「良子」の幻の精神病院入院2回目 わたしと結婚したわけ 秀忠の話
「良子」は、両親とも疎遠で、早く、結婚をして、家を出て、
「専業主婦」になって、女の子を産みたかった。
良子の父が、結婚をゆるしたのは、同じ大学出身で、優しそうで、
(ただし、相手の行動による)
何よりも、「良子」が、わたしと出会ってから、
「明るく」なったので、反対する理由が、なかった。
アルコールに酔った「秀忠」の暴力等で「心身ともダメージを受け」、
「良子」は、実家で療養していた。
「秀忠」は、家に火をつけ、「自分も死ぬ」と「多摩警察」に予告した、
「秀忠」は、「川崎病院」に、「措置入院」となった。
その際、松沢病院の担当医「大澤部長」に、
「うちで、引き受けることも、できる」
担当医で、「秀忠の症状」を伝えるなどした。
そのため、多摩警察署の人が、大澤先生に、感謝を伝えて欲しいと、
わたしに、お願いした。2回電話したが、「伝言はできないとのこと」で、
結局、そのままである。
神奈川県に住民票がある、「秀忠」は、その後も「南武線」のできれば、
多摩区(区役所の担当者を気に入っている)に
引っ越したいと思っている。
そして、近くのクリニックの通院するといっている。
よって、松沢病院とは、「縁切り」になると思う。
「松沢病院」は、「アルーコール病棟」があるのに入れなかった。
それが、「秀忠」と「良子」の不信につながった。
「措置入院」は、神奈川県戸塚の「横浜舞岡病院」以来、なかった。
そこで、「斎藤さん」という年配の男性と仲良くなり、
携帯を、「最後の下一桁は、秘密」で、交換し、
「特定のある日」に会おうとなり、実現した。
「斎藤さん」は、「秀忠」とあった後、
「海外旅行」をし、その後、「舞岡病院に再入院」となったが、
その後「秀忠」とは、「音信普通」になった。
話を「良子」に戻すと、わたしは、入院日が決まっている
「玉川病院」の、「左の人工股関節手術」の前に、
「短期休養入院」させようと思い、横浜市の「緊急電話」に電話した。
女性が対応した。
「電話で話せる人は対象になりません」は、仕方がないが、
「入院には全くつながらない」行政の「無意味な情報」を教えた。
翌日に、そのことが判明する前に、今回の電話対応は、
「不誠実」だと感じた。
わたしは、上司に、「クレーム入れますよ」といった。
「ええ、いいですよ」といったが、「その場をとりつろう」だけの
「ウソ」を教えた女性は、それが判明したら、
「厳重注意」ぐらいは、受けるに違いない。
翌日、「良子」が、ここなら良いといった、
多摩区にある「生田病院」も電話したが、
「かかりつけ医」が、「紹介状を書いてから」と、言われ、
時間的に難しいと思い、断念した。




