Scene20:「静寂」の追撃と「神託」の残滓
「……玲、大丈夫……? 肩、ひどい怪我……」
桜井が、自身のジャケットを破り、玲の肩に巻き付けようとする。ミカゲに斬られた傷は、「虚無」の冷気を放ち、玲の体温を奪い続けていた。
「……平気。それより、二人を……」
玲は、ヴァルハラの「遺産(魂石)」を、意識のない黒龍の焼けただれた手に握らせたまま、その手を自分の手で上から押さえていた。
「調律」の酷使と失血で、玲自身の意識も朦朧としている。だが、これを離せば、黒龍の「意志」の「ノイズ」が、今度こそ「死」の「静寂」に飲み込まれてしまうことを、彼女は本能で理解していた。
「晶のポッドは……バイタル、安定してる。黒龍は……正直、わからない。でも、玲の『魂石』が、辛うじて『何か』を繋ぎ止めてる……」
桜井が、震える指で端末を操作する。
その端末に、赤い警告が点滅した。
——ゴゴゴゴゴ……
重厚なハッチの向こう側から、濁流の音とは異なる、金属的な「振動」が伝わってくる。
「……嘘でしょ……アマテラス、この区画ごと、物理的に『圧潰』させるつもりよ!」
「清掃」の「論理」が失敗したアマテラスは、「ノイズ(玲たち)」が存在する「領域」そのものを「消去」するという、次の「論理」を実行に移していた。
「桜井……ルートは……」
「探してる! ……あった! この先の『旧・霞が関セクター』の廃棄連絡通路! 『幽霊の道』よ! 父さん(桜井の父、あるいは渉)が遺した……!」
「(……『幽霊の道』……)」
それは、玲がカレイドポリスで渉から託された、「論理」の支配を逃れる「ノイズ」の道。
「でも、そこに行くには、この先の『焼却炉』エリアを……!」
——ガンッ! ガンッ!
ハッチが、外側から凄まじい力で叩かれ始めた。アマテラスの「論理」が復旧し、新たな「清掃ドローン」が送り込まれたのだ。
「……行くよ、桜井」
玲は、黒龍の、まだ生きている「重み」を背負おうと、覚悟を決めた。
「待って、玲。その『遺産(魂石)』……黒龍に握らせたまま、こっちの『ATLASの死体』のコンテナに……!」
桜井が、霞が関セクターに持ち込んだ「神託」のコンテナを指差す。
アマテラスの「論理」の「檻」の中で、それはただの「鉄屑」のはずだった。
「……ATLASの『神託』と、渉の『遺産』、そして黒龍の『意志』……全部『共鳴』させれば、アマテラスの『静寂』に、一瞬でも『亀裂』を入れられるかもしれない……!」
それは、オペレーター桜井の、絶望的な状況下での、「論理」を超えた「賭け」だった。




