葬儀当日の様子
秀忠の喪服をサカゼンでそろえたりして、
あっという間にその日はきた、お盆明けであった。
出席者は、博、家族と雄二郎の家族を除くと、親戚関係の7人である。
母には同じマンション「百村パークホームズ」に住んでいる、
かなり中の良い友人、山田さんと森さんが、いたが、出席はしていない。
父の仕事関係の人も、
久しく付き合いがなかったこともあり、呼んでいない。
父は電話番号なども残していない。
当日、多摩市の永山駅近くのメモリー堂にいくと、
ちょんまげのような頭の人がいた。
後から母がいっていたが、あの人は、父が亡くなった当日に、
打ち合わせをした人だそうだ。
そのときとあまりに姿が違っていたので、
その時は全くわからなかった。
受付は、博と雄二郎、夫妻の2人で行った。
スピーチは、母、嘉子の代行で、わたし、博がつとめた。
スピーチといっても、簡単でこのような感じである。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。
父は、孫思いの優しい人でした。
わたしにも、優しく、怒られた記憶がありません。
それでは、父をしのび、献杯!」
父の弟の敏明氏も出席していたが、
飲み物以外、こちらが勧めても、手をつけないのが気になった。
父と同じく生魚嫌いか?
わたし以上に人前でしゃべれない秀忠も近くにいた、
敏久の実家から(佐賀県の唐津市)きてくれた、
わたしより少し年上の矢川俊夫さんと話をした。
秀忠は手持ち話をして、皆があまり手をつけていない好物の寿司を、
いっぱい食べた。
やがて、終わりの時間になった。
「本日はありがとうございました。
このあと、火葬場にいきますので、時間がある方はいらしてください」
俊夫さんの兄妹の妙子(東京に住んでいる)さん夫妻が、
帰ろうとしているので、思わず引き留めてしまった。
そのときは、帰ることで、父が寂しがる気がしたためである。
結果、全員が葬儀に出席した。車で来ていない、
父の姉の子供、眞人さんもいたが、
全員が車で向かうことができた。
葬儀場では、母の実家の松代家らしくない、
派手な松代たか子さんが出席した。
葬儀もわたしは初めてだが、堤眞人さんが、唐津にいたとき、
可愛がっていた犬の写真を棺に入れたことが印象的であった。
そういえば、雄二郎は、結婚した純子さんの家の近くで、
柴犬のブリーダーをしていた。
犬好きの父の影響だろうか。
わたしは、ねこ派で秀忠も同じである(買ったことはないが)。
妻、良子はどちらかでもないが、
昔、家に病弱なドーベルがいたそうだ。
こうして、葬儀は無事り、始まりのメモリー堂で解散になった。
今日も長い1日だった。




