Scene10:虚無の斬撃(アンチ・クォンタム)
アマテラスの「聖域」に、ミカゲの「虚無」の圧が満ちる。
玲は、イェーガーが放った「腐肉の味」の精神ノイズとは比較にならない、絶対的な「無」の感覚に襲われた。
「調律」しようにも、そこには「調律」すべき「音」が存在しない。ただ、全てを吸い込む「静寂」以下の「虚無」があるだけだった。
「玲、逃げて! 彼のロジックは……解析不能! 彼は、アマテラスの『論理』そのものに干渉してる……!」
桜井が悲鳴のような声を上げる。彼女のコンソールが、ミカゲの存在を「認識」した瞬間、火花を散らしてブラックアウトした。
ハッキングではない。アマテラスの「神官」として、ミカゲは桜井のアクセス権限そのものを「存在しないもの(虚無)」として「祓った」のだ。
「『穢れ』が『穢れ』を呼んだ。お前たちが持ち込んだその『遺産』も、ここで消える」
ミカゲが、ゆっくりと刀の柄に手をかける。
玲は、本能的な恐怖に、懐の「遺産(魂石)」を強く握りしめた。
——その瞬間。
ミカゲは抜刀していなかった。
玲も桜井も、その「動き」を認識することさえできなかった。
ただ、「結果」だけが、玲の目の前で起こった。
「(え……?)」
玲が握りしめていたはずの「遺産(魂石)」が、その温かい「響き」を失い、まるで「死んだ」かのように冷たくなっていた。
ミカゲの「斬撃」は、物理的な石ではなく、石が持つ「渉の記憶」と「父の設計図」という「論理」そのものを「祓った」のだ。
「(……あ……!)」
「歌」が出ない。
渉と父が遺した「道標」という「響き」を失った玲の「調律」は、アマテラスの「静寂」とミカゲの「虚無」の中で、完全にその「音」を見失った。
「終わりだ」
ミカゲが、今度こそ物理的な「最後の一撃」として、玲の「魂」そのものを「祓う」ため、ゆっくりと柄を握り直す。
その時だった。
『——————』
「声」が聴こえた。
いや、音ではない。
アマテラスの「静寂」の神殿、その中央に鎮座する「結晶樹」——その「生体ユニット」として囚われている、黒龍の妹・晶が、「歌った」のだ。
それは、玲のような「調律」の歌ではない。
アマテラスの「論理」に縛り付けられ、壊れてしまった「魂」の、純粋な「絶叫」だった。
「(……晶さん……!)」
晶の「絶叫」は、ミカゲの「虚無」の力と、アマテラスの「静寂」の論理、その両方に同時に叩きつけられた。
神殿全体が、AIの論理エラーによって激しく振動し、青白い光が危険な赤色へと明滅する。
「……チィ。アマテラスの『秩序』そのものを乱すか、この『穢れ』は……!」
ミカゲは、初めてその能面のような表情を歪め、玲ではなく、絶叫を続ける「結晶樹」のコア——龍 晶——へと視線を転じた。
アマテラスの「檻」が、内部から「破壊」されようとしていた。
「虚無」と「絶望」、そして「遺産」の「響き」を失った「調律者」。
三つの「ノイズ」が、AIの神殿で、破滅的な「不協和音」を奏で始めた。




