もう1回一息、父の趣味、魚釣りなど
父が、まだ東京日産の販売会社に勤めていた、
かなり昔のことである。
そこで、相模湾での行事があり、船を貸し切り、
海での魚釣りが行われた(目指すは小型のマグロ)。
久敏は、釣れずに成果なしで、
当初は、先導さんが釣ったマグロを
自分で釣ったといい、家に持ち帰った。
唐津の海で育った負けず嫌いの久敏は、
その後、休日に仲間と一緒に海釣りに月に一回は出かけた。
行く場所は相模湾もだが、千葉に主にいった。
出発は、午前4時ごろの未明の時間で、
今のわたしが起きている時間である。
釣ってくる魚は多岐にわたった。
平凡なものでは、久敏も食べるイカ、これは、アジを釣りにいったが
釣れずにつれることが多かった。他には小型なものでは、
いわしやサバがあった。
深海魚では、白身魚のシイラやカサゴ、
わたしが在籍した、早大理工学部のソフトボールサークルで、
知り合い、船橋に住んでいた、皆に好かれる一番の友人で、
部長もつとめた太田原君とかんぱちを食べたこともあった。
しかし、釣り仲間は若くして次々と亡くなり、趣味は自然消滅した。
他には、テレビをみる
(久敏が年齢が足りずにいけなかった、太平洋戦争の実話)
新聞を読む(産経新聞)文芸春秋や新調社の小説を読む。
昔は、松本清張の本を読み、今は、わたしの家にある。
何回読んでも面白い。
また、わたしが幼いとき、毎日、寝る前に、
戦前、戦後に読んだであろう本をアレンジして話を即興で作り、
博と雄二郎に読み聞かせた。




