Scene09:静寂の「檻」と「祓魔師」
「幽霊の道」は、旧時代の怨念が染み付いたかのような、湿った闇の底へと続いていた。
AI「アマテラス」の「論理」から切り離されたこの「道」だけが、二人の存在を「静寂」の支配者から隠し続けている。
「(……近づいてくる)」
玲は、懐で温かい光を放つ「遺産(魂石)」の鼓動を感じていた。
それは、この「道」の終着点から響いてくる、あの、か細い「声」と共鳴している。
苦痛と、悲しみと、そして何か……冷たい「論理」に縛り付けられたような、壊れた「歌」のノイズ。
「玲、もうすぐ……。設計図によれば、この壁の向こうが、アマテラスの『コア・セクター』……そして、黒龍の妹『龍 晶』が囚われている『生体ユニット(バイオ・ケージ)』区画のはず……!」
桜井が、息を殺しながらコンソールの表示を読み上げる。
「幽霊の道」の終点は、巨大な円形の隔壁で行き止まりとなっていた。
渉と宗也が遺した「道」は、確かにここまで二人を導いた。
玲が「遺産(魂石)」を隔壁にかざすと、石が放つ「響き」に応答し、旧時代の認証システムが重々しい音を立てて起動する。
ゴゴゴゴ……!
鋼鉄の扉が開き、その向こう側から、圧倒的な「静寂」のノイズが溢れ出した。
カレイドポリスの「混沌」とも、「幽霊の道」の「虚無」とも違う。
全てを「調和」し、「管理」し尽くされた、AI「アマテラス」の完璧な「静寂」。
「(……『檻』の中だ)」
「幽霊の道」は終わり、二人は再びAIの「目」の前に立ったのだ。
だが、そこは玲が想像していた無機質なサーバールームではなかった。
霞が関の地下深くに、これほど巨大な空洞があったのか。
まるで、旧時代の神殿だ。
冷たい青白い光が満たす広大な空間の中央に、天を突くような巨大な「樹」——無数のケーブルと生命維持装置に繋がれた、巨大な魂石の「結晶樹」——が鎮座していた。
そして、その「樹」の根元、最も純度の高い光を放つ場所に、「それ」はあった。
黒龍の妹・晶。
彼女は、まるで眠れる姫のように、巨大なカプセルの中で「生体ユニット」として「樹」と一体化されていた。
あの、か細い「声」は、そこから発せられていた。
「……晶さん……!」
玲が、その「声」に応えようと一歩を踏み出した、その時。
「——そこまでだ、『穢れ(ノイズ)』」
声は、玲と「樹」の間、何もないはずの空間から響いた。
いつからそこに立っていたのか。
純白の装束を纏い、能面のように無表情な男が、鞘に納めた一振りの刀を手に、静かに立っていた。
彼からは、何の「ノイズ」も「響き」も感じられない。まるで「虚無」そのものだった。
「(この男……カレイドポリスでATLASを……!)」
玲は息を呑んだ。
米戦略級AI「ATLAS」を、黒龍と共に破壊した、あの「祓魔師」。
「ミカゲ……!」
「な、なんで……!?」
桜井が慌ててコンソールを叩く。
「アマテラスの侵入者リストに、彼はいなかった! 彼は……彼は『ゲスト』……ううん、違う……『神官』として、アマテラスのシステムに登録されてる……!?」
「ここは『聖域』」
ミカゲは、感情のない瞳で玲と、玲が持つ「遺産(魂石)」を捉える。
「アマテラス様との『取引』により、俺が『穢れ』を祓う場所」
彼は、玲の「調律」も、渉の「遺産」も、そして黒龍の「意志」さえも、等しく「虚無」に帰すべき「穢れ」と断じた。
「その『遺産』も、お前の『魂』も、ここで祓う」
アマテラスの「静寂」の神殿で、CIROの「秩序」とも、カレイドポリスの「混沌」とも異なる、最強の「拒絶」——「虚無」が、玲の前に立ちはだかった。




