「嘉子」、「介護認定」 「矢川隆」の話
母は、「府中恵仁会病院」を、退院した後、「南山リハビリー病院」に、
1月間入院した。
「がんばりや」の母は、「リハビリ」をとてもがんばり、
そのことが原因で、皮肉にも「要介護1」から「要支援2」に、なった。
「要支援」になったので、
「渡辺ケマネージャー」は、「お役ごめん」になった。
それから、わずか2年ほどで、
再び、不幸が、母を襲うことになる。
足の骨折である。
すぐに、良子が手続きをし、要介護認定が、行われれ、
約1月後 「要介護3」になった。
これは、「久敏」と違い「良子のプッシュ」もあったが、
稲城市の「中村ケアマネージャー」が、普段から、母のところにいき、
よく、面倒をみてくれたこともある。
市のケアマネージャーは、「要支援しか対象にしていない」ので、
今後は、再び、「渡辺ケアマネージャー」が、
「母の死まで担当」になるであろうと思った。
「矢川隆」は、「うつ」もちの「安室奈美恵」と同じ、
年齢差のある女性と、結婚した。当時、隆は28歳。
通っていた、溝口の「河村クリニック」の、
今は、河村先生の代わりに、院長になった、女医の「伊藤医師」がいる。
その先生の縁で、「新横浜駅」近くの「デイケア」を紹介されで、
そこで知り合い、結婚した。
「秀忠」も、そこに見学にいったことがあるが、
「隆」の話と違い、歓迎されなかったので、中途退散した。
「隆」の話に戻ると、その前にも、デイケアでに通い始めて、
1月ぐらい、付き合っていた女性がいた。
「別れる、別れない」の話が、さらに1月後にあった、
そこは、横浜駅近くのビジネスホテルだった。
「隆」から、「薬を持ってきて欲しい」との電話、
秀忠が「ぼく、いくよ」
決して、「隆」によい感情をもっていないはずなのに・・・
「優しい子」である。
それに比べて、「隆」は、「秀忠のお見舞いに、1回もいっていない!
「友達」「遊び」優先である。




