稲城の家にきてショックだったことと食事について
秀忠が父の実家の稲城の実家で一番ショックだったのは、
祖父、久敏の認知症である。
わたしでさえ、久しぶりに会う父にショックを受けたのだから、
自分のことを忘れたようにみえる父の姿にショックを受けたのは、
容易に想像できる。実際、わたしにもそれをもらした。
母にはそれほど懐いていない秀忠だったが、母は料理がそれなりに上手く、
礼儀正しくいただきます。米粒1つ残さない。
おいしいおいしいと言って食べる姿に、母はうれしがった。
ちなみに秀忠が母の料理で一番好きなのは、
「とりの胸肉のからあげ」である。
うちではもも肉しか使わないが、母はとりの皮が嫌いで胸肉をつかう。
お手製の味付けが確かにおいしかった。
からあげを最初にわたしが食べたのは、小学校のとき、母の親戚か友達の家で
食べてからである。
それまでは父が鶏肉を全く食べないこともあって、食べたことはなかった。
父の偏食は多く、母は苦労したようだ。他にもいかを除く生魚やチーズや
ヨーグルトである。
逆に、父が好むのは「焼き餃子」でこれは毎週土曜日に
秀忠が稲城にくるまで続いた。
毎週でなくなったのは、食事をおいしがって。
残さず食べる秀忠が中心になったせいかもしれない。
父は動かないので、食事も少ししかたべなかった。
ちなみにわたしが子供のころは餃子は特別好きではなく、
八宝菜や酢豚は、嫌いだった。
母はこどものころを中国のチーフーというところで住んでいたのが、
中華料理系が好きなのが関係したかもしれない。
蛇足だが、わたし、博が好きなのは春巻きで、
他の専門料理店でも、これ以上のものを食べたことがない。
まさにおふくろの味であろう。




