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Scene04:遺産の鍵

「アルゴス」の監視から一時的に「消失」した玲は、混沌とするオークション会場を駆け抜ける。

背後で、玲を見失ったイェーガーの怒声と、黒龍の「渾元力」がドローン群を粉砕する轟音が響く。

『玲、無茶苦茶だよ! アルゴスの監視AIがパニックを起こしてる!』

桜井の悲鳴に近い声が、安端末から届く。

『でも、そのおかげで金庫室までのルートがガラ空きになった! あと50メートル!』

玲は、イェーガーの「腐肉の味(精神ノイズ)」を纏ったまま、タルタロスの最奥、オークションステージの真裏に隠された区画へと滑り込んだ。

そこには、異様な存在感を放つ巨大な扉が鎮座していた。

ゼロデイ・フレア以前の「旧時代」の遺物。何重にも施された物理的な分厚い鋼鉄の扉。

AI「アルゴス」の電子防壁ではなく、純粋な「質量」が、その中身を守っていた。

「(これが、金庫室……!)」

『玲、気をつけて! あの扉、CIROのデータベースにも情報がある! 電子ロックじゃない、CIROの「マスターキー」でも開かない特殊な音紋認証……いや、違う……』

桜井が慌てて情報を修正する。

その間にも、背後から二つの強大な「ノイズ」が迫っていた。

「小賢しい真似を……!」

イェーガーだ。彼はアルゴスのドローン群を強引に突破し、玲に追いついていた。

彼のすぐ後ろから、黒龍もまた、ドローンの残骸を踏みしだいて現れる。

「そいつが『遺産』か」

黒龍が金庫室の扉を睨む。彼はサイファーとの「取引」で、この「目玉商品(遺産)」の警備を引き受けていた。玲は、その警備対象を「盗む」侵入者でしかない。

「『汚染源』、そこをどけ。そのロックはCIROの『秩序』でも開かんが、CIROの『爆薬』なら開く」

イェーガーが、玲ごと扉を爆破しようと、特殊な爆薬を構える。

「待て。それは俺の『獲物(取引材料)』だ」

黒龍がイェーガーの前に立ちはだかる。

「(ダメ……!)」

玲は直感した。

この扉は、イェーガーの「爆薬(秩序)」でも、黒龍の「渾元力(破壊)」でも開かない。

そんな「力」を加えれば、中身の「遺産」——渉が遺した繊細な「記憶」が、その瞬間に消し飛んでしまう。

玲は金庫室の扉の前に立ち、鋼鉄の扉にそっと手を触れた。

電子ロックではない。

冷たい鉄の感触だけが伝わってくる。

「(……違う。冷たくない)」

鉄の奥、そのさらに奥深くから、微かな「響き」が聴こえる。

それは、AIの「論理ロジック」でも、人間の「激情ノイズ」でもない。

もっと静かで、もっと懐かしい——

「(“渉さん”の……音?)」

『能面の奥の素顔ノイズを聴け』

サイファーの言葉が、脳裏に蘇る。

この扉は、渉が、あるいは父・宗也が遺した「鍵」でしか開かない。

そして、その「鍵」とは——

「(——私、の……“歌”)」

玲は、イェーガーが放ち続ける「腐肉の味(精神ノイズ)」に抗いながら、自らの魂に意識を集中させる。

アンチ・チューナーの「秩序」の音波をねじ伏せ、イェーガーの「腐肉の味」を「調律」し、自らの「素顔」の響きを取り戻す。

「(歌え、私の“音”で……!)」

玲が鋼鉄の扉に触れた指先から、「調律」の波動——有栖川玲という「個」の固有周波数が、静かに流れ込んだ。

キィィ……ン。

鋼鉄の扉が、玲の「歌」と共鳴した。

イェーガーの爆薬でも、黒龍の渾元力でもない。

ただ一人の「調律者」の「魂の響き」だけに応答し、数百年分の埃をまとった旧時代のロックが、重々しい音を立てて、解除されていく。

「馬鹿な……!? 音紋認証……いや、魂石アニマ・ストーンの共鳴だと!?」

イェーガーが驚愕に目を見開く。

重い鋼鉄の扉が、ゆっくりと開いていく。

その奥の暗闇の中、台座の上に、一つの「石」が置かれていた。

それは、玲が持つ魂石アニマ・ストーンよりもさらに純度が高く、淡い光を放つ——

渉の記憶が封入された、「魂石のプロトタイプ」。

それが、渉が玲に遺した、次の「遺産」だった。


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