々としながら続きを聞いた。


「だが、神の結界は召喚台が吸収する魔力まで奪ってしまう。召喚台周辺の魔法装置は、その問題点を解消するために後付けで作られたものだろう。ソムニオを邪神と仮定するならば、主神の座を明け渡す際に勇者召喚の許可を出す権限を放棄しなかった可能性がある。プルウィアに捧げられる魔力は、その制限を解除するために使用されると考えればつじつまが合う。」


 何人かが安堵の息を吐く。

 プルウィアへの疑いがこれで晴れたと思ったのだろう。

 信仰心があれば、自分たちが納得する説明があればそれだけで十分だ。確証なんて必要ない。

 信者同士ならばそれで十分納得するし、疑問を持つ者は異端扱いされかねない。

 だが、勇者は違う。

 この勇者はそんな甘いことは言わない。

 そもそも、この世界の神に対する信仰心など、この勇者には最初から存在しない。

 そんな勇者のスタンスを理解した何人かが、次の勇者の言葉に備えて身構える。


「逆に、プルウィアが邪神だった場合、神の結界は世界を滅ぼす手段となり得る。誰を除外しどの程度の魔力を徴用するかはプルウィアの裁量にかかっている。もしも全ての人間を対象に最大限の魔力を徴用すれば、結界内の生物は死滅する。徴用された魔力はプルウィアに捧げられるから、この世界の資源を魔力の形で奪いつくすことができる。」


 人々を守るはずの神の結界が、突如として人々に牙を剥く。

 どれほど強い者も、強さの源である魔力を奪われたら無力だ。

 魔力を奪われ続ければ体調不良を起こし、やがて体も動かせなくなって死に至る。

 逃げようにも、地上の全土を神の結界が覆っていれば逃げ場はない。

 そして、あらゆる生物が死に絶えた後も魔力を徴収し続ければどうなるか?

 魔力は万物に宿る。土にも水にも大気にも。有機物無機物を問わずあらゆる物質は魔力を含んでいる。

 その魔力が失われれば、あらゆる物は形を失い、色を失い、性質を失う。

 何もかも失われて灰色の塵となり、死体すら残らない完全な滅び。

 その情景を想像して、神官長は青くなる。


――地上の全てを邪神の眷属が支配した時、邪神は世界の全てを奪い、この世界は終わるだろう。


 それは、預言された終末の姿であった。

 信仰の篤い神官長であっても、一瞬自分たちの方が邪神の眷属なのではないかと想像してしまい、気が遠くなった。


「今後は、神の結界に頼らないことをお勧めするよ。」


 信仰心のない勇者は、いとも簡単にそんなことを言う。

 勇者の考えは、とても単純だ。

 リスクがあるならば、なるべく避ける。

 世界が滅亡するようなリスクともなれば、最優先で回避すべきだろう。

 負ければ破滅するような賭けをしてはいけない。

 ただそれだけだ。

 だが、この国の者にとって、そこまで簡単に割り切れる話ではない。


「お言葉ですが、勇者様。我々は創世神――いえ、主神であるプルウィア様を信じています。神の恩寵を拒絶することなどできません。」


 そう言ったのは、神官ではなく武官だった。

 単なる信仰心だけでなく、国防の面でも神の結界を必要としているのだろう。


「いつまで神の慈悲にすがり続けるつもりだ?」


 対する勇者の答えは冷たかった。


「三百年前はよほどの事情が会って神にすがったのだろう。だが、一度助けてくれたからと言って、いつまで助けてもらい続けるつもりだ? 神様が助けてくれるのが当たり前だと思っていないか?」


 予想外に強い勇者の言葉に、言い出した当人だけでなく、他の者達も静まり返ってしまった。


「ソムニオが邪神だった場合、この世界の全てを知り尽くした元創世神相手にプルウィアは苦労しているはずだ。そんな神に、国の防衛を丸投げしてしまってよいのか? これは本来人と人との戦いなんだぞ。」


 勇者からすれば、プルウィアが邪神だった場合はもとより、この世界の主神であった場合でも神の結界に頼るべきではないという考えだった。

 フェリクス王国の戦いは、あくまで領土をめぐる人間同士の戦争であり、いつまでも神に頼りっぱなしではいけない。

 勇者の意見に、何人かが考え込む。


「まあ、神の結界についてはよく考えてみることだ。まだ時間はあると思うが、神の側の都合でいきなり神の結界がなくなることだってあり得るということは覚悟しておくべきだろう。」


