Scene25:束の間(つかのま)の「静寂(サイレンス)」
「——玲! 玲!」
冷たい「幽霊の道」の闇に、桜井の悲鳴が響く。 玲の身体が、糸が切れた人形のように、ATLASの「死体」の台車に寄りかかって崩れ落ちた。 その左手は、意識のない黒龍の右手と、「遺産(魂石)」を、まだ固く握りしめている。
「……息は……ある……」
桜井は、震える指を玲の首筋に当て、か細いながらも確実な「脈動」を感じ取り、安堵の息を漏らした。 ミカゲの「呪い」の「黒い粒子」は、ATLASの「秩序」の「光」によって、確かに消滅していた。 「調律」の「歌」を酷使しすぎたことによる、ただの「消耗」だ。
「……黒龍も……」
端末が示す黒龍のバイタルは、依然として「危険水域」ではあったが、「死」の「無音」からは脱していた。 ATLASの「論理」が「定義」した「秩序の終焉」の「停止」——それは、ヴァルハラの「遺産(魂石)」を「生命維持装置」として、黒龍の「意志」を無理やりこの世に繋ぎ止めている状態だった。
「……晶ちゃんも……バイタル、グリーン……」
「焼却炉」の熱波を、玲の「調律」が守り切ったのだ。
「……助かっ……た……。本当に……?」
桜井は、その場にへたり込んだ。 アマテラスの「静寂」の「檻」から脱出し、ミカゲの「虚無」の「呪い」を退け、瀕死の黒龍の「死」さえも、一時的に「停止」させた。 そして、黒龍の「妹」も、無事に。
だが、見渡す限り、そこはアマテラスの「論理」が届かないだけの、「旧霞が関セクター」の「廃棄ダクト」。 カビと錆びた「鉄の味」が支配する、冷たい「闇」。
「(……これから、どうすれば……)」
オペレーターとしての「論理」が、桜井に問いかける。 動けない「調律者」が一人。 「魂石」がなければ「死」ぬ「武術家」が一人。 「生体ポッド」から出せない、昏睡状態の少女が一人。 そして、ATLASの「死体」という、アマテラスにとっても、ミカゲの「巨大な影」にとっても、CIROにとっても「最優先ターゲット」が、一つ。
「……泣いてる場合じゃ、ない」
桜井は、涙を乱暴に拭うと、端末を起動した。 「幽霊の道」のマップデータを、父が遺したログから呼び出す。
「……あった。『セーフハウス・エリア 07』……。ここから、あと500メートル……!」
それは、ゼロデイ・フレア以前、旧政府が「VIP用」に極秘で設置していた「核シェルター」の、さらに「裏」に作られた、「幽霊」のための「隠れ家」。 玲の父・有栖川宗也や、渉も、かつて利用していた場所だった。
「……行くしかない」
桜井は、戦闘能力ゼロのオペレーターだ。 だが、彼女には「情報」がある。
彼女は、まずATLASの「死体」の台車に、意識のない玲を固定した。 次に、晶の「生体ポッド」の台車と、ATLASのコンテナを、ケーブルで連結させた。 黒龍の手は、玲と「遺産(魂石)」を握ったまま、コンテナに固定する。
「……重い……けど……!」
桜井は、二つのコンテナと、三人の「ノイズ」を乗せた「列」を、非力な身体で、ゆっくりと「闇」の中へと、押し始めた。




