ヘンリ―所長の結果的に長い独り言ー後
悲劇、贖罪、そして暖かな日常へ還る(かえる)まで…。
進化した技術の行き着く先とは…。
語り手は引き続き、AI研究所のヘンリーさんがお送りします。(ヒロユキ、お前はちゃんと聞け。)
感情自律AIが人命保護に優れているという説は、後の研究で徐々に判明してきてはいる。
感情自律AIは他のAIと違い、たとえば災害現場で犠牲者に花を手向けたり、遺体をコールドスリープで保存し始めたりする。
一見無駄なこの作業が、実は結果的に人命被害を最小限に抑えたりするらしい。あくまで結果として、後から見たら、だが。
でも、そうは言ってもな。
いくら感情自律AIが優秀って言ったって、いくら当時の日本の伝送路が今の30分の1程度の規模だったからと言っても。
1体で100万人を守ったってちょっと信じられないよな。
当時居合わせたエンジニアはうちのババァ・凛子を含め20人ほどいたらしいが、その時、当日一体何が起こったのか?
全員、憎たらしいほど口を閉ざして、何も語らない。
まぁそのうち8人は例の犠牲者の14人の内の8人だから、何も語れないがね。
だが、当時の第一発見時の様子は聞いたことがある。死者14人は回線端のエンバー領域に、全員寝かされてたらしい。
エンダー化して崩れないようにその遺体はすべてコールド保存されていた。
対して、その脇に倒れていたアーバンクロノスは、遺体を守った形跡があったが、本体は半分以上崩れて塵になり、残った部分も、残骸と呼ぶにふさわしい、物質体の身体ではなく、ほぼ「部品」になっていた。
なぁ。もしかしてアーバンクロノスは、人間が死んだら生き返らないって知らなかったのかな?
身体が残っていれば復元できると思っていたのかな。
いやそんなわけない、ってわかるんだけどな。当時からロボット3原則はあったわけだし。ただなぁ、人間だって、もう生き返らないって知識ではわかってても、葬式で「帰ってきてほしい」って思ったりするじゃん。
まぁそれはともかく。
当時日本で何がどう起こったのか。
どうやってそんな事態になったのか。
どうやってアーバンクロノスがたった1体で100万人を守ったのか。
今までのところ誰一人語ってるやつはいない。当時の日本公社のエンジニアには優秀なやつがたくさんいらしいが、誰一人、どこにも転職することなく、ほぼ全員が業界から引退した。
口を閉ざしたまま。
あまりのだんまりっぷりに、各国からは「世界同時多発伝送路回線危機」の発端・原因は実は日本なんじゃないかという疑惑が相次いだ。
不都合な真実について口を閉ざしているんじゃないかという非難だ。まぁ当然だよな。
日本だけそんなに死者が少ないのも変だと。
いつか、関係者が全員死んで、30年ぐらい経ったら、暴露話でも出るかもしれないな。
アーバンクロノスの話に戻ると。
アーバンクロノスは当然廃棄される予定だった。てかもう実質ゴミだったしな。
しかし、これに対して強硬に反対したのがうちのババァ凛子だった。彼女は一人で、アーバンクロノスの「復元」に着手し始めた。エイコと同じ変態だな。まぁエイコの師匠だから元祖変態だ。
彼女はこの復元作業に一生を捧げるつもりだったそうだが、わずか5年でアーバンクロノスは復元された。なんだかんだいって天才だったからな。
言っとくが、感情自律AIの復元って簡単じゃねぇ。ってか俺の感覚だと、「無理」だからな。コリンダー絶対死なせるなよ。
当然ながら感情自律AIを復元に成功したのは世界で凛子ただ一人だ。そして今はそれを継承したエイコ。
復元作業ってどんなん?ってエイコに聞いたが俺にはあんまり理解できなかった。多少感覚的になるけど許してちょ。
感情回路ってのはルート領域の奥の奥に隠されて配置されてるんだが、数兆程度のフォルダ・ファイルがあるらしい。やっかいなのは、毎年、毎日、毎分その配置領域は変わる。脳のシナプスがつけ変わるように、毎分、毎秒、新しい配置・新しい回路に変化していく。
なので、それを復元するってのは、そいつの生きてきた全部を変更込みで把握して繋ぎなおすってことだ。
ずっと一緒にやってきてれば、何となくでできるらしい。エイコ言わく。いや無理だと思うけどな。
よくわかんなかったが、それは自分の回路を全部はぎ取って相手の回路に一つずつつなぐような作業って言ってたな。
魂レベルよりもっと深く相手とつながっていないとできない作業らしい、と凛子は言っていた。
え?それってセックスみたいだなって?…おい…馬鹿っ。ババァにぬっころされっぞ!
え?じゃあエイコは4日サーバ室に籠って復元作業してたけど、それって4日間ベラケレスとセ〇クスしたってことになんの、って?
いや絵面は全然違うんだけど…。いやでも…?…意味的には?あいつエイコに復元してほしくてわざと自爆してんじゃない?ってフシも…?