 プルウィアが邪神であり、世界を滅ぼす手段が神の結界だとしても、世界を覆いつくすまでにはまだまだ時間がかかる。

 世界の滅亡を回避するという点では、現時点ではそれほど重要ではない。

 しかし、神に頼った守りは神の都合で失われる恐れがある。

 あるいは、ソムニオが神の結界に対する対抗策を眷属に与えるかもしれない。

 神の結界が突然無くなったり、通用しなくなったりしたら大変なことになるだろう。

 ソムニオが邪神だったとしても、それだけで世界が亡びるところまでは行かないだろうが、フェリクス王国としてはかなりの苦境に立たされるはずだ。

 勇者の言葉は厳しいが、親切心で言っていることは間違いない。


「さて、それはそれとして。俺は召喚された時から、これだけはやっておかなければならないと思っていたことがある。」


 そう言うと、勇者は聖剣をすらりと抜き放つ。

 そして、何の躊躇もなく召喚台に突き立てた!


「ゆ、勇者様、いったい何を!?」


 勇者の言葉に振り回されて、そろそろ多少のことには驚かなくなっていた者達も、これには目を剥いた。

 召喚台は神器であり、人の手では傷一つ付けられるものではない。

 だが、勇者の持つ聖剣もまた神器である。それも、攻撃用の武器である。

 聖剣の(きっさき)が召喚台に届くか届かないかといった所で抵抗するかのように火花が散るが、聖剣はじりじりと押し込まれて行く。


「勇者召喚は世界の危機に対する非常措置。何百年何千年に一度あるかないかの勇者召喚を、この三百年で何回行った? 明らかに乱用だ。」

「勇者様! 邪神は勇者様が邪魔だからそのようなことを言っているのです!!」


 容赦なく断言する勇者に、さすがに慌てて反論する。

 勇者はフェリクス王国の切り札である。神の結界同様、封じられるとかなり困る。

 既に実力行使に出た勇者を実力で止められる者はこの国にはいない。だから必死になって説得しようとしているのだ。


「ソムニオじゃないぞ、これを言ったのは。」

「は?」


 しかし、勇者の答えは予想外のものだった。


「俺たちの世界の神――召喚される側の世界の神からの苦情だよ。勇者召喚を乱用しているってな。」


 勇者が召喚された際に出会った二柱の神。

 そのうちの一柱である異世界の神の現れた目的が、苦情(クレーム)を言うためであった。

 あまりのことに、皆絶句する。


「お前たちは、異世界から人を召喚することでどれだけ迷惑をかけているか、理解しているのか?」

「もちろんです。ご迷惑をかける勇者様には、最大限の待遇で迎えさせていただいております。」


 火花を散らす召喚台を気にしつつも律儀に返事を返す。

 どうにかして勇者を説得する糸口を見つけなければならないと必死だ。


「勇者本人だけじゃない。残された家族だって二度と会えなくなるんだぞ。我が子を、兄弟を、恋人を、もしかすると親を、自分たちの都合で一方的に奪っているんだぞ。」

「あっ……」


 召喚されてきた勇者はともかく、残された家族にまで思い至る者は少ない。

 直接会うことのない者であるし、何らかの補償をしたくてもできない。係わり合うことのできない相手なのだから、ついつい意識の外に置いてしまうのだ。

 仕方のないことではあるが、言えば勇者の心証を悪くするだけだろう。


「それに、お前たちは知らないだろうが、こちらで勇者召喚が行われる度に、あちらの世界では大災害が発生しているんだ。死者行方不明者が何百人と出るような大災害がな。召喚された勇者は、その行方不明者の一人。あちらで異世界に人が召喚されていることが知られていないのは、これが原因だ。」

「そんな……」


 初めて知る事実に、皆言葉を失う。


「これは俺たちの世界の神の言ったことだから間違いない。勇者召喚の影響で災害が発生している。俺も裏を取ったが、勇者召喚が行われた日には俺たちの世界でも災害が起きていることは間違いない。歴史に残るような大災害がな。」


