Scene18:濁流の果て(アキレス)
「ノイズの奔流」は、アマテラスの「論理」がショートしたことで、その勢いを失い、よどんだ「汚泥」へと変わりつつあった。
「玲! 手を!」
桜井がメンテナンス・ハッチから必死に手を伸ばす。
玲は、ミカゲに斬られた肩の激痛に耐えながら、片手で晶のポッドを抱え、もう片方の手を桜井に伸ばした。
ガシッ、と桜井の手が玲の手首を掴む。
「……重いっ! 二人同時は……!」
桜井は非力なオペレーターだ。玲と、生体維持装置が作動している(であろう)ポッドの重量は、彼女一人で引き上げられるものではない。
「ポッドを……先に……!」
玲は、濁流の中で叫んだ。
「ダメ! あなたも一緒に!」
桜井が玲を引き上げようとした、その時。
よどんだ「汚泥」の中から、玲でも、桜井でもない、第三者の「ノイズ」が響いた。
「——手、を、貸、せ」
濁流の中から、ぬっと現れた黒い影。
それは、アマテラスの「焼却」の炎に飲まれ、ミカゲの「虚無」に斬られたはずの——黒龍だった。
彼の身体は、アマテラスの「論理」の直撃を受け、サイバーウェアの半分が溶解し、生身の部分も火傷で爛れている。まさに「死体」寸前だった。
「黒龍……! あなた……!?」
玲が驚愕する。
彼は、玲と桜井を交互に見ると、最後の「意志」の力を振り絞り、晶のポッドを掴んだ。
「お前(玲)は……『調律』した。俺は……『繋ぐ』」
黒龍は、ポッドをメンテナンス・ハッチにいる桜井の方へと、渾身の力で押し上げた。
彼自身の「渾元力」は、もはや尽きかけている。これは、ただの「兄」としての、物理的な「力」だった。
「黒龍! あなたも!」
玲が叫ぶ。
「行け……。晶を……頼む……」
黒龍の身体が、再び「汚泥」の中へと沈んでいく。
彼の「意志」の「ノイズ」が、急速に弱まっていくのを、玲は「鉄の味」とともに感じていた。
「(死なせない……! あなたの『意志』も、ここで終わらせない……!)」
玲は、桜井が辛うじて引き上げた晶のポッドをハッチの床に押しやると、自ら再び「汚泥」の中へと手を伸ばし、沈みゆく黒龍の、焼けただれた手を掴んだ。




