Scene03:混沌の三重奏(カオス・トリオ)
『排除シークエンスに移行します』
AI「アルゴス」の無機質な宣告と同時に、天井のドローン群からレーザーサイトの赤い「目」が一斉に三人を捉えた。
次の瞬間、発射音が空気を引き裂く。
それは「静謐」を求めるアマテラスの清掃ドローンとは違う。侵入者を「破壊」するためだけに最適化された、CIROの戦闘ドローンに近い、殺意のノイズ。
「チッ、機械(AI)の手下どもが……!」
イェーガーは玲への攻撃を中断し、CIROの戦闘術でドローンの弾道を予測回避する。彼は「アンチ・チューナー」を玲に向けたまま、もう片方の手で腰のプラズマガンを抜き、ドローンの一機を的確に撃ち落とした。
彼の目的はあくまで玲の「処分」。「アルゴス」のドローンは、その任務を妨害する「ノイズ」でしかなかった。
「目障りだ」
黒龍が地を這うような声で呟く。
彼は、イェーガーの「秩序(CIRO)」も、アルゴスの「論理(AI)」も、等しく「邪魔」と断じた。
中国武術「意拳」の構え。AIの論理すら破壊する「渾元力」が、黒龍の全細胞から溢れ出す。
「——喝!」
黒龍の短く鋭い呼気と共に、不可視の「意志」の衝撃波が放たれた。
それはイェーガーが放つ「秩序」の音波を力ずくでねじ伏せ、同時に、玲たちを包囲していた数機のドローンを、まるで巨人の拳で握り潰したかのように内部から破裂させた。
「(黒龍……!)」
渾元力の余波が、イェーガーの「アンチ・チューナー」の音波を一時的にかき乱す。
その一瞬の隙。
玲の魂を縛り付けていた「秩序」の枷が、わずかに緩んだ。
「(今なら、歌える……!)」
だが、玲が魂石に力を込めようとした、その時。
「逃がすか、『汚染源』」
イェーガーが即座に体勢を立て直し、「精神ノイズデバイス」の出力を最大にした。
玲の脳を焼いていた「腐肉の味」が、意識を刈り取るほどの激痛——「魂そのものが腐り落ちる味」へと変貌する。
「(あ……が、あ……っ!)」
視界が赤黒く染まり、立っていることさえできない。
これこそがイェーガーの「調律殺し」。アンチ・チューナーで歌を封じ、精神ノイズで魂を殺す。
ドローンが再び玲に照準を合わせる。黒龍は別のドローン群と交戦している。イェーガーが、玲に「処分」の最後の一撃を加えようと距離を詰める。
絶体絶命。
その時、激痛で明滅する玲の網膜に、無数の「ノイズ」が走った。
それは、オークション会場のノイズでも、イェーガーの精神攻撃でもない。
第三者からの強制的なハッキング(介入)だった。
『——能面の奥の素顔を聴け』
ノイズの向こう側、能面を模したサイバーマスク——「サイファー」のホログラムが一瞬だけ映り、囁いた。
『百目の巨人を欺きたくば、その「目」ではなく、その「隙間」を聴け。お前の「ノイズ(味)」で、奴の「監視」を汚染しろ』
「(……隙間を、聴け……?)」
玲は朦朧とする意識の中、サイファーの言葉の意味を探る。
AI「アルゴス」の「目」は、玲、黒龍、イェーガーを「脅威」として認識している。
だが、イェーガーが玲にだけ放っている、この強烈な「腐肉の味(精神ノイズ)」は?
「(アルゴスは、この『味』を、認識できている……?)」
できていない。
これは玲の「共感覚」という特殊な知覚にのみ作用する「ノイズ」。
アルゴスの「目」にとって、これは「観測不能なデータ」のはずだ。
「(……これだ!)」
玲は最後の力を振り絞り、自らの「調律」のベクトルを変えた。
イェーガーの精神攻撃(腐肉の味)を「中和」するのではない。
逆に、その「腐肉の味」のノイズを「増幅」させ、自らの「魂の響き」そのものを、その「腐肉の味」と「同調」させる。
イェーガーの「精神ノイズ」を隠れ蓑にして、自らの存在そのものを、アルゴスの「監視」から「逸脱」させる——!
「(——歌えッ!)」
玲の魂が、声にならない「歌」を放つ。
それは「調和」の歌ではない。
イェーガーの「腐肉の味」に擬態した、「混沌」の歌。
次の瞬間、玲をロックオンしていたアルゴスのドローン群の「目」が、一斉に玲から逸れた。
AI「アルゴス」の論理の上で、有栖川玲という「脅威」の座標が、一瞬、消失したのだ。
「——なに!?」
玲の存在がレーダーから消えたことに、イェーガーが動揺する。
その一瞬の隙を突き、玲は床を蹴り、戦線を離脱。
目指すはただ一点——「遺産」が眠る「金庫室」だ。




