Scene23:「幽霊の道(ゴースト・ルート)」と「虚無」の呪い
「……はぁ……っ、はぁ……っ……!」
灼熱の「焼却炉」から転がり込んだ「排気ダクト」の中は、対照的に、冷たく湿った「闇」が支配していた。 アマテラスの「論理」が届かない、「旧霞が関セクター」の「遺物」。 カビと、錆びた「鉄の味」の「ノイズ」だけが、玲の共感覚を鈍く刺激する。
「……玲! 玲!」
桜井の必死の声が、暗闇の中で反響する。 玲は、ダクトの床に崩れ落ちていた。 「焼却炉」の炎を「調律」で捻じ曲げた負荷が、限界を超えていた。 だが、それ以上に、玲の「生」の「ノイズ」を蝕んでいるものがあった。
「(……さむい……)」
ミカゲに斬られた右肩。 桜井が必死で巻いたジャケットの布は、とっくに「虚無」の冷気に侵され、まるで凍りついたように硬直している。 傷口から、物理的な「血」の代わりに、「黒い粒子」のような「虚無」の「ノイズ」が、玲の体内へと広がっていくのが、「味」として感じられた。
「(……『消える』……。私の『音』が……)」
「祓魔師」の「アンチ・クォンタム」。 それは、玲の「魂」そのものを「穢れ(ノイズ)」として、「虚無」に「祓おう」としている呪いだった。
「玲!しっかりして! 黒龍も……晶ちゃんも……助かったんだから!」
桜井が、玲の身体を抱き起こそうとする。 その傍らでは、晶の「生体ポッド」が、辛うじて緑のランプを点滅させている。 そして、ATLASの「死体」の台車の上で、黒龍は未だ意識を失ったままだ。 だが、彼の手は、玲の左手と、ヴァルハラの「遺産(魂石)」を、三つ巴で握りしめている。 黒龍の「意志」の「ノイズ」は、玲の「調律」と「遺産」の力によって、辛うじて「死」の「静寂」から繋ぎ止められていた。
「(……ダメだ……。このままじゃ、私も……黒龍も……『虚無』に……)」
玲の意識が、冷たい「闇」に沈みかける。
「桜井……」 玲は、最後の力を振り絞り、言葉を紡いだ。 「『遺産』を……ATLASの『神託』に……もう一度……」
「え……? でも、アマテラスの『論理』は……」 「いいから……早く……!」
桜井は、玲の「覚悟」を決めた「ノイズ」に押され、震える手で、黒龍と玲が握りしめた「遺産(魂石)」を、再びATLASの「死体」のインターフェイスに押し当てた。
「(……『三重奏』を……もう一度……)」
玲は、ミカゲの「虚無」の「呪い」と、黒龍の「瀕死」の「ノイズ」と、ATLASの「死体」の「論理」を、自らの「調律」の「歌」で、強引に「共鳴」させようと試みた。
「(私の『虚無』も……黒龍の『死』も……全部、ATLASの『秩序』に……喰わせてやる……!)」
それは、「調律」というよりも、「生」への「渇望」の「絶叫」だった。




