入院2 良子の2回目の入院 引っ越し4等
話しを、さらに戻すと、
「良子は2階にいけないのでは」
しかし、「それは、大丈夫!」
古くて、「便器」等に、不満はある(便がついて、流してもとれない)が、
一軒家(借家)には、珍しく、「エレベータ」があるので、
良子は、「2階の洋室」を、自分の部屋にしていた。
階段は、「物置化」している。
ただ、「トイレに間に合わない」ことが、「2階で過ごす」ことが、
多くなってから、多い時は、一日に「三回」にもなった。
それでは、「わたしの過ごす部屋」と、逆にすれば減る問題だが、
「秀忠の部屋」には、いきたくないと、良子はいう。
」
わたしも、しばしば、たばこタイム(1日に20回程度)を、
玄関先でとるので、1階がよい。
新居の引っ越しは、(多くいるであろう)「部屋の横」が、
「トイレ」なので、そうなることは、ほとんどなくなるに、違いない。
今の、わたしの部屋は、元、「秀忠の部屋」の「一階の広い洋室」である。
今、その部屋にあった「ベッド」は、
「足が悪い」「秀忠のために購入したが」
「秀忠」は、最初しか使わず、主に、「良子」が、使った。
「秀忠」は、多摩区に引っ越してから、
「良子への依存」が、前より強くなった。
「秀忠用のベッド」に良子が、寝るが、
「暑がりな、私でもジャンパーを着る」
寒いエアコンに、堪えないといけない。
なにしろ、冷房18度、強風でドアも閉める。
せめて、微風ならは・・・
通常、寝るときは、わたしは、2階の和室(私の部屋)で寝ていた。
「ベレンゼ原」にいたときは、良子とわたしの、「寝る相手」は、
逆であった。
「ペレンゼ原」は、「けんか」で、食卓の机でおそいかかり、
結果、「壁に数ヶ所穴があいた」。
かって、「わたしの部屋であった」
長男「隆」の、北側の1番狭い洋室(寝室兼、隆の私物の物置)には、
「かび」もあった。備え付けのクローゼットも壊れれいた。
そこを退去するとき、「100万円位請求があるのでは」と思ったが、
以外にも「敷金」は、結構戻ってきた。
原因として、考えるのは4つある。
1 昭和末期に、建てられたてもので、
全面的に「リニューアル」したかった。
2 1に関連するが、23年住み続けたこと
3 この地区の自治会長なので、お金のことで、トラブルを避けたかったこと
4 一人娘が、「秀忠」と同じ学校なので、大目にみたこと
話を戻すと「秀忠」が、冷房を切るのは、「真冬の1月間ぐらい」である。
また、「眠くなると、暑いといって一時的に働くハイパワー運転にする。」
「最初に入院した」、「藤沢病院の医師」も、わからない。
良子は、9月10日の「午前中10時」から、
左股関節を「人口股関節にする」手術をうけた。
当日は、かなり『痛みがあり」、「点滴」を打っている状態である。
手術前の、空き時間に、資料をみたが、ここは、「人工股関節手術」に、
かなり、自信があるようだ。
そもそも、この病院は、「妻の知人の友達2人」が、
「人口股関節」の手術を受け、元気になったので、知った病院である。
そのような人が増え、以前より、[整形外科の患者]が,
かなり、増えたようだ.
良子は、昨年「関東労災病院」で「右の人工股関節」の手術をうけ、
成功といわれた、自転車に3ヶ月で乗れるといわれた。
けれど、未だに、満足に歩けず、「杖」は必須である。
「自転車」などは、夢物語である。
右足が治らないので、自然に「かばって」でいた。、
すると、「左足」が、「昨年うけた右の手術前より痛く」なり、
「痛いのはイヤ」で、「手術をためらっていた」が、
妻も、「遅まきながら」、手術を受けることにした。
骨に穴があいているのだだから、当然である。
妻は、左足の「亜脱臼」が、「1日数回」起こる。
そうなると、態勢を手直し「ポコ」と、音がして、亜脱臼が治るまで、
痛みを「がまん」しないといけない。
玉川病院では、患者の1%未満しか、そうならない。
よって、「姿勢の制限」もない。
「関東労災病院」も整形外科は、「評判はよい」と、
「良子」から、聞いていたが、手術後の態勢に制限がある
「かがんではいけない」 これをしっかり実践するのは、難しい。
ただ、手術は早く受けるほど、「関節の曲げの角度」が良くなるとのこと
人工股関節になっても「手術前の角度」の維持しかできない。
残念ではあるが、「亜脱臼にならなければよい」




