閑話 模擬訓練ー後
閑話の2。
所詮閑話なので、読み飛ばしも可♡
3回戦:ベラケレス vs コリンダー&アンバー
「どんな手を使ってもよいとは言いましたが、2人がかりとは…それでもこの程度?フン、笑わせる。」
アンバーがその長い腕から繰り出される手刀をベラケレスがやすやすと避けている。
「ほう。サーベルですか。」
アンバーが瞬間的に長い袖の下から取り出して繰り出したものを見てベラケレスは笑う。
教科書に載るお手本のような剣技で2,3度ベラケレスに向かって繰り出すが、避ける風もないベラケレスに、なぜか当たらない。
「くっ。アリス特製のサーベルがっ。!」
先ほどから、なぜかさほど大きく避けた風でもないベラケレスに全く当たらない。なぜ?困惑するアンバー。
「おやおや。知らなかったんですか。金属作りの物体は電脳空間ではわずかに磁性を帯びて指向性が出てしまうんですよ?指向性の位置軸と法則さえわかれば到達点をずらすことも…。」
突き出したアンバーの剣が真っ二つに折れる。
「…こうやって手を触れずに破壊することも可能です。武器は、人体特性と近いチタンにした方が良かったですねぇ?」
遠方で期をうかがっていたコリンダーの顔も曇る。
「くっ。魔王め…。」
一応AIシリーズとしては「兄」にあたるはずなのだが、二人ともそんな情報は頭から消えている。
これはやはり…奥の手を。
コリンダーとしては、予想の範疇である。
「大丈夫です。アンバー。魔王に勝てる勇者を呼んでおります。」
コリンダーが指をパチンと鳴らし「お願いします。Dr秋月。」と空間出口に向かって叫ぶ。
「あいよ~。」と生ぬるい声が聞こえ、電脳空間に召喚されたのは…。
満面の笑みを浮かべた電脳ハンター統括エイコ・ヤン・風上その人だった。
「やほ。面白そうなことやってるから来ちゃった。」
アンバーの攻撃を軽くいなしていたベラケレスの表情が変わる。
「えっ。」
いやぁ。アプリと違ってれっきとした電脳空間だから、生体もいけちゃうねぇ。とのんびり秋月がつぶやくが、ベラケレスの耳には入ってない。
エイコは特大の電磁砲を正面から放つと同時に素早く後方へ駆け出す。斜め方向に角度を計算・調整し指向ビームを放つ。ビームがあっさりベラケレスの外套を焼く。
「ちょっと…!マスター!何するんですかっ!」
「ふふん。あんたの疑似目(Temporary eye)が360度全部覆えてないことなんて知ってんのよ。右後方44度、12度。見えてないことなんてね!」
「やめてっ。私だって、疑似目の増設くらいできるんですよ!?」
「ふっ。通常時ならね。アンバーと私の攻撃をかわしながら増設する余裕なんてないわよねっ。」
「ぐっ。てか自分のパートナーに攻撃なんて…。大事な相棒の感情回路にダメージが入ったらどうするんですか?!」
「嫌ねぇ。ほんのお遊びよ。お・あ・そ・び♡」
距離を取ろうとする標的の死角に巧みに回り込んで極小のビームを放つエイコの演算力はもはや人間ではない。
すわ敗北か?ベラケレスが思い始めたとき、電脳空間には不似合いな「ぴー、ぴー」という電子音が響いた。
「あ。時間だわ。ごっめーん。空間負担を考えて3分間っていう約束だったから。じゃ、ばい。」
その体が緑色の光に包まれてあっけなく消える。
「ふぅ。」
その一瞬、ベラケレスがほっと息を吐いた一瞬に、エイコの後ろに隠れていたコリンダーが電磁シールドでベラケレスを捕縛する。
「この瞬間を待ってました。」
「卑怯な!?」
「勝てばいいのですよ。お兄様。」
指向ビームでベラケレスの制御盤を狙い、違わずHIT。
「そ…そうこなくちゃ。素晴らしい成長ですよコリンダー…。」
その場に倒れ伏す魔王。
