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死後の手続きと気晴らしの相模湖など
久敏が逝った2日後に稲城市役所に生き、死亡届を出した。
わたしは、知識として知っていたが、死後にお金も出る。
母親の嘉子は、わたしがいない日に、
他の用事もあって、稲城市役所(歩いて行ける距離)に行き、
稲城職員から手続きをしたかと聞かれ、
してないと答え2重に手続きをしてしまった。
母も父の死後すぐのことで、混乱して覚えてなかったのだろう。
松沢病院では、父のことはきかないよう、通院時にお手紙をだした。
後日、気晴らしもかねて、秀忠とわたしで、中央自動車線降りて、
近くにある相模湖にいった。
お昼を近くにある、ファミレスガストで、まず食事をとって、
遊覧船に乗った。
秀忠とわたしは、共にそれなりに楽しめた一日だった。
ただ、今、思えば、母親も連れていくべきであった。
今は、母親は生きているが、連れていくのは困難である。
こうして、1日が終わった。




