わたしの初めての入院 小学生3年春休み 「北里大学病院」など
わたしは、歌手がよくなる「声帯ボーリープ」で、
手術をし、2週間ほど、入院することになった。
病院は、北里大学病院、原因は、「かぜ」をひいているのに、
「大声」を出して、外で、草野球をしたことと、推測した。、
テレビ番組の影響で、「手術イコール死」と考えた。
わたしは、とても、不安がった。
もちろん、死ぬことはなかった。
全身麻酔で、気づいたときには、終わっていた。
痛みはない。痛みは、手術前に麻酔をするため、
嫌いな大きい注射を2本うたれたことである。
一本は、おしりに、一本は、腕に
入院時の楽しみの一つは、食事だが、手術後「声をだしていけない」ため、
「大人の病棟」に入院した。
よって、食事は、私の好きだった「ソーセージ」などの「肉類」はなく、
「漬物」など、当時は偏食だった、わたしが、「食べられないもの」
ばかりだった。
残念ながら、食事は楽しみではなかった。
病棟では他の大人の患者さんは、優しい人で、
わたしには、まだ、早かっだが、「少年チャンピオン」等を読ませてくれた。
ある日、わたしの向かいの患者さんの質問に、
つい、「言葉」で答えたてしまった。
「あれ、話して、いけなかったんじゃない」
看護婦さん(男性看護師はいない)の思い出もある。
毎日、小何回、大何回、と指で、伝えた。
「わたしの担当」であれば、「暇な入院生活」もよかったが、
目が印象的で、若い、優しい「美人の看護婦」さんがいた
「なに、見てるのよ」、比較的年配の看護師にきつく、注意された。
まだ、小学生4年にも満たない子でも、美人看護師に注意がいくのが、
面白くなかったらしい。
予定通り、2週間で退院も、
「退院後もなるべく話さないでね。」
4年生になったとき「自閉症では」と「森先生」に言われたのも、
関係しているのではないか。
9月1日に、まだ、初診だが、「早稲田通りこころのクリニック」で、
「自閉症スペクトラム(ASD)の簡易、検査をうけ、
確かにそうだね。「ADHD」もある。
「自閉症」はより強いが、
日常生活に、支障があまりなければ、心配することはない。
と言われ、長年の疑念が明らかになった。
妻は、明らかに「ADHD」で、わたしに「支障がある」が、
次回の診察時に、先生に話そう