 勇者は淡々と語るが、口をはさめない迫力があった。


「俺は、俺たちの世界を異世界の災厄から救う。そのために、召喚台は破壊する。作成者(ソムニオ)の許可は取ってある。勇者召喚は、二度とさせない!」


 勇者はこれまでになく強い調子で言い切り、手にした聖剣に力を籠めた。


――メリメリメリ……パリン


 やがて召喚台は聖剣の力、あるいは勇者の遺志に屈して、乾いた音を立てて砕け散った。


「これで良し。」

「「「良しじゃない!」」」


 勇者に遠慮して言葉を選んでいた者達も、これには思わず突っ込んだ。

 だが、勇者はその程度の突込みではひるまない。そして変わらず容赦がない。


「あちらの世界の神は『二度と勇者を派遣しない!』と憤慨していたから、俺が何もしなくても次の勇者は来ないと思うぞ。」


 この場にいた半数近くが膝から崩れ落ちた。

 勇者の存在は、フェリクス王国の者にとって神の結界に並ぶ精神的な支柱である。

……その勇者に現在進行形で精神をガリガリと削られていたりするが。

 だが、それでも代々の勇者は優秀な者ばかりだ。

 今代の勇者だって、その優秀さで今まで知られていなかった様々な事実を明らかにした。

 その隠された、あるいは目を背けていた事実がろくでもないものだったというだけだ。

 そして、能力以上に勇者は希望の象徴である。

 その勇者が、今後二度と現れないとなれば、後に残るのは絶望だけである。

 個人的な感情を横に置いても、国民全体に絶望的な空気が流れると国が乱れることになる。

 実際に勇者不在になるのは何十年も先で、勇者召喚ができなくなったことが明白になるのはもっと先のことだ。

 だが、勇者召喚が不可能になったという噂が広まるだけでも人々は不安になる。

 人の口に戸は立てられぬ。

 この場にいるのは責任ある立場の者達だから軽々に秘密を漏らすことはないだろう。

 だが、破壊された召喚台という動かぬ証拠がそこにある。どこから秘密が漏れるか分かったものではない。

 当代の勇者が現役のうちに勇者のいなくなった後の国の在り方を定めなければならないというのに、秘密を守り、その秘密が漏れた場合の対策も行わなければならない。

 さらに、迂闊に漏らすことのできない秘密は勇者召喚に関することだけではない。

 勇者のもたらした情報はどれも劇薬だ。勇者がプルウィアを疑っている事実だけでも下手に伝わればパニックになりかねない。

 しかし、いつまでも隠し続けることはできない。なるべく混乱を起こさない形で少しずつ周知させる必要がある。

 内容が内容だけに、信頼のおける少人数で進める必要がある。つまり、この場にいる人間の負担はとんでもなく大きくなる。

 そういった意味でも状況は絶望的だった。

 しかし、彼らの不運はそれで終わらない。


「た、大変です!」


 駆け込んできたのは、一人の神官だった。

 勇者召喚の行われる儀式場は一般人立ち入り禁止の国の重要施設であり、特に今は国の重鎮が集まって重大な話し合いが行われている最中だ。

 警備は厳重で関係者以外立ち入り禁止。関係者の部下や家族でも終わるまで待たされることになる。

 それでもこの場に通された者の報告を聞かないわけにはいかない。

 国の重鎮たちは、闖入者に冷たい視線を向けた。

 正直、もう「大変」なことはお腹いっぱいだった。

 精神が疲弊して、これ以上何を聞いても驚かない自信があった。


「神の結界が機能を停止しました!」

「「「何だと!」」」


 盛大に驚いた。

 この国を支えていた二本の支柱、それが二本とも砕けた瞬間だった。


「なるほど、神の結界の要に召喚台を使っていたか、フェリクス王国に先はないとみてプルウィアに見捨てられたかだな。……ある意味、運が良い方かもしれないな。」

「何が!?」


 この事態を引き起こした元凶である勇者の言い分に激高する者も現れたが、勇者は意に介さない。


「俺たちの世界の神はかなり怒っていて、今回の勇者召喚を強制的に拒絶するつもりだったらしい。無理な召喚を繰り返したせいか、だんだんあちらの災害も大きくなって、今回は万を超える死者行方不明者が出たそうだ。だが、神の力で強制的に拒絶するとその反動がこちら側に来るらしい。召喚用の神器が壊れるのはもちろん、かなりの被害が出るはずだ。大災害を引き起こした魔力が逆流してくるのだから。」