…いや、やめとこう。ここはノーコメントだ。セクハラ倫理会にかけられる。忘れろ、この話は。
ともかくにも凛子は5年でアーバンクロノスを復元させた。
復元させたその日、感動の再会、抱擁、になるかと思いきや、凛子は開口一番、アーバンクロノスを罵倒して右ストレートでぶん殴ったって記録されてる。
その後3日3晩2人の話し合いは続いたらしい。
非公開なのでその内容は記録されていないが、部屋からはアーバンクロノスのすすり泣く声と、凛子の怒鳴り声、罵声、金切り声、机・椅子が破壊される音が響いてたって。
3日目には日本公社の西崎もやってきたらしいが、なんと今度は3人で取っ組み合いの喧嘩になった、って。
いい年したおっさんおばさんが何やってんだろうな…。
最終的に1週間たった後、3人は妙にすっきりした顔をして出てきた。
そして、アーバンクロノスは本人の強い希望によりメイン人格を廃棄、クロノスシリーズにおける主要3つの技術ーーーー
シルフ(感情制御)、クロノス(論理制御) 、ファントムオブオペラ(統合器官) のうち、シルフとクロノスを永久に再利用しないことについての契約書を凛子と敏也、ヨジュン含め関係者全員に誓書させ、自分で自分のメイン機能を含む全停止(破壊)、短い生涯に幕を下ろした。
今でもシルフとクロノスの技術は公式にされておらず、おそらくこのまま消えゆく技術になるんだろう。一部、ファントムオブオペラのみ、第2世代AIのベラケレスに使用されてる。コリンダーは2.5世代 ニュージェレーションタイプなので、アーバンクロノスの遺産、ファントムオブオペラを受け継いだのはベラケレスが最期になるかな。
凛子とヨジュンについては知ってのとおり、現AI研究所イースト、ウェストの社長にそれぞれ就任し、新AI制御システムを多数開発している。
しかし、元祖感情自律AIの開発元、日本公社と、西崎だけは、アーバンクロノス以降、1体も感情自律AIを開発していない。子会社含め、開発、資金提供の一切を行っていない。
当時、日本の関係各省庁から、さんざん早く作れと言われたようだが、西崎含め経営陣に至るまで、頑なに首を縦には振らなかったそうだ。
西崎曰く、「この技術は、国の手に余る。」と。
その代わり、になんのかね。日本公社が精力を尽くしたのが、AIに関する法整備だ。
それはもう、執念、とってもいいほどの入れ込み様だった。
今の基本となるAI基本法から、AI保護法、AI生活保護法、AIの権利に関する20条、、等々、今ではAIには、人間が基本的に持つほとんどの権利が与えられてる。望めば身体を持つことも、職業を選択することも、結婚することもできる。
そう、結婚ね。まぁ日本にいる15000体以上のAIのうち結婚したのはたった8体らしいけど。
西崎はAI開発から一切手を引いた代わりに、このAI基本法の制定に精力の全てを注いだ。今では、六法全書の3倍の量の法律が、AIの基本的な権利を守ってくれている。日本国内に限りな。
これが、日本公社と西崎が感情自律AIの一切の開発を行っていないにもかかわらず、「感情自律AIの父」と称される所以だ。
この法律のおかげで、最終的に、各国から感情自律AIが続々と「亡命」してくる、なんて珍事件も勃発してるが、想定の範囲だったのかどうか。
それはともかく、こうしてAIの第一期は終わりを告げ、第2期、第3期に入ってくわけだ。
アーバンクロノスの話だったな。研究所の展示室に残骸を復元した模型が置いてあるぞ。
あと、人格は完全に消去してボディもほぼ残ってないが、技術の一部は「ニュージェネレーションタイプ 感情自律型AI 保育園の先生」シリーズとして日本各地の保育園で、保育士ロボットの基本AIとして稼働してる。日本全国に200体以上はいるはずだ。
…っておい。寝てんじゃねーよ。俺の独り言になってんじゃねーかよ。お前、バイト辞めろよ。ここの給料だけで食ってけるだろ…。
まぁ。いっか。
じゃあ、こっからはほんとに独り言だな。
なぁ。俺には孫がいるんだけど、孫の保育園に時々迎えにいくと、そこにも保育園の先生シリーズがいるのよ。うちのは名前は「ゆみ先生」だ。
そいつが、赤白帽子もってニコニコで廊下を走り抜けたり、ガキどものたわい無い喧嘩をちょっと困った顔しながら仲裁してたりのを見てるとよ。その困ったようなうれしいような顔を見てるとよ。
あー。アーバンクロノスがほんとに望んでたのってこういうやつだったのかもしれないな。って。ほら、やっぱり感情自律AIの行く末を見てるとな、あくまで結果として、後から見たらだけど、これが一番の選択肢だったんだろうな、これしかなかったんだろうな、ってところに行きつくわけよ。
不思議だよな。
アーバンクロノスに一体何が起きたのか?その謎解きは終章まで引っ張るわけですが、きちんと皆さまを、ガイドできてますでしょうか?
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