戦闘終了のゴングに似せた電子音が鳴り響く。
激しい戦闘であたりには土煙が巻き上がっていた。
「ふぅ。」
アンバーはとっくに倒れ伏している。ガス欠である。
コリンダーは乱れた前髪を撫でつけてアンバーを助け起こそうと歩み寄る。
そのとき、緑の光がまばゆく電脳空間を照らし一人の人物の姿を映しだした。
「マスター!」
「おう。」
ヒロユキだった。
「お疲れ、コリンダーちゃん。腕上げたなぁ。疲れたろ。タンタンメン食いに行こうぜ。」
ニコニコと片手をあげるヒロユキにコリンダーも満足そうな笑みを浮かべる。
「はい。」
手を伸ばすヒロユキの手を取ろうとして…。
ヒロユキの手がコリンダーの制御盤をたたき割った。
「なっ。」
しまった。倒れていた個所に、ベラケレスのボディが、影も形もないではないか。
やられた。
「そ…んな…。さっき…ゴング…。」
ヒロユキの顔が邪悪にゆがめられる。
「フェイクです。ちょっと卑怯臭いですが…。まぁ勝てばいいでしょ。ね?コリンダー?」
コリンダーが倒れ伏したあと、本物のゴングが鳴った。
成り行きを見守っていたエイコが「あちゃー」と目を覆う。
※※
「あーあ。コリンダー調整半日、アンバー調整2日…。代替ハンターからぶーぶー文句が上がってきてる。やりすぎだよ。」
「コリンダー調整半日で済みましたか。さすが最新型多機能制御回路。」
調整室で、久しぶりに物質体で調整を受けているベラケレスの頭を、ヘンリーは書類の束で軽くはたく。ぱん、と軽い音がした。
そういうベラケレスは3日間の調整が必要になったのだ。無理しすぎだと思うのだが、どうせ、思うところあるんだろうなぁとも、付き合いの長いヘンリーは感じるのである。
「しかし大乱闘だったな。AI研究所の歴史に残る画期的な戦いだったぞ…。」
大袈裟におどけるヘンリーにベラケレスは馬鹿にしたように「ふふ。本気です?」と笑う。
「感情自律AIに勝利しようと思ったら「感情」を揺さぶるしかないんです。実質、あの手しかないんですよ。」
満足そうに笑うベラケレスに、ふとヘンリーが思いついた疑問を口にする。
「…なぁ。お前エイコに攻撃できるんじゃない?」
「…なぜ?」
「AI法では殺しはご法度だが、お前ぐらいの調整力があればちょっと傷つけるぐらいの攻撃に留めるのなんてお手の物だよなぁ。と思って。」
「試したことはないけど、できると思いますよ。でも」
「…ヘンリー、あなた自分の妻や娘さんに電磁ビーム打てます?お遊びなら。」
思わぬ問いに、ヘンリーは「そうだなぁ。」と思いながら考えてみる。
「…できないかもな。」
「感情自律AIはあなた方と同じですよ。私に聞く前に、自分の胸に手を当てて問うてみてくださいよ。」
「…悪かったよ。」
よろしい、と鷹揚な返事が返ってくる。
「…それに、とにかく早くコリンダーとアンバーには成長してもらいたいです。1日も早く引退して夢をかなえたいです私。」
「…夢って。」
んん、と循環液の浸透の終わった両手を伸ばしてベラケレスが伸びをする。
「わかりません?」
その調整画面を見る横顔を見て思う。あれ?こいつの瞳ってアーバンクロノスと同じ藍色だったんだな。さすが同シリーズだな。
「…いや。そうか。いやでも今でもいいじゃん。引退しなくても。AIも結婚できる時代だぜ。」
「…そこまで考えてない。本気の気持ちを受け取ってもらうのが私の夢です。」
ー今のままだと受け止めてすらももらえない気がするんです。つぶやきがむなしく空に消える。
「厄介なやつらだな。電脳ハンターってやつらは…。」
こればっかりは、ままならない。
ヘンリー所長とベラケレスは意外と仲良しなので、しょっちゅうこうやってじゃれてます(笑)その分、良き理解者のヘンリー所長。