 淡々と語る勇者。しかし、その内容を想像して戦慄する。

 勇者召喚を行っても勇者は現れず、召喚台は壊れ、異世界に災害をもたらした破壊的な魔力が吹き荒れる……

 勇者召喚に立ち会った国の重鎮は全滅だろう。生き延びたとしても当分は療養生活を強いられる可能性が高い。

 召喚台のある儀式場は王都の中央にあり、周囲には王宮をはじめとして国の重要な機関が集まっていた。

 万を超える死者行方不明者を出すような災害は想像もできないが、同じ規模の災害がこの場で起これば国の機能がマヒしかねない。

 そのうえで、神の結界まで消えてしまったらどうなるか?

 何が起こっているのかも分からないまま、国として的確な対応ができないまま、パニック状態に陥った国民を抑えられずにこの国は自滅してしまったかもしれない。


「さすがに訳の分からないままにひどい目に遭うのはかわいそうだろうということで、俺がそのまま召喚されて事情を説明するとともに神器を破壊することになった。俺の家族は目の前で事故死していて、あっちの世界に未練はなかったからな……」

「「「あぁ……」」」


 淡々と語る勇者だったが、その表情がわずかに翳った。

 勇者は家族を失ったのだろう。おそらくは、この国が行った勇者召喚の影響で。

 勇者にとって勇者召喚を行ったこの国は、そして勇者召喚の乱用を可能にしたプルウィアは、家族の仇と言える。

 それにもかかわらず、召喚に応じてくれた勇者は、現れた時点でこの国の大恩人である。

 勇者を糾弾することはできない。

……下手に刺激をしたら何が起こるか分からない怖さもあった。勇者がこの国を恨む理由ならば十分にある。

 だが、今以上に悲惨な可能性があると知れても、今の状況が最悪の事態であることに変わりはない。

 残る半数の大半が崩れ落ちた。


「まあ、そう落ち込むな。悪いことばかりじゃないぞ。この国では農作物や家畜の育ちが悪いだろう? それは神の結界が魔力を奪っているからだ。これからは食料事情が改善されるだろうな。」


 それは朗報である。国が豊かになる。

 それでも場の空気は暗いままだ。

 国防の要だった神の結界が無くなったのだ。国が豊かになっても滅びてしまっては元も子もない。

 今は勇者がいる分ましだが、いくら強くても勇者は一人きり。一人で国を守り切れるかと言えば不安が残る。

 そして、当代の勇者が引退すれば、次の勇者は二度と現れない。

 この国の未来は、絶望的だった。


「なに、そう悲観的になる必要はない。相手は同じ人間だ。たとえ邪神の眷属だったとしても、世界の破滅を望んだりしていない。ちゃんと話せば通じるぞ。」


 暗い空気など知ったことはないと平然と続ける勇者だったが、国防に不安があることは理解していた。


「オムニブス魔法帝国以外はフェリクス王国をどうこうしようとは思っていない。侵略を受けたから反撃しただけだ。この国の拡大政策を止めれば衝突する恐れは少ないだろう。」


