Scene01:欲望の坩堝(るつぼ)
AIの「檻」を抜けて、「幽霊の道」を往け ……
この作品は受賞作のスピンオフです
カレイドポリスの酸性雨は、有栖川玲の記憶にある霞が関の「完璧な静寂」とは、あまりにも対極の「ノイズ」を奏でていた。
「——玲、聞こえる? こちら桜井。カレイドポリスへの再侵入は確認できた。けど、本当に無茶するよね……」
数週間前、東京・霞が関の地下要塞。あのAI「アマテラス」の「檻」から、オペレーターの桜井と共に辛くも脱出した玲は、今、再び混沌の都市に戻ってきていた。
「ATLASの『神託』と、お父さん……有栖川宗也のログのクロス解析、終わったよ」
セーフハウスの安端末から聞こえる桜井の声は、疲労と興奮が入り混じった独特の「響き」を持っていた。
「渉さん……玲のお父さんの協力者が遺した、次の『遺産』の在り処。分かった」
「……どこ?」
「カレイドポリス新市街、『バーベル』の頂。——ギャラリー・ヴァルハラよ」
玲は、雨に煙る超高層タワー「バーベル(バベル)」を見上げていた。ゼロデイ・フレアの災禍を免れ、旧市街の混沌を見下ろす「欲望の坩堝」。
玲の「調律者」としての「耳」が、あの塔から発せられる強烈な「渇望」と「痛み」のノイズを捉えていた。
「……桜井。ヴァルハラのセキュリティAI『アルゴス』のハッキングは?」
『それが……かなり手強い。A級ハッカーでも門前払いされるって噂は本当みたい。でも、スタッフ用の偽装IDなら何とか用意できる。表オークションの混乱に紛れて潜入するしか……』
「分かった。それでいく」
玲は通信を切り、酸性雨を弾くフードを深く被り直した。
渉が遺した「遺産」。それが、AIの支配に抗うための次の「鍵」なのか、それとも新たな「混沌」の始まりなのか。
玲は、塔から響く「鉄の味」と「焦げた臭い」のノイズに向かい、一歩を踏み出した。




