Scene08:幽霊の道(ゴースト・ルート)
カレイドポリスの酸性雨が洗い流したセーフハウスを後にし、玲と桜井は再び「静寂」の東京へと向かった。
父・宗也と渉が遺した「幽霊の道」。その入口は、AI「アマテラス」の監視網から巧妙に隠された、旧霞が関セクターの廃棄されたメンテナンス用立坑だった。
「……ここが、入口。アマテラスの『論理』から外された、旧時代の『バグ』」
桜井は、分厚い鉄の扉にコンソールを接続しながら、息を潜めて呟く。彼女の指先が、渉の「遺産(魂石)」から抽出した認証コードを打ち込んでいく。
ゴゴゴ……と、数十年分の錆をこすり合わせるような重い音を立てて、扉が開く。
中は、カレイドポリスの混沌とも、アマテラスの「静謐」とも違う、冷たく湿った「虚無」の闇が広がっていた。
「行くよ、桜井」
「……うん。お父さんたちが遺した『道』を、信じるしか、ない」
二人は、AIの「目」が届かない暗闇へと、一歩を踏み出す。
玲の「調律者」としての「耳」が、この「幽霊の道」の特異な「響き」を捉えていた。
「(……聴こえない)」
アマテラスが奏でる、あの完璧で冷徹な「静寂」のノイズが、このダクトの中では嘘のように聴こえない。
まるで、嵐の海(AIの論理)の深海を、一隻の潜水艦が進んでいるかのようだった。ここは、AIの「論理」が届かない、旧時代の「聖域」だった。
玲は、懐にしまった「遺産(魂石)」が、この「道」と共鳴し、温かい「響き」を放ち続けているのを感じていた。
それは、道標のように、二人を地下深くへと導いていく。
「(渉さん……お父さん……)」
玲は、この「道」を遺した二人の「意志」に意識を集中する。
そして、その「響き」のさらに奥深く——霞が関セクターの最深部から、か細く、しかし途切れることのない「声」が聴こえてくるのを感じていた。
「(……聴こえる。アマテラスの『静寂』に囚われた……『声』が)」
それは、黒龍の妹・晶が放つ「ノイズ」なのか。
それとも、AI「アマテラス」自身が隠している、その「素顔」の「響き」なのか。
玲は、その「声」を調律するため、AIの「檻」の、さらに奥深くへと進んでいく。
黒龍との「約束」を果たすために。