 フェリクス王国は、かつて勇者の戦力を頼りに強引の国土を拡大しようとしたことがあった。

 北の魔族(オムニブス魔法帝国)との全面対決には兵力が足りない。勇者一人がいくら強くても、一般の兵力も無ければせっかく広げた国土を守ることができない。

 まずは国土を広げて国力の底上げを図ろうとしたのだ。

 考え方としては間違っていないだろう。

 だが、欲張りすぎた。

 東の森林資源。

 西の海洋資源。

 南の草原は開墾して畑にするか牧畜を行うか。

 勇者が現役のうちに少しでも多くの領土を確保しようと、その全てを狙った。

 この国の人間が亜人と呼んで人間扱いしてこなかった者達は、実は同じ人間であり、それぞれに国を作って暮らしていた。

 フェリクス王国に対し、最初は帝国国内の問題として静観していた国々も、自国が侵略されては黙っていられない。

 一斉に反撃を開始した。

 亜人と蔑んでいた連中が組織的に反撃してくるとは思わなかったフェリクス王国の人達は驚いた。

 ついでに、その機に乗じて来たから魔族(オムニブス魔法帝国)まで攻め込んできたから大変なことになった。

 全方向からの総攻撃である。国一つ袋叩きになった。

 こうなると勇者一人でどうにかなる物量を超えていて、せっかく確保した土地を捨てて、だいたい元の国土の範囲に引きこもって守りに徹するしかなくなってしまった。

 それ以来、国外には亜人や獣人や魔族が大勢いてフェリクス王国に攻め入り隙を虎視眈々と狙っている、という認識がすっかり根付いてしまっていた。

 勇者からすれば「自分から侵略しておいて何を言うか!」としか思わないのだが、一度染みついた固定観念はなかなか抜けない。

 亜人と呼んでいた人たちと交渉が可能だという発想すらなかったのだ。


「オムニブス魔法帝国にしても、領地を奪い返そうと躍起になっていたのは昔のことだ。さすがに三百年も経つとそこまでの熱意はない。むしろ、変な宗教にはまって引きこもっている連中と距離を置きたがっている者も多い。交渉の余地はあるだろう。」


 神の結界が失われ、勇者が今代で打ち止め。戦力的には低下する一方のフェリクス王国にとって、話し合いで解決できるのならばそれは希望になるはずだ。

 だが、皆の表情は暗いままだ。

 何しろ、この国は外交を行ったことが無い。


「人が神の世界の事情を完全に理解することは不可能だろう。

 神々のどのような都合がは分からないが、邪神の正体は明確にされていない。

 プルウィアの神託にも、ソムニオの神託にも、邪神の名前は明示されていない。

 だから、ソムニオが邪神かもしれないし、プルウィアが邪神かもしれない。

 あるいは、そのどちらでもない第三の神が邪神なのかもしれない。

 プルウィアの信者も、ソムニオの信者も、自身が信仰する神を邪神だとは思っていない。

 つまり、邪神の眷属も自分が邪神の眷属であることを自覚していない可能性がある。

 裏を返せば、この世界には確実に邪神の眷属でないと断言できる者はいないということだ。

 一方で邪神の眷属が地上を支配すれば世界が終わるという話は神託で明言されているから間違いない。

 この状況で、世界の滅亡を避ける方法はただ一つ。現状維持だ。

 どの神が邪神なのか分からない以上、世界中がただ一柱の神の信徒だけになった時に世界が終わる危険性がある。

 だから、現存する全ての宗教勢力を、邪神の眷属を含めてそのまま残す必要がある。

 邪神の眷属であると疑われる相手でも、攻め込んで根絶やしにしたり、強制的に改宗させてはいけない。

 それが、世界を救う唯一の方法だ。」


 これが、勇者の結論だった。

 つまり、フェリクス王国も他国を侵略する拡大政策を止めろと言っていた。


「この話は周囲の国にも周知してある。こちらから攻撃しなければ、攻め込まれる危険は少ないはずだ。いざとなったらオムニブス魔法帝国に庇護を求めればよい。帝国の一部に取り込まれるかもしれないが、信仰は守られるだろう。」


 勇者は色々と根回し済みだった。

 少なくとも一斉に攻め込まれて国民皆殺し、ということにはならないはずである。

 だが、その後の交渉を上手く行わなければ、国そのものはどうなるか分からない。

 ここまで気丈に堪えていた国王が、ここでついに膝をついた。


「この国を……これから、どうすればよいのだ……」

「それはあくまでこの国の問題だ。王様やこの場の者たちが頑張るしかないだろう。」


 対する勇者は冷たく突き放す。

 勇者にとって、国の行く末に興味はない。

 なぜならば――


「俺は、世界を救うために来た勇者だからな。」


この話は最初、登場人物に固有の名前を付けない方針で書き始めました。

「勇者」「国王」のように肩書だけで人を識別する方式です。

ただ、神様に関してはこの方式が使えませんでした。

一応、「創世神」「邪神」という肩書は作りましたが、どちらが邪神なのか? という展開にしたので、肩書だけだとどちらの神か分からなくなります。

仕方がないので神様(と国)に名前を付けることにしました。

ラテン語から適当に単語を持ってきただけなので、深い意味はありません。

ソムニオ:夢

プルウィア:雨

フェリクス:幸福

オムニブス:全て

こんな感じです。

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